最近のコミック新刊から 『身代わりの花嫁は、不器用な辺境伯に溺愛される(4)』『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(29)』
『身代わりの花嫁は、不器用な辺境伯に溺愛される(4)』 一ノ瀬かおる、原作 椎名さえら、キャラクター原案 一花 夜 / KADOKAWA フロースコミック
タヌキ目のクラリスがキツネ目のジーン(ジークフリート・グーテンベルグ辺境伯)をともなって生まれ育ったファーレンハイト家に再訪し、ファーレンハイト家の歪み、姉マチルダの秘められた真実が明らかになる・・・という痛快無比な第2巻をピークに、3巻、4巻はクラリスよいしょ持ち上げのやや落ち着いた展開。
とはいえ、3巻4巻に登場する“ファーレンハイトの宝石”姉マチルダの執拗な嫌がらせはその手振り、台詞ともに実に陰湿、いずれも実際はクラリスの回想や空想の中の姿でしかないにもかかわらず、マンガ史上まれに見る凄まじさ。塗り絵のお姫様物語のような本作が大人の読むに足る物語にしている理由の1つはこのマチルダの異様な存在感が大きいのではないかとも思われる。
さて、クラリスとジーンの2人には執務室で勝手に仲良くしていただいて、残る興趣はお調子者シド・ハンゼンとメイドのメアリーの関係の行く末。そして(若干見え見えの)メアリーの氏素性。
そしてもう一つ、「言われてみれば」と面白く思ったのは、まま子扱いされていたお姫様がめでたく白馬の王子様とハッピーエンドになったとしても、その時点で彼女は社交のマナーも、ドレスのセンスも、ダンスの足さばきも、何一つ身についていないだろう、ということ。
シンデレラは王子様に見初められて幸せに暮らしたことになっているが、はたして本当にそうか。慣れない王室での生活にあれこれ苦労が絶えなかったのではないか。
幸い、4巻は、ダンスが不得手なクラリスをジーンがステップの練習に誘うシーンで幕を閉じる。
表紙もその2人の踊る・・・
・・・ちょと待て。表紙画像が間違ってる。
今週の担当、誰だよ!
『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(29)』 原作 草水 敏、漫画 恵 三朗 / 講談社 アフタヌーンKC
ああ、まだ表紙画像が直ってない。
では、その時間を借りて、ちょっと話がくどくなるけど、
先日、岩波文庫の『英国古典推理小説集』 を読んで、英国の古典推理小説といえば
ちくま文庫から出ていたR・オースティン・フリーマンの『オシリスの眼』(渕上痩平訳)を買ったまま放置していたなと思い出し、本棚から取り出して読み始め、
その「訳者あとがき」にはフリーマンが短篇集『歌う白骨』において犯人を最初から明かしたうえで探偵による解明のプロセスを描く「倒叙」推理小説(刑事コロンボや古畑任三郎がそうですね)を最初に提唱・実践した、といったことが書かれていて、そういえば昔読んだはずの
「歌う白骨」ってどんな話だったっけと創元推理文庫の『ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ』を取り出して短篇「歌う白骨」を読んでいたら、
すみません、↑は読み飛ばしてかまいません、ともかくその「歌う白骨」の中に、ソーンダイクの研究所の助手ポルトンについて、
すべての科学的研究には、肉体的な労働が必要で、学問は長く、人生は短いから、科学者が何もかも全部やってしまうというわけにはいかない。(中略)骸骨の標本をつくるときには、薬液に浸したり、漂白したり、骨を一つずつ接合したりする仕事は、それほど忙しくない助手にまかせるのが普通だ。(中略)知識をそなえた科学者の背後には、かならずすぐれた実験の技術をもつ技術者がひかえているものだ。
との一節があった。
『フラジャイル』第29巻のテーマは、まさしく、科学者(岸京一郎)をサポートする臨床検査技師、森井久志の物語である。
ただし、森井は「それほど忙しくない」などありえない激務であり、さらに技術者の常として、後輩への技術の引き継ぎが必ずしもうまくいかない・・・という表現がバファリンの半分のやさしさでできているくらい厳しい。
引き継ぐべき後輩の1人は黙って病院を辞め、1人には森井の教え方が「カス」だとののしられる。ページ半分の大ゴマで、「カスです!!」。
その森井が、医療機器メーカーの営業担当には「医療革新の勇者」と期待され、大学病院の病理からは渡米する技師の後釜に誘われる。
仕事とはそのように渦を巻いて恐ろしいものである、というのが29巻への感想。
ちなみに「歌う白骨」の上の引用部分の数ページあとには
溺死とみてよさそうだ。もちろん検死(ポスト・モーテム)の結果を待たないと、
という1行もあった。40年前に目にしていていながら、学ぶべき言葉を素通りしていたのだ。
読書も恐ろしいものだ、と思う。
それで、表紙画像担当、まだつかまらないの??
きさまの大切なフィギュアがどうなっても知らな・・・
って貼り紙しといてっ!















待望、『フラジャイル』新刊。