カテゴリー「これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~」の11件の記事

2023/12/09

クリティカルヒット! 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (11)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo_20231209164301 前回、第10巻を取り上げた際には、沙名子さんの「攻撃力」について触れ、

> その「攻撃」が遠隔操作をもってなされ、かつ決して深追いをせず一撃必殺を旨とするため、攻撃を受けた側は沙名子から攻撃を受けたことに気がつかないままに撃沈する。

とかいったようなことを書いた。

新刊の第11巻では(ネタバレになるが帯の惹句にも書かれているので良しとしよう)森若さんと営業・山田太陽の結婚にいたる確認工程が主題であり、それぞれの家族への挨拶、家事はどう分担するか、式を行うかどうか、婚約指輪はどうする、どちらが姓を変える、といったこまごまがサブテーマとなる。

つまり、前回書いたような「遠隔操作」などでなく、太陽は至近距離から直撃弾を喰らいまくる、と、そういう1冊である。
ちなみに、正論の語り手ゆえ、沙名子もまた無傷ではいられない。

森若沙名子は、若干発達障害の気味のある、処理能力は高いがコミュニケーション面で少し融通の利かない女性である。
それゆえ結婚についてのさまざまな手続きが、いわば剥き出しになって沙名子と太陽の間に隔壁として立ちふさがるが、それらは本来的にはこの国に住むあらゆるカップルがかかえているはずの障壁に違いない。

結婚する若者が減っている、少子化が進んでいる、そういった事態に対して岸田内閣や東京都は(いやだなあ、どこかのコメンテーターみたいな口ぶりになっちゃったよ)子育て支援だの教育費無償化だの、現金ばら撒き先の枠組みばかり議論しているが、若い男女が抱えている問題は単にお金が足りないことだけではないんじゃないか。

沙名子と太陽は結婚におけるさまざまな手続きについてスプレッドシートを用意して一つひとつ埋めていくが、実はそこには意外なほど住居費、生活費といった経費の項目は書かれない。彼らが務める天天コーポレーションが安定ホワイト企業だから、というだけではない。結婚にまつわる支出よりやっかいな諸問題を「融通の利かない」沙名子の目線が洗い出し、並べ立てていく。

いつもとはかなり趣の異なる11巻で、読み応えは少々重い。
重いので読むのはしんどいが、そのぶんごくまれにではあるがツンデレ沙名子さんも描かれていて、それはそれでクリティカルヒット。

2023/01/20

沙名子戦線異状なし 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (10)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo_20230120181201 国税局の税務調査に苦労する天天コーポレーションの面々が描かれる第10巻。

とはいえ、もともと管理のしっかりした沙名子たちに大きな落ち度のあるはずもない。また、「半沢直樹」の愛之助みたいなオネエ言葉の辣腕税務署員が現れて大暴れするわけでもない。
その結果、経理部は「多忙」とはなり得ても「混乱」にまではいたらない。
全体に各篇とも、合併を重ねた天天コーポレーションの組織と人の「振り返り」「洗い直し」が主旋律となる(まあ、それだけでもない。あとはご自身で読んで確認してください)。

さて、そんな中、今回は沙名子の「攻撃力」というものが少し気になった。
もっとも、この10巻で沙名子が誰かと華々しく戦闘を繰り広げた、とかいうわけではない。
しかし、逆に、今回描かれた「攻撃」のさりげなさに、沙名子の「攻撃力」がよりリアルに見えた、そんな気もするのである。

沙名子の「攻撃」はおおむね、大部の地上攻撃隊を擁した敵要塞の将軍級に対し、精密誘導型の巡航ミサイルの射出をもって行われる。
ポイントは2つ。
1つは、意外なことに沙名子は「戦闘」となるや「専守防衛」のフリをかなぐり捨て、むしろ自身に直接利害のない相手に対して唐突に「攻撃」を仕掛けることが少なくない。
そしてもう1つ、その「攻撃」が遠隔操作をもってなされ、かつ決して深追いをせず一撃必殺を旨とするため、攻撃を受けた側は沙名子から攻撃を受けたことに気がつかないままに撃沈する。

早い話、沙名子は「うさぎを追うな」を座右の銘とし、余計な仕事をしない主義だと作中で公言しながら、こと「戦闘」に関してはことのほか「好戦的」なのである。

もちろん、その気質について、沙名子はでき得る限り隠蔽を図る。
沙名子に対し再三迷惑をかけてくる鬱陶しい人物が10巻最後まで無傷なのは、沙名子がその人物を敵として矮小に評価していることもあるだろうが、むしろ、遠隔からであれ、彼に攻撃を仕掛けた場合、巡航ミサイルの発射位置として自身を特定されるから、に違いない。
近代戦において、主力ミサイル部隊の位置情報を偽装・隠蔽することは何より重要な戦術なのである。

だんだん何を書いているのかわからなくなってきた。

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追記
本書評を書くためにパラパラめくり返していたら、沙名子が結婚について
  人生において、個人戦から団体戦へ移行するということ。
と述懐する一節があった。
生活をこう喩える沙名子を好戦的と評しても、あながち間違いではなかったように思う。

2022/04/10

『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (9)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo_20220410020601 ここ数冊、経理部の森若さんがスーパーサイア人化して、会社統合にはかかわるわ、幹部人事には影響与えるわ、「それはちょっとどうなの」が続いていたのだが、今回は各篇ともすんなり楽しめた。

もちろん、楽しめた、というのは単に展開が面白い、とか、相手を倒せてすっきり、とか、そんな甘い次元のものではない。
あくまで個人的な感想ではあるが、『これは経費で落ちません!』の面白さというのは、天天コーポレーションという中堅どころの製造業の会社において、ちょっとした仕事の隙間に発生する違和感や濁りを経理部の森若さんが鋭くかぎ取り、問題をクリアにしていく、その過程ではないかと思う。

ポイントは、森若さんが為すのは決して「是正」でなく、ただ「クリアにする」、だけだということ。
一見「日常の謎」系のミステリと同じように事件は明らかになり、森若さんは推理するのだが、決して森若さんは探偵として機能するわけではないのだ。

だから、たとえば今回の第二話「予定調和は嫌いです!」にしても、会社の経費で購入された物品が傷つけられ、ゴミ箱に捨てられていたという出来事、ましてその犯人、それを社内で公にしてしまったらもしかすると大変なことになるかもしれない、そんな事件に対し、森若さん、あるいはモノのわかったほかの社員たちが推察し、対処し、当面のトラブルが解消されたところで物語は終わる。
よしんば森若さんが事件の当事者に推察を伝えることはあっても、それは決して犯人にナタを振り下ろすことにはならない。

要は、聡い社員、優秀な社員、真面目な社員たちが日々業務を遂行していく中(←ここまでの前提が重要)、ほんの少しの認識のズレ、あるいは気の緩みなどからルールを踏み外した行為がなされたとき、それを領収書の数字やシステムに書かれた文言から透徹する、その森若さんの青く澄んだ目線が美しいのである。

もちろん、その美しい目線を邪魔するかのように、上の理屈では説明できない社員たちも多々登場する。
それはある意味、「女神」の領域にある森若さんを「人間味」のほうに引きずり落とす役割を果たす。
どちらを、誰を応援すればよいのか、本シリーズのファンにとって、実はそれが最大の問題かもしれない。

そうそう、今回は森若さんの後輩、佐々木真夕の成長が素晴らしい。
森若さんは太陽君に任せて、真夕ちゃんに×××××× ←コンプライアンス部より指摘あり、セクハラでアウト!

2021/04/29

表紙についてあれやこれや 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (8)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo_20210429172301 『これは経費で落ちません!』、待望──11ヶ月ぶり──の新刊出来!

・・・だが、しかし。
今回の表紙は、どうしたことだろう?

まず、どこかの駅の京浜東北線のホームに立つ森若さん。このホーム番線の「4」の白抜き文字が、大きすぎる。
本作は第8巻なのだが、四角囲みの「8」とそのホームの「4」にさほどフォントの差がないため、書店に平積みだと一瞬「4巻か?」と認識がすべる。
実は一つ前の7巻のイラストにもフロア表示の数字が大きく描かれていたのだが、これは「7巻」に「7」の文字で、問題なかった。

もう一つ、1巻から7巻までのイラストは、オフィスないしその周辺における森若さん、そのまわりにファイルやシュレッダーやマグカップや領収書を散らすという趣向のものであり、公園のベンチでランチ中(4巻)であっても天天コーポレーションの制服姿、またロッカーで着替え中(6巻)であってもロッカーの中にターコイズブルーの制服が描かれている。
これらは決して適当な選択ではなく、経理部の森若さんの生真面目な業務スタイル、また彼女が仕事において直面する些細だが軽視できないトラブル、等々の内容を過不足なく示したものであった。
しかし、8巻のイラストは(おそらく帰宅時の)プライベートな森若さんの姿であり、これまでの集約性を損なうもののように思われてならない。要は何を描く、何を示す、という意味付けに欠けるのだ。

などなど、長年月刊誌やムックの表紙を担当してきた者としてついつい職業病的トリヴィアリズムに走ってしまった。この表紙も悪くない、と思われているファンの皆さん、ごめんなさい。ただ、正直なところ、今回のこの表紙だとせっかくの新刊をファンが見逃す心配までしてしまうのだ。

一方、肝心の内容についてだが、会社合併だの社長交代だのに森若さんが噛むようになって以来、なんだかスーパーマンが大統領の会議に呼ばれるような話になってしまって、それは本作の面白さとは相いれないものなんじゃないか、と、なんか苦言ばかりだな。
書評としてネタの切り口探すからそうなってしまっているが、実際は今回もそこそこ楽しく読んだことは否定しない。
太陽君の元カノと森若さんが酒を酌み交わす場面など、剣道の達人同士の勝負を見守るようで手に汗でしたよ、ほんと。

2020/06/11

『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (7)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

6 前作では合併やら社長交代やらといった大きな社内状況に少し過剰にかかわって、それはどうかと一部で心配された沙名子だが、今作では仕事にプライベートにマイペースを貫きたい沙名子とそれに頓着しない周囲の人々、という安定の構図、展開に戻ってまずは一安心。

──と言いながら、読み終えた今もドキドキが止まらない。どうしたことだろう。

思い返せば、このシリーズの魅力は、一人の生真面目な経理担当OLの仕事、人間関係を描いた、それだけといえばそれだけの話でありながら、行間のそこここに「不穏」な気配が漂う、それにあった。
社員の不正、不祥事、会社の合併など、沙名子を困惑させる事件はある。しかしそれらのトラブルは必ずしも沙名子の立場を危うくするほどではなく、しかも聡明な沙名子は抜群の距離感をもって鮮やかにそれらを回避、解決する。恋愛も、少し様子がおかしいが、おそらく好調と言ってよい。
しかし、それでもどこかしら不穏、不穏なのである。

読み手が本作に引きずられるのは、この「不穏」によるのかもしれない。

低周波のように言葉にならないこのイヤな気配を沙名子のキャラクターをもとに説明することは、おそらくある程度までは可能だろう。だが、それでは説明しきれないものが、きっと残る。
巻が進むうち、この不安が晴れる日がくるのか、それとも、
こんなふうに気にかかることがすでに作者の手のひらの上で転がされている証左に違いない。

それが、また、『これは経費で落ちません!』を読む最大の楽しみではある。

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ここからは、作品の本筋にあまり関係ない話。

以前からときどき気にかかっていたのが、若い女性が(オシャレに)紅茶や珈琲を飲む際の擬態語である。
「がぶがぶ」「ぐびぐび」「ずずずっ」等はもちろん論外。
「ごくごく」に比べれば「こくこく」のほうがまだよさそうだが、熱い飲み物としてはどうか。

その意味で、沙名子がファミレスで室田千晶の相談を受ける場面(141ページ)の
「千晶は少し冷静さを取り戻した。うつむいてこくりと紅茶を飲む」
はなかなかよかった。
「こくり」と一口、口元が目に浮かぶようだ。

ちなみに、個人的には、原口清志のバイオレンスホラー『ヘルマドンナ』で事件解決後にヒロイン古杣夕湖が紅茶を飲む、その場面の「くみ・・」というオノマトペが気に入っているのだが、どうだろう、どうですか(←ちょっと自分でも誰に言ってるかわからない)

2019/08/01

『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (6)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo_20190801175201 あー、こんな時間にお呼び立てして申し訳ない。森若さん。経理のお仕事のほうは大丈夫でしたか。
や、月初めなのでなんとか。佐々木(真夕)さん、麻吹(美華)さんもいるし? そうですか。

うん、会議室で話すようなことでもないのでね。あ、部長の了解はとっているので大丈夫。
僕はコーヒーお願いします。ホットで。森若さんは? そう。はい。

経理の話ではないです。森若さんの、副業?っていうか。ほら、青木祐子氏が文庫化されてる。『これは経費で落ちません!』でしたっけ。この出版不況の折、好評とのことでなにより。

あっ、失礼、副業をとがめるとか、そういう話じゃありません。その本の話ではあるんですが。
内密といえば、内密な話かなぁ。
率直に言いましょう、森若さん、困るんです。

今回の、第6巻でしたっけ。その最新刊について、社内でちょっと、声がね。うん。

や、僕もまあ、実は「経理部の森若さん」の仕事っぷりには常々感心していたんですよ。
隠れファンと言ってもいいかな。本人を前に隠れも何もないわけだけど。
ただね、今回のメインのネタというか、テーマっていうんですか。ちょっと、らしくないというか。

このシリーズの魅力って、実は、「これは経費で落ちません!」という一見強硬なタイトルとは真逆に、森若さんが清濁併せ呑んで社内手続きさえきちんと踏んでいたなら多少問題のある領収書でも「経費で落とす」、そのクールな手際のよさにあったと思うんです。

そのやり取りのなかで、落としてもらったほうは微妙に森若さん、いや、実際のところは会社や倫理的に、かな、借りを作り、引け目を感じ、しばらくするうちにトラブルが鎮静化したり、問題人物が消えていったりする。
森若さんご本人は、その間、名指しで相手を非難するでもなく、上司や同僚相手に騒ぐでもなく(そういうの、むしろ苦手でしょ?)、過不足なく求められた仕事を済ませて、週末のネイルや映画鑑賞の時間を大切にする。

これね、化学、バケガクのほうの化学でいうところの「触媒」の働きだと思うんですね。二酸化マンガンとか。
自分自身は変わらず、周囲の物質の変化をしかるべき方向に促進する。
それが、見事だと。

洋画にお詳しい森若さんならご存知かと思いますが、BSプレミアムで放送されたクリスティの『ABC殺人事件』、ありましたよね。ジョン・マルコヴィッチが情けないポワロ役を演じる。
あれも、新しい探偵役を模索する、言うなれば苦渋の作品だと思うんです。警察にコネもなく、相棒もいない、年を取って無力でみじめなポワロ。

ところが、森若さんは、ちょっと意外なアングルから、まったく新しい探偵役を示してくれた。
探偵という言葉がおかしいなら、なんでしょう、事件解決役?

それなのに。
この最新刊ね、これを読むと、森若さんがすっかりキーパーソンになってしまっている。就業時間を越えて周囲に積極的にからんだり、右や左へ人を動かしたり。
それでいいのかな。それでは普通の探偵小説みたいじゃあないか、と。

や、もちろん、天天コーポレーションが副業を容認している以上、社内規定でどうこういうつもりはないんです。
ただ、ね。せっかく新しいヒロインの在り方が、と思っていただけに。
会社の上のほう? いや、上ではない、かな。一部、そう、一部だけなんですけどね。少しばかり、問題か、と。
そもそもこんなふうに話題にされること自体、森若さんとしては不本意だと思うんだけど。
どうなんでしょう。

あと、今日は文庫カバーのイラストの顔でお話いただいているけど、NHKのテレビドラマの森若さんが……。
あれはあくまでテレビドラマですよね。「これは経費で落ちません!」というタイトルでドラマこしらえたらこうなるでしょ、ということで、実はスタッフの大半は原作を読んでないんじゃないか。
いやいや、僕は、むしろ田部未華子さんは嫌いじゃないんですよ。♪な~ん~て~なめらか~のCMとか、もうファンと言っていいくらい。でも、ねえ。
あんなに誰も彼もがぐいぐい前に出たら、それはもう、天天コーポレーションではありません。

うーん、なんだか、せっかくお時間いただいたのに、ちょっとうまく言えなくて。申し訳ない。
そういえば、森若さんのほうからも、何かお話があるとか。
はい。いますね。
はい。

はい。

えっ。
それは・・・。

うーん。
わかりました、戻ったらすぐ調べて。




 ※本ブログ内の青木祐子作品の私評は以下のとおり。ご参考までに。
  『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~
  『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (2)
  『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (4)
  『これは経費で落ちません!(5) ~落としてください森若さん~
  『幸せ戦争

2019/04/22

うちの土地 『幸せ戦争』 青木祐子 / 集英社文庫

Photo_5『これは経費で落ちません!』シリーズの青木祐子氏はもともとジュブナイルの分野に多数の作品を発表してこられたベテラン作家であり、『幸せ戦争』は氏の初めての一般小説とのこと(詳しいわけではないので、間違いがあったらごめんなさい)。

『幸せ戦争』は郊外の瀟洒な戸建て4件屋に住む家族、それぞれがかかえたねじれを描いた作品で、インターネットの有名掲示板用語でいえば「キチママ」「ウヘァ」「修羅場」案件ということになる。概ね、察してください。

素晴らしいのは──『これは経費で落ちません!』もそうだが──個々の家庭、とくに主婦当人のキャラクターが順に明らかになり、いよいよカタストロフィ! となるべき場面で、作者の木刀拳銃手榴弾が登場人物たちを吹っ飛ばす、そのはずが、意外や皮一枚だけ切って引く、悲鳴をあげる間もなく勝負が決する、その凄み。
4件屋の家族それぞれの立ち位置をバランスよく描いた構成力、そしてその凄みが、本来ならドロドロの愁嘆場となりかねない話に、青白い、凛とした清涼感を配す。

本来、イヤゲな主婦がうじゃうじゃ湧いて出る喪失不可避の物語のはずが、残るはささやかだがフリスキーな爽快感。
歴戦のプロの仕業、と感嘆する次第。

2019/02/28

〔短評〕 『これは経費で落ちません!(5) ~落としてください森若さん~』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo_2シリーズ最新刊出来。
以下は書評ではなく、ただ刊行のお知らせ……の、つもり。

 

今回は森若さんをめぐる天天コーポレーションの社員たちそれぞれを主役とした、いわゆるスピンオフ短篇集。
なので、森若さん当人の出番はあまり多くない。
また、スピンオフなので、第1話、第2話となんとなくヌルい……と思っていると、第3話でいきなり冷や水をぶっかけられる、もはやこれはお約束の展開。怖い、怖い。

 

前回、このシリーズは新しいミステリのかたち、といったようなことを書いたが、そういえばほんの少し似たミステリがあったことを思い出した。クリスティの短篇集『謎のクィン氏」に登場するクィン氏がある意味これに近い。
クィン氏はただそこに居合わせるだけ(実在するかすらおぼつかない)、ただ彼の存在に示唆された語り手がそこに事件を見い出し、謎を解き明かす。

 

もちろん森若さんは優秀だがヒラの一経理部員にすぎず、若い女性ならではの悩みもつきない。
しかし、優秀な彼女が厄介ごとを避けようと最短の解決をはかるとき、そこには社内の不正や不倫があぶり出され、人間関係が壊され、あるいは再構築されていく。それを追及するか見逃すか、つまり「落とす」か「落とさない」かは森若さんの業務認識がすべて。

 

女神の領域である。

2018/07/15

新しいミステリのかたち 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (4)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo前回も書いたように、これはミステリである。
もしかすると、新しいミステリのかたちが示されているのかもしれない。

 

毎度そうなのだが、読み始めはライトな感覚である。経理部の森若さんをめぐるにぎやかで少しだけ面倒な日々を描いた女性向けお仕事小説……

 

短編四部とエピソードの掌編からなる本巻でいえば、経理部の新人との葛藤を描いた第一部や若い女性ならではのエピソードを描いた第三部までは、(森若ファンとしてはショックではあるものの)まだわかる。
第四部はまるでわからない。背中から切りつけられたのに、そのナイフがあまりに鋭利なため気がつかない、そのくらいダメージは大きい。

 

かつて、1980年代、若手の作家たちによってさまざまなトリックや書き方を工夫した「新本格ミステリ」が勃興し、その中に、平凡な生活を送る若者(主に少女)が日常の言葉や出来事に微かな違和感を感じ、そこに(ときに残酷な)真実を暴いていく、「日常の謎」と呼ばれるジャンルがあった。

 

『これは経費で落ちません!』で提示されているのは、「日常の謎」に匹敵する、新しいミステリの在り方である、と言って過言ではない、かもしれない(もちろん、一つのジャンルとして成立するためには作者のみならずエピゴーネンの追従が必要であることはわかっている)。

 

この作品は、まず、これが謎解き小説であることを示さない。ヒロインは探偵であることを是としない。しかし、経理部という生々しい数字を扱う部署に勤めるヒロインは、あれこれ社内の厄介ごとに直面せざるを得ない。そして彼女は、その謎を暴くことを拒否し、目をそらし、隠蔽しようとする。
読み手はそこで、ワトスンを相手に驕り高ぶる名探偵の、さらに上をいく聡明さに打たれ、冷たく刺される。ミステリはぎりぎりまで真相を語ろうとしない、ヒロインそのものなのだから。

 

 

2017/08/15

ウサギを追うな 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (2)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photoちょっと、狼狽(うろた)えている。

 

前回、第1巻も面白く読みはしたが、“経理部のOLが主人公のよくできたライトノベル”程度の読後感で、少し前に続刊が出たのは知っていてもなんとなく後回しにしてしまっていた。……危ない危ない、うっかり読み逃すところだった。

 

第2巻にいたって収録4話、これはもはや上質な本格ミステリである。

 

律儀で几帳面だがやや杓子定規で融通の利かない、天天コーポレーション経理部の事務職員、森若沙名子。
彼女はちょっとした領収書や仮払金への疑念から社内のトラブルや不正を看破し、自身の職分の中で解決を図ろうとする。だが、社内の各部署は往々にして彼女のロジックとは別の方法論で動いており、必ずしも各章は彼女の望むかたちで終わらない。否、むしろ彼女の理解を越えた、あるいは彼女を苦しめる終わり方をすることが少なくない。
これは正しく、名探偵の、名探偵ならではのジレンマである。

 

第2巻の最後の章は、役職のない経理部OLの手にあまる不正の露見をもって終わる。作者はその上にさらに主人公の手に負えない人間関係を用意した。それはまた、今後主人公が別のモノに変貌せざるをえないことを示唆している。
そのような第3巻は、もし出たとしても、読みたくなどない。
……いや、やはり読んでしまうだろうか。