カテゴリー「音楽・CD・コンサート・映画・演劇」の46件の記事

2024/02/22

『指先から旅をする』 藤田真央 / 文藝春秋

Photo_20240222183701 テレビ出演時のおねえっぽい喋り口調、ダボダボファッション等は何度か拝見してきた。演奏についても、NHKのクラシック番組を録画してみたり・・・と、藤田真央についてはそれなりに注目してきてはいた。

とはいえ、クラシック音楽にさほど詳しいわけでもない愚生にすると、なんとなくそのクネクネした存在感に今ひとつ、「好感」というよりは「なんだか得体が知れない」イメージのほうが強く、素人耳ではあるが、藤田真央や反田恭平のような軽妙なピアノより、デニス・マツーエフのような重戦車ハンマーのほうが好もしいんだけどなー、というのが正直な感想ではあった。

だが、最近「あさイチ」とか「初耳学」とか、いくつかのテレビ番組で彼を見るにつけ、演奏を聴くにつけ、その自在な語り口調にその存在がなんとなく楽しい、好もしいほうに覆り、そこで評判の本を取り寄せてみることにした。
読書としては、大正解。

『指先から旅をする』は本文の間に藤田真央の演奏写真、旅先の写真を多数織り込みつつ、本人が主にヨーロッパでの演奏旅行について語る、という構成となっている。

第1部「世界を語る」は音楽修行において繰り返し現れるモーツァルトとの関係性や、恩師・野島稔の音への厳しい姿勢など、いわば「藤田真央はどのようにしてできたか」という内容となっている。文体はです・ます調で、たとえば、同じ楽譜を求めるにしてもより作曲家の原譜に近いもの、演奏も流行りのテンポより作曲家が求めたであろうもので(そのために当節の評論家に煩いことを言われたとしても)、といった案配で世界の真央くん、「良い子」の真央くん全開である。
これはこれで悪くない。しかし、、、

文体がである調に変わる第2部「世界を綴る」で世界は音を立てて踊り出す。
レモン酎ハイ1缶で記憶を失う。
便意をもよおしているのにファンに写真撮影をせがまれる。
デュオの演奏時に音出しを焦って謝罪しまくり。
食べたかったハンバーガーを先に注文されて食べ損なう。
などなどの「ドジっ子」真央くん。
オケに内緒で演奏にオカズを付けようとして指揮者に目で叱られる。
ヨーヨー・マを居酒屋にいそうな“普通の”おじさんと語る。
ケータリングのおやつをつまみながら後輩に説教かましてしまう。
余興にイージーな曲を選んだら尊敬するピアニストが現れて冷や汗をかく。
などなどの「ちょい悪」真央くん。

そして、最終楽章は世界的な演奏家が集まりさまざまな演出に苦戦しつつ最高の腕を競い合うヴェルビエ音楽祭のガラコンサート。
捧腹絶倒、感慨無量。

やー、これはいい。素晴らしい本だ。

おそらくクラシック、ピアノ曲に詳しい方は本文中に登場する名曲の数々、技法のそれぞれに楽しみを見いだせるに違いない。
鬼滅の刃やサムライマックなど小技ワードも効いて、読み飽きることはない。

一点、作曲家のオリジナルを大切にする真央くんなのに、尊敬するピアニスト、プレトニョフはどう読んでもインプロビゼーションの達人である。このあたりの整合性は・・・いや、芸術にこんな小理屈などどうでもよい。多分。

2021/06/20

『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』 アレグザンダー・ウォー、塩原通緒 訳 / 中公文庫

Photo_20210620222301 不肖烏丸、40年来の座右の銘の一つに、以下の一文がある。

ルートウィッヒはヘルミネを最も愛し、ヘレネを好まず、マルガレーテとは終生、愛しつつ戦った。

大修館書店『ウィトゲンシュタイン全集』第1巻の別冊付録に収録された「ウィトゲンシュタインの生涯」(黒崎宏)の一節で、大学に入ったばかりの頃、読書家の先輩たちにそそのかされてこの全集本を手に入れ、肝心の『論理哲学論考』は礼賛はすれど(後述)内容はそれはもうお手上げグリコ、本文よりはわかりやすかろうと付録冊子をパラパラめくって哲学者の人生の苛烈さに半身を焼かれるような思いをしたものだ。
その中でも、なぜか知らないがこの一節は今でも暗誦できるし、今も胸のどこかがチリチリと熱い。
ヘルミネ、ヘレネ、マルガレーテ。その名は、40年経った今も自分にとって、執着しつつ戦わねばならない存在の、一種の指標、メルクマールなのだ。

中公文庫『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』は、その、20世紀最大の論理哲学者ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインの家族を、彼の父カール、そしてその子供たち(五男のルートウイヒよりむしろ四男の隻腕のピアニスト、パウルを中心に)描き上げたノンフィクションドキュメンタリーである。

著者はイギリスの作家イーヴリン・ウォーを祖父にもつアレグザンダー・ウォー、手紙や公文書など膨大な資料をもとに語る文体は簡明、直截で、たとえば

(ヘルミーネは)感情を表に出さない内向的な性格で、動作は堅苦しく、いつも背筋がまっすぐで、その態度は(彼女をよく知らない人からすると)尊大で取り澄ましているように見えた。しかし実際のところ、彼女は自分に自信がなく、見知らぬ他人といるとどうも気分が落ち着かないのだった。

グレートル(マルガレーテの愛称)は最も温かく、最もユーモアがあって、最も親切だったが、最も支配欲が強く、最も野心的で、最も俗っぽくもあった。そうした自分の性向を彼女はひどく嫌ったが、それに抵抗するほどの強さは持ち合わせなかった。

といったビートを叩きつけるような文体にこの一族の個性豊かな顔ぶれが克明に浮かび上がる。

最初のおおよそ90ページにはピアニストとしてデビューせんとする野心満々のパウル、さかのぼってカールがいかに財をなしたか、そしてそのカールの死、とハプスブルク帝国有数の資産家であるウィトゲンシュタイン家の歴史が語られる。
名画や彫刻の並ぶ豪勢な屋敷にはブラームスやリヒャルト・シュトラウス、シェーンベルク、ツェムリンスキー、グスタフ・マーラーらが招かれ音楽を奏でる。まるでウィーンフィルのニューイヤーコンサートのセットリストだが、違う、その豪奢な客間に訪れたのは作曲家本人だ。

ショッキングなのは、グレートルの全身肖像画を依頼され、彼女の稀少な美しさ、異国的な優美さをとらえるのに苦労したグスタフ・クリムトについて記した次の一文だろう。

グレートルは完成した絵を嫌って、口の描き方が「不正確」だとクリムトを非難した。その部分をのちに無名の画家に塗り直させたほどである。

ウィトゲンシュタイン家の資産は、カールの死によって相続分配しようが、第一次世界大戦が起ころうが、投資に失敗しようが、ナチスに収用されようが、海外への持ち出しに失敗しようが、爆撃で失おうが、それでも残る。

しかし、有り余る資産と明晰な頭脳、芸術的素養を持ち合わせたこの兄弟、姉妹は、自らの矜持をかけてなにかにつけて争い、闘う。共に穏やかに過ごすことができない。
また、長男ハンス(=ヨハネス)、次男クルト(=コンラート)、三男ルディ(=ルドルフ)がそれぞれ失踪、自殺するなど、この一族では自殺は珍しいことではなく、ルートウィヒも最後まで自殺願望に苦しむ。

だが、男兄弟の過半数が自殺した、という事実が本書を必ずしも暗い1冊とは導かない。
諍いに満ちた兄弟姉妹の関係は必ずしも陰湿なものではない。それは、(自死という選択含め)各人の主張、論理、尊厳の一つの現れなのである。

それぞれの人生は戦争との闘い、時代との闘い、怪我や病気、そして自身との闘いの連続だ。
転倒すれば起き上がる。殴られたら殴り返す。
パウルは自ら戦線に赴き、片腕を失い、苛烈な捕虜生活を生き抜き、帰還してなお臆せずピアニストとして立つ(彼の演奏はYouTubeで聴くことができる)。彼は師ラボールのほか、ラヴェル、プロコフィエフ、シュトラウスらに作曲、編曲を依頼するが、曲の内容、解釈について納得できなければそこでも闘う。
(ルートウィヒが書き残したのは主に言語に着目した論理哲学だったが、ウィトゲンシュタイン家の個々人の生きざまはむしろ実存主義的だ。)

『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』ではウィトゲンシュタイン家の男性としては比較的天寿を全うしたパウルの「闘い」について最もページを割いているが、もちろんルートウィヒについても詳しい。
著者の弁は

ルートウィヒは、いまや二十世紀の象徴的な人物である。二枚目で、口下手で、苦悩する不可解な哲学者。その威圧的な人格のまわりには、一九五一年の彼の死後、異様な礼賛者の集団ができあがった。皮肉なことに、そうした礼賛者たちのなかにはルートウィヒの本を開いたこともなく、彼の思考を一行でも理解しようとしない人々が数多く含まれている。

と辛辣だが、なにしろ師でありルートウィヒと何度も語り合ったバートランド・ラッセルすらルートウィヒの思想の神髄を十分には理解できていないもようなので安心だ!

有名なエピソードとして、自らの才能と将来を憂うルートウィヒにラッセルが何か哲学の主題に関するものを書いてくるように指示し、ルートウィヒがその答えを持ってきたとき、ラッセルは一行だけ読んですぐさま「きみは飛行船の操縦士になってはいけない(哲学者になるべきだ)」と言ったという。本書もこの記事に触れつつ、肝心のその一行の内容は明らかにしていない。はたしてそれはどのような一行だったのだろう?


〔付記〕

ルートウィヒの『論理哲学論考』は

謎は存在しない。
いやしくも問を立てることができるのなら、その問に答えることもできるのである。

と説き

話をするのが不可能なことについては、人は沈黙せねばならない。

と述べて閉じる(奥雅博訳)。
ならば、その不可能なことについて沈黙を破らんとせん「試み」こそが「詩」である、と学生の自分は考えた。

たとえば、ヴァレリーは『文学論』(堀口大学訳、岩波文庫)において、ユーゴーの

「そこから夜が輝き出る気味わるい黒い太陽」

という句を例に、詩句は、意味の上では無意味、ゼロであっても、すばらしい音調(レゾナンス)を持ちうることを示している。
このような(古い?)「詩」観は逆にいえばまさしくウィトゲンシュタインの後期の「言語ゲーム」によって粉砕されたのかもしれない──が、それでもコクトーの「虚無への供物」やシュルレアリスムの「至高点」をいまだに捨てがたく思う。
そのような地平線では、

同じ意味の語句を束ねていった場合、世界はいくつの語句で語り得るか

とか、

ゼロで割ることのできない数の集合は、虚数と実数を掛け合わせ複素数の集合と等しいか

といった問いはまた詩の美しさを内包し得るに違いない。などなど。

2021/03/02

ピアノ消音システム KORG KHP-2500S を取り付ける

Photo_20210304023101都内のマンションに住んで数年、ペット可、ゴミ出し24時間可、楽器演奏もとくに問題なしとのことで選んだはずが、最近になって突然楽器の騒音を訴える住人が現れたらしく、マンション内の掲示板に騒音についての注意書きポスターが張られるようになった。

これまでポロロンポロンと家族てんでにピアノを叩いていたのだが、よそ様にご迷惑をかけるとなると気が引ける。
ふと、「もしや、コロナ禍で在宅テレワークの働き手が増えて、それで昼間でもピアノの音が気になるようになったのでは?」と思い当たり、余計なご近所トラブルを避けるため、我が家もできる限り消音に努めることとなった。

とはいえ思い出も多い大切なアップライトピアノ、「ピアノ売ってちょーだい」に電話して叩き売り、電子ピアノに買い替えるのも気が進まない。
さりとてマンションの一室だと防音壁、防音シート、屋内防音ルームの設置なども難しいし、効果のほども今ひとつわからない。

ああでもない、こうでもないとネットのサイトをうろうろしていて、たまたまあるホームページに行き当たった。
なるほど、アナログピアノに機器を装着して電子ピアノのようにしてしまう機器もあるのか!

さっそくそのページの会社に連絡し、あれこれ詰めているうちにまず機器が届き、先日調律師の方に設置をしていただいた。

ピアノ消音システム KORG KHP-2500Sは、
・ピアノのキーが押されたことを光センサーで検出
・ハンマーがぎりぎり弦を叩く手前で止まるよう調整
・電子音源が弦の代わりに音を出す
つまり簡単にいえば、既存のアップライトピアノをキータッチやフットペダルの操作、手応えそのままに電子ピアノに変える、というものだ。

面白いのは簡単なレバーの操作でハンマーの位置が元に戻る、つまりまったく普通のピアノとしても演奏できるということ。

なお、電子楽器としての機能はわりあいシンプルで、ピアノの音色が8種類(ジャパニーズ、ジャーマン、オーストリアン、エレクトリック×各2種)から選べる、メトロノーム機能がある、演奏をデジタルデータとして保存/再生できる、などあるが、当節のキーボード型シンセサイザーのようにさまざまな楽器の音色を使う、バックにドラムやベースを演奏する、といった機能はない。あくまでピアノの消音がメインである。

設置はアップライトの前面をほぼむき出しにして、あれこれ取り外してセンサーを設置、一音一音調律するなど専門家によるおおよそ6時間の大仕事。
設置してしまえば消音は簡単で、電源を入れ、ヘッドホンをつないで演奏すると強弱、音質とも生ピアノを弾いているのとまったく遜色ない。

安い買い物とは言い難いが、逆にこの金額で思い出深いピアノが生かせるなら惜しいとは思わない。

残る懸念は、
ピアノというのはハンマーが弦を叩く際の音色だけでなく、キータッチの振動がゴンゴンと意外に大きく、この音が階下の部屋などに響いてなかったか今さらながら気になるということ、
また、ヘッドホンだと耳、首が疲れそう、ということがあって、適当なスピーカーをつなぐことも検討したい。

いずれにせよ、サイトで発見して2週間ばかりで万事解決、なかなか楽しい買い物だった。
ちなみに、烏丸にも〇十年前に途中まで練習してそのままになっている楽譜がある。ある。あるのだが・・・。

練習すれば、弾けない曲などありません

練習をすれば上手くなる。
練習をしなければ一切上達しない。

いや、あの、もちろんレイコ先生のおっしゃる通りではありますがー。

2021/01/25

不要不急 『音楽の危機 《第九》が歌えなくなった日』 岡田暁生 / 中公新書

Photo_20210125172101 二〇二〇年、世界的なコロナ禍でライブやコンサートが次々と中止になり、「音楽が消える」事態に陥った。集うことすらできない──。交響曲からオペラ、ジャズ、ロックに至るまで、近代市民社会と共に発展してきた文化がかつてない窮地を迎えている。一方で、利便性を極めたストリーミングや録音メディアが「音楽の不在」を覆い隠し、私たちの危機感は麻痺している。文化の終焉か、それとも変化の景気か。音楽のゆくえを探る。

コロナコロナでステイホーム、そんなある日、家人より本書(2020年9月25日発行)の存在を伝え聞き、さっそく取り寄せて読んでみた。
上の引用は本書の帯の惹句、ご覧のとおりなかなか面白そうだ。
実際、クラシック音楽のTIPS含め、各ページ、大小のテーマを楽しく、考えつつ読んだ。

ただ、烏丸は底根がイジワルなので、細かいところに引っかかってはチリチリと唇の端をゆがめた。

たとえば、上の惹句で透けて見えるのは、著者にとってはロックよりジャズ、ジャズよりはオペラ、オペラより交響曲こそが尊ぶべき上物であり、ポップス、歌謡曲などアウトオブ眼中、語るに値しない、そんなことだ。
本文中でもたとえば「文化人類学に『聖と俗』という二分法がある。……(中略)……わたしが右に広い意味での『文化』と呼んだものは、ほぼ聖俗理論でいう『聖』の領域に属する」、著者にすればデュルケームやカイヨワ、エリアーデまで持ち出して武装したつもりかもしれないが、透けて見えるのは誰が読んだってスノッブのラベルを貼られてしかたない本音であろう。

近代の交響楽、コンサートの発展とその意義をさまざまな角度から取り上げ、ところが2020年春の緊急事態宣言に至って肩を寄せ合い歓喜(自由)を歌うべく第九が観客、演奏家ともスカスカにソーシャルディスタンス、さらにはそうした公演さえ不要不急の掛け声のもとに自粛、中止・・・といった著者の抱く危機感についてはおおむね異論はない。ないのだが、その折にテレビやCD、ストリーミングなどのメディアで得られるものを「音楽」ではなく「録楽」であるなどと軽んじる必要はなかった。

近代におけるコンサートが一部王侯貴族の専有物だった音楽を市民に解放したように、ストリーミング技術こそは広く世界中の老若男女に同時に、あるいは繰り返しステージを解放し、かつ歓声や批評を自在に受け付けるツールではないか。
あるいはもし誰かに「ニューイヤーコンサートにもシェーンブルンにも行ってない人はウィーン・フィルの本当の魅力に触れられていない」と指摘されれば、それはそうだろうが──では世界のいったいどれほどの金持ち、時間持ちがその恩恵に与れるというのか。

そもそも著者は(ことに現代音楽の演奏について)なにかと「**はYouTubeで見聞きすることができる」と再三再四繰り返す。ピンク・フロイドが70年代にテレビ放映のために行った無観客ライブ(アット・ポンペイ)を「卓抜なアイデア」と持ち上げたりもする。それらは著者のいわゆる「録楽」の最たるものではなかったか。

実は、こうした“上から目線の文化語り”に対し、それを打破して先に進むための頼もしい武器を僕たちはすでに手にして久しい。
『私、プロレスの味方です』(村松友視、1975年)に語られてサブカル界に轟いた(そしておそらくのちのオタク文化の先駆けとなった)、アレだ、アレ。

「あらゆるジャンルに貴賤はない」
「あらゆるジャンルは平等であるが、あらゆるジャンルの中に高級・低級、一流・五流がある」

この名言を相棒に『音楽の危機』を読み返せば、僕たちは素直にさまざまな知識や音楽に対する姿勢を学ぶことができるだろう。
たとえばベートーヴェンやストラヴィンスキー、ショスタコーヴィッチらが音楽史の中でいかなる意味を持つのか、また(一聴わけのわからない)現代音楽の冒険家たちの挑戦は何を目論んだものだったのか、などなど。

そして、僕たちはさらに知るだろう。
スノッブとか偏重とか言う指摘でだいたい洗い流せる余計なものが、本書のみならずクラシック音楽そのものの弊害となっていることを。
コロナ禍のためにコンサートが開けず「音楽の危機」が起こった、のではなく、ただクラシック音楽の危機が明らかになった、のだ。
クラシック音楽が築いてきた聖なるもの? 文化? それを仰々しく奉るのも悪くない。悪くはないが、たとえばグラミー賞のステージに同列に並べたとき、それらはもはや長くて面倒で退屈で観客動員力のないものでしかない。

などなど、そういった音楽のあれこれをおうちで自問自答するのもまた緊急事態宣言下のよい手慰み。ぶらぼー。

2020/10/21

『ヤクザときどきピアノ』 鈴木智彦 / CCCメディアハウス

Photo_20201021170301 ここまで来るのに五十二年もかかった。

ドを押す。
音が鳴る。

──名著である。
大切なことなのでもう一度書く。名著だ。

全チャプター、全ページ、全センテンス、いうなればピアノ、音楽、はてはヒトなるものの生キザマについての率直なアフォリズムを積み重ねた文体、そう言って決して過言ではない。

著者はカメラマン、ジャーナリスト。ヤクザ専門誌の編集長からのちフリーになり、その方面のノンフィクションを多数上梓。代表作に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』『ヤクザと原発 福島第一潜入記』『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』などがある。

『ヤクザときどきピアノ』は、そんな著者が『サカナとヤクザ』の5年にわたる取材、執筆が一段落し、ライターズ・ハイから吹きこぼれるアドレナリンを抜くために適当な映画を見ていて、BGMで使われたABBAの『ダンシング・クイーン』に突然涙をほとばしらせ、

〈ピアノでこの曲を弾きたい〉

と思い立ち、ピアノ教師レイコ先生に出会い、ピアノの練習を重ねる・・・あらすじをまとめるならこれですべて、の本である。

実はこの本を知ったきっかけはちょっとだけ変わっていて、あるとき、朗読ツールのサンプルとして本書の後半の読み上げを聞くともなく聞く機会があった。
最初はヤクザたる著者(念のため、著者はヤクザとは親しいが反社会が本職の人ではない。しいて言うなら「ヤクザな」という形容動詞の「ヤクザ」ではあろうか)とレイコ先生の丁々発止のやり取りをギャグとして聞いていたが、途中ではたと気がついた。
耳から聞いて、わかりにくい表現、言い回しが一つとてない。
著者は

語彙は裏・闇・黒という三文字の裾野に偏っている。

などと自嘲するが、とんでもない、プロのワザである。本書を書くにあたっても広く深くピアノについて調べまくったことは巻末の参考文献の一覧を見ただけで推察できる。
もちろん、古今の偉大なピアニストの名言や人名、楽譜用語など、ある程度専門用語に慣れていないと意味のわからないところもあるにはある。たとえば、

「練習すれば、弾けない曲などありません」
レイコ先生は『エースをねらえ!』のお蝶夫人のように威風堂々と、完璧にレシーブした。

俺は超がつくピアノの初心者だ。『のだめカンタービレ』に登場する千秋先輩や『蜜蜂と遠雷』の風間塵とは、親分とチンピラほどポジションが違う。

のように専門用語が飛び交っても怯んではいけない。

──申し訳ない、話がそれた。

まじめな話、本書では、いやいやピアノ教室に通わされていた子供たちがその当時は気がつかなかったこと、ピアノは音楽を奏でるためのものであり、そのために練習がある、まさにそのことが繰り返し語られる。

ピアノは“ながら練習”ができないの。(中略)身体に動作を叩き込もうとする時、点滴の針を太くしても意味がないのよ。

個人に合わせて微調整できるのは椅子だけです。

練習をすれば上手くなる。
練習をしなければ一切上達しない。

所々知っていただけの道が、音楽という世界の地図でどんどん繋がっていった。

こうして紹介するにあたって、適切な引用加減がわからない。
どこを切り抜いてもいいし、どこも切り抜きでは食い足りない。

レイコ先生との練習の合間にも、激化するヤクザの抗争、ピアノの練習とヤクザとの修羅場の共通点、ピアノの歴史など、さまざまな話題にかこつけて著者のピアノが語られる。

それらはもちろん、人生においてゴールが見え、あるいはゴールを過ぎた者が、それでもなすべきことを見つけられるかどうかの、命のかかった一つのアドバイスでもある。
そこらの人生本などよりよほど楽しく、よほど確かなもの。単行本1冊でその欠片が得られるなら安いものだ。

2018/09/17

追悼 樹木希林

「昭和64年,すなわち平成元年に亡くなった顔ぶれを見てご覧。経済界からは松下幸之助,芸道から美空ひばり,漫画家では手塚治虫。いずれも昭和の時代を代表する人物ばかり。」、以前、ザレ文にてこんなことを記した。
もとより改元と著名人の訃報に関係などあるわけはないが、今、平成の最後のこの年に、星野仙一、高畑勲、西城秀樹、さくらももこ、そして樹木希林と、一つの時代を築いた方々が次々と亡くなっていく。残念でならない。

樹木希林に関しては、「寺内貫太郎一家」の「ジュリーィィィ!!」で意識して以来(当時はまだ悠木千帆を名乗っていた)、不思議なことに、一度も不快感、不信感をもったことがない。
内田裕也の前には、あの怪優、岸田森と結婚していたのか。
数年前の紅白歌合戦の審査員席で楽しそうに観覧していた姿が思い起こされる。
晩年、不動産屋のCMで、自身癌の闘病中であるにもかかわらず亡くなったおばあちゃんの幽霊役を演じる剛胆さ。
あとから思えば、三谷幸喜の「古畑任三郎」シリーズの犯人役を演ずる機会がなかったのが惜しい。さぞかし哀しみと苦い笑いに溢れた、物凄い犯人を演ってくれただろうに、と思う。
合掌。

2016/12/30

2016年、東海道四谷怪談 お岩めぐり

Oiwa_2実は、2016年の上半期は「四谷怪談」にハマっていた。

春先のある日、家人が人形浄瑠璃に誘われて国立劇場に赴き、前進座が5月に「東海道四谷怪談」を演るというパンフレットをもらってきた。

そこで、ふと、幽霊といえばお岩さん、恨めしやといえば四谷怪談、なのにそのお岩さん、四谷怪談について自分がほとんど何も知らないことに気がついた。
小学生の時分に映画で見た記憶はあるが、子供どうし映画館そのもので遊ぶのに夢中になって、肝心のお話の記憶がない。なにやら青々した竹林に人魂の揺れる場面が思い起こされるばかりで、それが本当に四谷怪談の映画だったかどうかすら、怪しい。

というわけで、さっそく前進座のチケットを買い求めたが、いきなり歌舞伎を見てもわからないことも多いだろうと、まず佐藤慶が伊右衛門を演ずる「四谷怪談 お岩の亡霊」のDVDを観た。ディアゴスティーニから「大映特撮DVDコレクション」と銘打ってガメラ、大魔神シリーズが出ていたのを発行の都度購入していたのだが、折よくそのラインナップに入っていたのだ。

次いで鶴屋南北の原作を岩波文庫であたったが、原文は難しいので、高橋克彦が子供向けに翻案してくれたものを平行して読んだ。
一方、お岩については鶴屋南北とは別の流れがあり、高橋衛、小山内薫がまとめた作品を読んだ。
国立劇場で歌舞伎を観劇した折には、幕後の抽選で当選し、役者さんのサインはじめいろいろ記念品がパックになったものをいただいた。
後日、家人とともに四谷のお岩稲荷(於岩稲荷田宮神社)にも参詣した。

Oiwa2_3通して感じたことは、南北のお岩は、必ずしも恐ろしいばかりの存在ではないということだ。彼女はまったき被害者であり、その恨みは彼女を貶めた夫伊右衛門と彼をそそのかした輩に向かった。しかも、モデルとなったお岩は、南北が書いた時代より200年も前に健全な一生を終えた美徳の女性だった。その高名を南北が利用したのである。

しかし、だとすると、高橋衛や小山内薫が書き残したお岩はどこから出てきたのか、そこが今ひとつよくわからない。こちらのお岩像が時代的には南北より早いとする説もあるらしい。
小山内の描くお岩は暗鬱で、お岩が行方不明になったあと、疫病のようにかかわるすべての者に怨念が伝播していく。子供にいたるまで誰一人救われない。言うなればお岩個人を離れ、害をなす怨霊装置と化しているのだ。

などなど、この1年に読んだもの、観たものをざっくりでも書いておきたいと思っていたのだが、手を付ける前に年末になってしまった。
いずれ箇条書きででもまとめておきたいと思う。これが来年の抱負。

今年1年、おつきあいありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

2016/06/13

円形管を走り抜けろ 『下水道映画を探検する』 忠田友幸 / 星海社新書

Photo異文化の出会いがもたらした、一種の奇書。

著者は長年名古屋市の下水道管理に携わってこられた方。スクリーンにときどき映る下水道が気になって映画のパンフレットやビデオテープ、DVD、ブルーレイなどを集めるうちに『月刊下水道』なる唯一の下水道専門誌に映画紹介記事を連載するようになり、それを新書にまとめたもの。

そもそも唯一の下水道専門誌という段ですでに十分怪しい。もしも下水道専門誌がいくつもあって、それぞれ発行部数や特集や付録を競っていたなら。考えるだけで眠れなくなってしまう。

取り上げられた映画が怖い。
なにしろ最初の章が「ネズミ」である。ネズミが群れをなして町を襲うパニックものに、疫病系も含まれる。次が「災害」。続いてワニや宇宙怪獣がうごめく「モンスター」。ようやく人間が主題になったと思いきや追われる者の「逃走路」、銀行金庫を狙う「強奪」、続いて「隠れ家」、「脱獄」、最後に「歴史」。
確かに映画に下水道が出てくるなら、その多くはヌタヌタしたモンスターの育つ暗闇か追われる者が逃げ惑う迷路に違いない。

多くはB級サスペンス映画だが、ときにオーソン・ウェルズ『第三の男』やアンジェイ・ワイダの『地下水道』、あるいは無声映画の『第七天国』のごとき本格が唐突に登場するのであなどれない。その映画を取り上げ、あらすじや背景を語る著者の口調は(名文とは言い難いものの)穏やかかつ冷静で、しかし映像中の下水道を説明しだすやいなや専門用語を連発して俄然熱気を帯びる。映像の下水道がセットか本物かに目をこらし、下水管への認識不足に憤る。

映し出される管きょや施設は変化に富んでおり、形や構造もさまざまである。写真上はハンチ(天井部分隅を斜めにした構造)のついた矩形きょっぽい。欧米の作品によく登場する鉄柵がはまった円形管。まるきり地下通路のような縦長の矩形きょ。そして、四方から水が流れ込む大きな接続室。

これで梶芽衣子主演『女囚さそり けもの部屋』の紹介なのだからたまらない。

取り上げられた映画は全部で59作。
B級、A級とりまぜて、それぞれの映画を見たい気持ちに揺れる。読み進むうち、作者がまだ知らない下水道映画を発見したいという黒いファイトも湧く。確か特撮怪人映画に下水道を逃げるシーンがあった……それは東宝の『美女と液体人間』。ちゃんと紹介されている。
『うる星やつら』にはなかったろうか。『コブラ』のマンガ原作には下水道を逃げる場面があった気がするが、映画版ではないか。

好感、だけですまされない。いろいろ後を引く1冊である。

  ※で、実際に後を引いた結果がこちら

2016/03/26

盲点fff 『バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本』 安田 寛 / 新潮文庫

Photoかつて子供たちが手にする初めてのピアノ教則本といえば「赤バイエル」「黄バイエル」だった……

と思っていたら、最近ではバイエルといっても山ほど版があり、昔言われたところの「赤」「黄」がどれにあたるのかよくわからない。
それどころか、1980年代の終わり頃から、バイエルは「本国のドイツでさえもはや忘れられた教則本」とバッシングされ、「私はバイエルは使いません」と見識ぶるピアノ教師が巷にあふれた。らしい。

著者の安田寛氏はそんな、誰もが知っているようで実は誰も知らない「バイエル」に着目し、その正体を追う。

それにしたって。
・バイエルって作曲家は実在したの?
 (不在説、偽名説……)
・日本に持ち込んだのは誰?
・なぜあんな構成なの?
など、あれほどまで普及した教則本とその作者について、ほとんど誰も深く追及してこなかったと知って驚く。
そして、幾人かの音楽教育者が、原典をてんでに都合のよい「バイエル」に改変し、広めてきたという事実にさらに驚く。著作権切れてるからってそれはいいのか。えっ、全部作り話の伝記マンガならある? ……

つまるところ、音楽は音「楽」であって音「学」ではない。
安田氏のテキストにしても、その苦心は別として、学究の姿勢にはいろいろ疑問符が付く。行き当たりばったりに海外の図書館や楽譜の版元を訪ね、たまたま一次資料にあたればラッキー。ほとんど趣味人の自費出版物のノリだ(なぜ現地ロケまでしたNHKに問い合わせない?)。

とはいえ、フェルディナント・バイエルという作曲家個人の真実をたどる旅、そして「静かにした手」や百六の番号付き曲の意図など、教則本としての本当の姿が徐々に明らかになる過程は読んでいて実に楽しい。
子供のころバイエルにお世話になったという方はぜひ。いろいろ呆然とすること請け合い。

2016/01/14

Goodbye to David Bowie ★彡

Blackstar初めてDavid Bowieを聞いたのは、友人に勧められた「Space Oddity」のシングル。
地上の管制塔と宇宙パイロットとの交信を描いた(当時の洋楽ポップスとしてはちょっと常軌を逸した)トリッキーな曲で、会話が交錯する歌詞が実に切なく、かっこよく、さらにほかの友人に広めようと中学生のつたない英語力で一生懸命翻訳したものだ(Pink Floydの「青空のファンタジア(Point Me To The Sky)」やKing Crimsonの宮殿の訳詩をつらねたそのノートは今も机の一番下の引き出しで眠っている)。

それからしばらくして、Bowieならこれを聞かなくては、と先輩に「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」を教えられた。驚いた、震えた、シビれた。先輩の部屋に押しかけては勝手にレコードをターンテーブルに乗せ、歌詞カード見ながらヘッドホンで聞き込んだ。
今でもほとんどの曲をそらんじて歌えると思う。でも恥ずかしいので歌いません。

次の「Aladdin Sane」は自分で買ってきた。「Ziggy Stardust」のようなコンセプトアルバムではないため、あれっ? と首を傾げたが、このアルバムにも好きな曲がいっぱいだ。King Crimsonじゃないが繊細さと暴力の混淆。

そのあとDavid Bowieはディスコサウンドに走って、まあそれらのアルバムも今では普通に楽しく聞けるのだけれど、ブリティッシュ命だった当時は「もうダメか」と嘆いていたところに空から突然発売された「Low」(1977年)は本当に嬉しかった。
重い。ゴジラ映画のエンディングみたいな「Warszawa」はもちろん、A面の軽妙なインストさえ丸木でガッツンガツン殴られるように重い。意味はわからないのに、その意味で殴られるような気がした。

それから2003年の「Reality」まで、オリジナルアルバムはお付き合いで購入するものの、意識の上ではだんだん過去の人となっていったBowieが、2013年、突然深海から「The Next Day」で浮上する。あまり期待もしていなかったのに、このアルバム、余計な色がなくてとてもいい。
そして、2016年1月8日、69歳の誕生日にリリースされた「Blackstar」。
2日後、その死が伝えられる。

18ヶ月の闘病……「The Next Day」以降の仕事は、死を意識してのものだったのだろうか。
華美なところのない、地味ながら不思議な説得力にあふれる曲が静かに並ぶ。昔のハイトーンは望むべくもないが、Bowieの歌声は豊かでゆるぎない。

「Blackstar」が最後のアルバムでよかった。その最後の曲が、諦観が奇妙に希望にいざなう「I Can't Give Everything Away」で本当によかった。
去り際までかっこいい。本当にかっこよかったなあ、David Bowie。

これ以上何を書くべきなのかよくわからない。
David Bowie論はほかの方にお任せして、今夜も一ファンとしてありったけのCDを流そう。

一つだけ。
昔から不思議だったのだけれど、変容しつつ最先端を走るイメージのわりに、Bowieの曲では「パッパヤ」とか「ヤヤヤ」など、いかにも洋楽ポップスなコーラスが頻出する。こういうのはかのCarpentersさえ

  Every Sha-la-la-la
  Every Wo-wo-wo
  Still shines

なんてもうYesterdayのものですよと(1973年時点で)歌っていたのに、不思議でならない。
David Bowieが演じ続けたものはなんだったのだろう。

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