カテゴリー「諸星大二郎」の15件の記事

2025/01/20

コレクターズ 『諸星大二郎短篇集 彼方へ』 講談社 ワイドKC

Photo_20250120173401 表紙回りにも奥付にも価格記載のないこの恐ろしい短篇集(Amazonでは1,980円でした)には、たとえば諸星大二郎の代表作の1つ、『MUD MEN』の後日談が収録されている。
その作品「追跡ルポ 波子を捜して」は、そもそももともとまとまりがよいとは言い難い『MUD MEN』の一篇として悪いというわけではないが、それでも、少なくとも諸星大二郎にさほど詳しくない方なら『MUD MEN』のまとまった単行本を読むのが先だろう。

その他の作品にしても、『諸星大二郎特選集』の各巻に収録されたもの、『新装版 栞と紙魚子』の各巻に収録されたもの、『諸星大二郎スペシャルセレクション』の各巻に収録されたもの・・・など、いわば一部の選集に付録的に収録された作品をさらにかき集めてまとめた、それが本書である。
それらは、申し訳ないが、『栞と紙魚子』や『碁娘伝』、『BOX ~箱の中に何かいる~』等、かつての代表作の本編を上回るものとは言い難い。
また、諸星大二郎の作品を単行本からでなく選集や文庫で読み始めた方からすると、一部は読んだことがある、というアンバランスなことにもなりかねない。

つまるところ、『諸星大二郎短篇集 彼方へ』はコレクターズアイテムに過ぎない。
諸星大二郎の単行本、文庫本、選集本にそれなりに時間と労力と財産を費やしてきた者のための「旅行用手さげ鞄」(デュシャン)のようなものと考えるべきだろう。

逆に、そのようにはっきり見切りをつけてしまえば、「ある夜の対局」や「鳥人の森」、「神宮智恵子のハロウィン」などは諸星大二郎ならではの読み応え、、、

、、、いや、妥協は譲歩、折衷案。

諸星大二郎フリークなら満足せず、新作を待つべし祈るべし。
テケリ・リ!
テケリ・リ!

2022/03/30

『現代マンガ選集 異形の未来』 中野春行 編 / ちくま文庫

Photo_20220330024001 SFマンガを選り抜いたアンソロジー。収録作は以下のとおり。

 「サイボーグ」(水木しげる)
 「そこに奴が…」(山上たつひこ)
 「300,000Km./sec.」(あすなひろし)
 「ポーチで少女が小犬と」(萩尾望都)
 「至福の街」(いしかわじゅん)
 「P」(とり・みき)
 「アカプルコ・ゴールド」(吉田秋生)
 「レボリューション」(手塚治虫)
 「ぼくとフリオと校庭で」(諸星大二郎)
 「Return」(浦沢直樹)

主に1960年代、70年代に描かれた作品集だが、いずれも現在でも十分鑑賞に堪え、かつ希少性、資料性に長けた、堂々たるラインナップである。

日本で最初に「サイボーグ」という言葉をマンガに取り入れたと言われる、水木しげる「サイボーグ」。宇宙開発を描いて海外ドラマ「トワイライトゾーン(ミステリーゾーン)」や「アウターリミッツ」を彷彿させる救いのない物語だが、コマの圧倒的な黒さ、重さがお子様ランチでもサラリーマン向けペーソスでもない、いわば「純水木」を呈していて嬉しい。

あすなひろしはなぜか90年代以降ほとんど作品を発表しなかった。そのため、その作品については不遇な扱いを受けているとしか言いようがないが、厳しいテーマ、シャープな描線、ことに一瞬で空気が冷えるような冴えた演出は他の追随を許さない。
「300,000Km./sec.」は彼の貴重なSF作品だが、広島の被爆を描いた「林檎も匂わない」などと同じく、作者の中で純文学も青春ドラマもSFもホラーも境目のないものだったことがわかる。再評価、というより、そもそもモノスゴイ作家であるという評価のもと、大半絶版になってしまった作品集の再発が強く望まれる。

萩尾望都「ポーチで少女が小犬と」は12ページの掌編だが、20世紀の短篇マンガの傑作選を編むなら樹村みのり「海へ」や大島弓子、岡田史子らのいずれかの作品と合わせ、絶対に外したくない無二のマスターピース。天才の仕事とは、このようなものを言う。

いしかわじゅん「至福の街」も素晴らしい。このタッチでこれが描けるか。山上たつひこの「そこに奴が…」についても似たことが言えるのだが、テーマに作品が勝っている。

逆に、少し食い足りなく思われたのがとり・みき諸星大二郎の両名。
好みもあるが、ほかの収録作の重み、色合いに比べ、並べて立てるならもっとほかによいものがあったのでは、と思われてならない。まあ、諸星大二郎の作品など、「異形の過去」か「異形の未来」ばかりなので、選択は至難の業だったとも推察するが、他の作家についてはいずれもレアな採掘場から掘り出しているだけに、何も単行本のタイトル作を選ばなくとも──という気持ちが残る。

ところで、『現代マンガ選集 異形の未来』はSFマンガのアンソロジーとしては良い企画であり良い選択であるように思われるが、1冊の「本」として、少し気になることがあった。
長くなりそうなので、次の項に続く。

2020/12/03

〔短評〕 『美少女を食べる 諸星大二郎劇場/第3集』 諸星大二郎 / 小学館

Photo_20201203180901 青年誌掲載の短篇をまとめた「諸星大二郎劇場」、3冊め。

1冊め『雨の日はお化けがいるから』、2冊め『オリオンラジオの夜』同様、シリアスものから少しユーモアを含む作品までパラパラと並んで、集約性は弱い。
もちろん何を描いても諸星大二郎、そのあたりぬかりはないのだが(←意味不明)。

強いて比較すれば、タイトルから明らかなように子ども目線の作品が主となる1冊め2冊めに比べ、全体にグロテスクで後味が悪い(また、作者の作品集としては性的行為を想起させる描写が少なくない)。

民話「舌切り雀」をモチーフとした巻頭の「鳥の宿」がよかった。『私家版鳥類図譜』や『バイオの黙示録』などの作品群でおなじみの世界観によるものだが、あっさりした展開に見えてあれこれ実に酷い話。
表題作「美少女を食べる」はややタイトル負け。もちろん、このタイトルに内容が勝ってしまったら出版社は大丈夫か、という話になってしまうが。
生き人形を描いた「月童」「星童」は、もっと短くしてキレで読ませるか、長くして一代記の手応えを築けたなら──などと読み手側が計る、ということは、要はやや練り込みが足りないのかもしれない。
「タイム・マシンとぼく」は好篇、「アームレス」「俺が増える」はアイデア一発。

ところで本書のようにマンガの単行本で税込み1,500円以上する本が珍しくなくなってしまった。
出版不況の折、仕方のないこととは思うが、高値ゆえ部数が伸びず、さらに高額にせざるを得ない、となってその先はどうなってしまうのだろう。
諸星大二郎や高橋葉介の絵柄をオンラインコミックで読みたいとはあまり思えないのだが・・・。

2019/02/14

イエスタデイ・ワンス・モア 『オリオンラジオの夜 諸星大二郎劇場第2集』 諸星大二郎 / 小学館

Photoここ数年の諸星大二郎の単行本は、正直、食い足りない印象のものばかりだ。

やむを得ないことかとは思う。
彼の手掛けてきた作品の方向性、たとえば考古学者 稗田礼二郎を語り手とする歴史・伝承ホラー、中国伝奇に想を得た奇譚、クトゥルー神話のパロデイ、異界を描くバイオSF、などなど(この切り分けそのものが難しい。たとえば長編『MUDMEN』は何なのか?)、そのそれぞれのベクトルにおいて圧倒的な作品を舐めるように読み返して我々は、もはや多少のことでは驚かなくなっているのだ。

 

ビッグコミック増刊号で掲載された短篇をまとめた「諸星大二郎劇場」、第1集の『雨の日はお化けがいるから』も、「すでにどこかで読んだような」、ばたついた短篇集だった。

 

最新刊『オリオンラジオの夜』はその「諸星大二郎劇場」の第2集で、こちらも残念ながら1冊を通すと同じ作者の最高水準にはほど遠い。
それでも、収録8篇のうち6篇を占める「オリオンラジオ」シリーズ、これは奇妙なやるせなさに満ちている。晴れた冬の夜、限られた場所でしか聞くことのできないラジオ放送、そこから流れる洋楽(主に60年代、70年代のヒット曲)が登場人物の人生を静かに狂わせ、隠された事実を明らかにする。
親しい者が消えていく物語の中で、発信者も発信元もわからないオリオンラジオばかりがかすかに響く、そのうら寂しさは当時ノイジーな深夜放送に一生懸命チューニングを合わせた者には共感を得るに違いない。

 

逆にいえば、ラジオの深夜放送を聞く、そこで初めて耳にする洋楽ヒットに胸をときめかす、そんな経験のない(さらに作中のヒット曲タイトルにまったく聞き覚えのない)最近の読者にはとっかかりのない作品集かもしれない。
もとより、諸星大二郎に「万人受け」など誰も期待していないのだが。

2018/02/17

本棚にかけろ 『ビブリオ漫画文庫』 山田英生 編 / ちくま文庫

Photo「次は、えーっと、ビ、ビブリオ漫画文庫?」
「本、より狭く言うと古本屋がテーマの短篇マンガを揃えたアンソロジーですね」
「えらく堅いタイトル」
「内容も、堅いといえば堅い。水木しげる、永島慎二、つげ義春、松本零士、楳図かずお、辰巳ヨシヒロといった古豪、大家から、諸星大二郎、いしいひさいち、西岸良平、近藤ようこ、山川直人、豊田徹也ら現役中堅。加えて湊谷夢吉、つげ忠雄、うらたじゅん、南日れん、おんちみどり、Q.B.B.などちょっと変わった描き手まで」
「うう、ガロの青林堂が教科書こさえたら、みたいな?」
「なぜか山川直人が2作選ばれるなど、バラエティより編者の嗜好を優先したのでしょう。それはそれでスジが通った印象」
「久世番子『暴れん坊本屋さん』とか混じってたら、も少し突き抜けたかもしれない」
「それでも、誰が編もうが、古本屋をテーマにしたら最後、ノスタルジック、センチメンタルな昭和テイストが先に出て、友情・努力・勝利!の少年マンガや少女マンガの出番はないでしょうね」
「芥川賞選者と直木賞作家がリング上でディベートして、必殺技が決まると相手が体育館の屋根突き破って飛んでく、とかはないの?」
「ありません」
「ビブリオテカ マグナーム!!」
「(無視して)水木しげる、松本零士、辰巳ヨシヒロあたりの作品もそれぞれの作家にしてはやや凡庸で、こういったアンソロジーでなかったら選ばれたかどうか。それだけ本をテーマにしたマンガの傑作は少ないということかもしれませんが」
「そんななか、空気読まず楳図かずおのまっしぐら落っこちるキレキレ具合はさすが」
「つげ義春『古本と少女』は、貧しい学生と古本屋の少女の淡い恋を描いた佳編」
「あ、これ知ってる。昔、『紅い花』の文庫版で読んだ。懐かしー。でも、これ、“絵描きの青年が払った1500円はどうなるの?”とか“学生君が手にした1000円はどうするの?”とかが気になって気になってもう」
「諸星大二郎の作品は『栞と紙魚子』シリーズから」
「あー、あの栞ちゃんが水着で変身して悪の古本王と闘う」
「適当なウソをつかない」
「痛い痛い、本の角で叩くのは反則」
「豆腐の角で頭打って死んでください」
「あ、豊田徹也も選ばれてるのね。この人は、単行本『アンダーカレント』が面白かったから好きな作家なんだけど、はっきりしないものを追い詰めてこその作風。だから短篇集では長編ほどの手応えがない。今回の2ページも、アンソロジーに選ぶほどのものだったかねえ?」
「ど、どうしたんですか先輩。なんだかまっとうな人みたいですよ」
「ふふふ、こう見えてその正体は謎の青パンツ古本王」
「巻末の永島慎二『ある道化師の一日』は、作家の遺族の方の編んだ遺稿集(非売品)に掲載されたものだそうですよ。なんということのない6ページですが、いいですねえ。道化師の老人の、言葉を明らかにしない『・・・・・ ・・・・・』の吹き出し、永島慎二がほかの作品で使った手法ではありますが、本作ではとくに心に染みます」
「・・・・・ ・・・・・」
「先輩が同じことやっても、エロいこと考えてるとしか見えませんね」
「うう。毎度のオチなのに反論できん」

2017/10/30

『BOX ~箱の中に何かいる~(3)』 諸星大二郎 / 講談社 モーニングKC

Box一方に日常的なリアリティに立脚するエッセイマンガがあるなら、昔ながらの荒唐無稽な絵空事に終始するマンガもある。
諸星大二郎の『BOX』はその「荒唐無稽」をさらに斜めに突き抜け、パズル空間を舞台とし、形而上学的(メタフィジカル)な域に達した作品である──とかなんとか評したって、別に何を言い表せているわけでもないんだけど。

 

ともかく、登場人物たちが招き寄せられるように入り込んだ「箱」の中では、各自に与えられたパズルを解かないと先に進めない。進む先には怪しい魔少女や箱を模した罠、グネグネしたクリーチャーが待ち構え、混乱の中に一人、また一人と脱落していく。
とあらすじを書いてみると『そして誰もいなくなった』パターンや『ポセイドン・アドベンチャー』パターンが思い起こされるが、完結編にあたるこの第3巻では、、、

 

ざっくり印象をまとめると、同じ作者の『暗黒神話』や『マッドメン』ほど重くなく、初期のギャグみたいにはすべらない。しいて言えば『栞と紙魚子』シリーズに近い気もするが、短編集ではなく、事前に多数の伏線を張り、それらをきちんと回収し、さらにさまざまなオリジナルパズルをストーリーの要所要所にはめ込んだ長編なのだから実はかなりの力ワザである。

 

登場人物たちは「箱」の外では意外なほど現代的、日常的で、また、いかにも破滅しそうな人物を除けば案外皆無事に最後のページに至る。こうしてみると、この作者にしては珍しい「コメディ」と言えるのかもしれない。

 

コレカラ読ム方ハ、登場人物タチノ数ト名前ニ留意シテオ楽シミクダサイ。

2016/12/19

『BOX ~箱の中に何かいる~(1)』 諸星大二郎 / 講談社 モーニングKC

Boxそれぞれ何者かに呼び寄せられ、奇妙な四角い箱型の館に集まった7人(に加え野次馬1人)。入り口はふさがってしまった。人形めいた少女の指示に従って“パズル”を解かないと迷宮を出られない。しかし……

 

(突然、上の部屋で何か重いものを倒す音が響き「『西遊妖猿伝』の続きはどうしたあ」と男の暗い叫びが耳を打つ)

 

続けよう、『BOX』もいつものように「細かいペンストロークを重ね」「カケアミを駆使した」((c)田中圭一)この作者ならではの世界ではあるのだが、若干の違和感をもった。
諸星大二郎の作品である以上、この箱は何、とか、少女の正体は、とか、まっとうな解答など得られないに違いない。にもかかわらず、どうも最終回までにはなんらかの解説、伏線の回収が得られるかのような気がしてしまうのだ……。

 

(窓の外でガタガタと砂場で何かを押し転がす音と、子供たちの口々にいやしげな「『海神記』も終わらせていないくせに」という声が聞こえる。声はだんだん近づいてくるようだ)

 

おそらく、前半の生真面目なルール説明や、『BOX』というらしからぬ直接的なタイトル、またいかにもMacでこしらえたといわんばかりのメタリックな表紙なども「よくある監禁ホラー」感に一役買っているのだろう。

 

(バタンバタンと何かを開け閉じする音が隣の部屋で沸き起こる。「『諸怪志異』は何年もかけて終わらせたではないか」と大勢の人ないし人ならざる者のつぶやく声は低く、男の声か女の声かわからない)

 

だが、繰り返すがこの作者のことだ、あっ

2013/12/14

退治しなくていいから! 『瓜子姫の夜・シンデレラの朝』 諸星大二郎 / 朝日新聞出版 Nemuki+コミックス

Photo日本の民話から「瓜子姫とアマンジャク」、「見るなの座敷」、
グリム童話から「シンデレラの沓」、「悪魔の煤けた相棒」、
中国、『聊斎志異』から「竹青」。
いずれも、元の民話や童話とはかけ離れた珍妙な世界がころがり出る。

 

もともとはっきりしないところの多い瓜子姫の話には何か伝奇系のマンガ家を呼び寄せるフェロモンがあるのか、同じ諸星大二郎の『妖怪ハンター』シリーズに「幻の木」、「川上よりきたりて」、星野之宣『宗像教授伝奇考』にも「瓜子姫殺人事件」がある。どれもこれも描き手が陽光の元に出せない影があり、闇の匂いがある。
新作「瓜子姫とアマンジャク」はそれらに比べるとただ民話風の話作りを愉しんだような作柄で、凛とした女の子が空を飛び、無茶を言うならジブリからアニメ化されてもおかしくはない。

 

原作をまったく無視して遊び尽くした「シンデレラの沓」は頓狂な展開がただもう楽しく愛おしく、一方「竹青」は中国を舞台にしながら「益荒男ぶり手弱女ぶり」という言葉を想起させるきりりとした剣劇。少なくともどことなく上から目線の太宰の「竹青」なんかよりよほどシンプルで好もしい。

2006/12/11

『スノウホワイト グリムのような物語』 諸星大二郎 / 東京創元社

080【え…営業より ずっと きついぞ……】

 

 グリム童話を素材にしたパスティーシュ集。
 原作の残存率は各作品平均で3割程度か。タイトルを見ないと原作を思い出せないようなものも少なくない。

 

 さすがは諸星大二郎,有名な童話を本歌取りしながら闇にうごめく影を描いて独自の……と言いたいところだが,ぜんぜん物足りない。
 掲載誌がミステリ雑誌だったためか,妙にSF,ミステリ,ホラーの型にはめようと窮屈な印象が強いのだ。表題作「スノウホワイト」のほか「ラプンツェル」など,まったくのベタ落ちでがっかりしてしまう。
 朝日ソノラマから9ヶ月ばかり前に出た,同じ「グリムのような物語」のサブタイトルを冠した『トゥルーデおばさん』も必ずしもよい出来とは言いがたかったが,それでもあちらは黒い世界観,憑かれたような登場人物,諸星ならではのもごもごねっとりした雰囲気があった。『スノウホワイト』は全体に粉を吹いたような白っぽい絵柄,笑えないギャグがページを埋め,作者のバイオリズムが十年周期で上がり下がりするその最低局面なのかな,と,そのくらいつまらない。

 

 とりあえず,『スノウホワイト』よりは『トゥルーデおばさん』。『トゥルーデおばさん』よりはまず,稗田礼二郎か栞と紙魚子を揃えましょう。

2005/11/15

オバケの本 その十一 『稗田のモノ語り 妖怪ハンター 魔障ヶ岳』 諸星大二郎 / 講談社

824【あそこにいますよ あなたたちの 見たいものが…】

 

 このところバッドチューニングが舌に楽しい『栞と紙魚子』や中国の志怪に想を得た『諸怪志異』など洒脱な奇譚集が続いたため,諸星大二郎が本来怖い作家であるということをうっかり失念していた。迂闊だった。

 

 新作『魔障ヶ岳』は,そんなつもりで軽く読んでしまうと足をすくわれる。どのページも薄気味悪い。無闇に怖い。
 スプラッターなエグさ不気味さ,幽霊の蒼白い恐ろしさなどとは少し違う。なにかもう少し原初のというか,「祟り」の領域,境内の裏手で踏んではいけないものを踏んでしまったような怖さ。

 

 山伏も避けるという難所「魔障ヶ岳」の,さらに奥にある忘れられた古代の祭祀遺跡「天狗の秘所」。調査に訪れた稗田礼二郎たちがそこで出会ったものは……。
 今回の『魔障ヶ岳』は「枠組み」の堅牢さに特徴があり,その枠の中でさまざまな事象が複雑に絡み合い,220ページを読み終えるとすぐ最初のページに戻って読み返したくなる。僕の場合,電車を途中下車してドトールコーヒーに飛び込み,結局都合3回続けて読んだ。

 

 ちなみに「稗田のモノ語り」「妖怪ハンター」「稗田礼二郎のフィールド・ノートより」などという(主に営業サイドの都合と思しき)サブタイトルの山が示すとおり,本作は異端の民俗学者稗田礼二郎が巻き込まれた怪事件を描く「妖怪ハンター」シリーズの新作だ。同シリーズには『海竜祭の夜』『黄泉からの声』『天孫降臨』などがあり,作者の代表作の1つとなっている。
 「妖怪ハンター」は元々少年ジャンプに連載されたことからおじゃらけたシリーズタイトルが付されているが,元々のテーマは「妖怪」レベルでなく,もう少し「神話」に近い領域のモノが扱われている。

 

 今回驚いたのは,小道具として「旧石器捏造事件」「ラップミュージック」「イラク自爆テロ」「若者のケータイ文化」など,ここ数年の事件や若者文化が違和感なく使われていることだ。
 この作者は元来古文書や土着的な伝承から素材を借りることが少なくなく,作中に今風の風俗を描き込むタイプではなかった。今回は珍しくそれを取り入れ,またなんら違和感なくストーリーに溶け込んでいる。いや,見事に活かされている。
 もちろん「ラップミュージック」や「ケータイ」はあくまで小道具にすぎず,作者の本領たる古代からこの国の闇に伝わる怪しくも恐ろしい存在,しかも「祟り神などではない」モノを描いては余念がない。
 久しぶりに重厚かつ上質なホラー漫画を読んだ気分である。通常の意味でのおどろおどろしい場面も怖いが,それ以上に,すべてにかたがついた後の静かな黒いコマが怖い。

 

 モノは試し,ご一読をお奨めしたい。あなたならこのモノをどうするだろうか。