毎年楽しみに待っている文庫版『現代の短篇小説 ベストコレクション』の新刊。
2001年の刊行から版元を変え(徳間文庫→小学館文庫→文春文庫)、選者を変え、タイトルを変え、分厚くなったり薄くなったり、それでもその年その年の優れた作品を一望に提供していただけるのはありがたいことだ。
今回の収録作は以下のとおり。ベテランあり、若手あり。
江國香織「下北沢の昼下り」
三浦しをん「夢見る家族」
乙一「AI Detective 探偵をインストールしました」
澤西祐典「貝殻人間」
山田詠美「ジョン&ジェーン」
小川 哲「猪田って誰?」
中島京子「シスターフッドと鼠坂」
荻原 浩「ああ美しき忖度の村」
原田ひ香「夏のカレー」
宮島未奈「ガラケーレクイエム」
武石勝義「煙景の彼方」
全体の特徴は選者の千街晶之氏も「解説」に書いてあるとおり、
このアンソロジーの編纂委員として、一年間に発表される短篇小説の殆どに目を通しているけれども、大部分は身近な領域の物語である(本書はテーマ別のアンソロジーではないのだが、結果的に収録作は、家族のありようや、元同級生との関係を描いたものが多くなった)。
ということである。反戦抜き、四畳半ばかりのフォークジャンボリー・・・いや、昭和人にしか通じない通じない。
もとい、話を続けます。
大所高所から社会や世界を語る、といったスタイルの作品は影をひそめ、登場人物が大きな悲劇に巻き込まれる展開であっても極力さりげなさ、軽妙さが心掛けられているように思われる。
流行りなのか、編集者の指示なのか、そのあたりはよくわからないが、こうして年間ベストのかたちで列挙されるなら、一つや二つは重いネタに無理に挑戦した作品を読みたいようにも思う・・・。
もう一つの特徴は「デジャヴ」感とでもいおうか。
どこかで読んだようなテーマ、どこかで読んだような展開。
実際、たとえば澤西祐典の「貝殻人間」はジャック・フィニイの『盗まれた街』をはじめSFやホラーで繰り返し取り上げられてきた素材だし、原田ひ香「夏のカレー」のオチ(?)もショートショートを心掛けた者なら誰しも思いつくものの一つだろう。
ただ、「貝殻人間」も「夏のカレー」(これは本当に素晴らしい。題名を「冴子」から変えたらしいが、それもよかった)も、あるいはほかのいくつかの作品も、その「デジャヴ」感を上回る儚さ、哀愁、読み応えに満ち、こういった「素材」はすでにフリーな金型であって、作家はそのうえで技を競う時代になったのかもしれない。
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以下は、文芸作品の批評とはちょっと異なる話。
乙一「AI Detective 探偵をインストールしました」について。
乙一は好きな作家なのだが、今回は作品そのものではなく、作品内のAIシステムそのものが気になった。
本作では、ユーザーが探偵AIを利用するのに、個人のコンピュータにシステムをダウンロード、インストールしてそれを利用するという案配になっているのである(「あなたのマシンは、何世代も前のものだ。思考が重たい。適度に空白の時間を作って熱暴走を回避しましょう」など)。
これは現在の個人向けコンピュータの貧弱なメモリ、ハードディスク環境でははなはだ非現実的で、本作で描かれているような高度な解析ルーチン、推理ルーチンを運用するなら高速ネットの先のサーバーにシステムやデータが構築され、ユーザーは手元のコンピュータを端末としてやり取りするのが自然、というか、そうでなければ不可能だろう。
本作ではユーザーと探偵AIのやり取り(ログ)を最終的に消す、という流れになっているが、それも個人向けコンピュータの中でプログラムが動作するという設定の上での話だ。実際は、探偵AIとのやり取りは(iPhoneのSiriのように)すべてネットの先のサーバーにデータ化され、それによって解析、推理がなされると考えるのが妥当だろう。
そもそも本作における探偵AIは、現実の事件を推理するためのシステムなのか、それとも単に「推理ゲーム」として提供されたものなのか、そこが作品世界内で明らかでない。
ユーザーの持つ少しばかりの人物写真や目撃者証言をもとに犯人が特定できるようなら、とっくに警察や裁判所が導入しているに違いない。
逆に、警察のもつ詳細なデータ抜きにこのような推理がまかり通るなら(そしてそれをゲームとしてでなく、実事件に利用するなら)、それはたいへん危険な冤罪作成マシーンになってしまうおそれもある。
何の話かというと、小説であれつぶやきであれ、コンピュータやネットワークを利用したシステムについて語る場合は、でき得る限りそのシステムについて考証し、つじつまの合わない部分を減らすといいのだが、ということである。
それを言い出すと、「貝殻人間」なんてあり得るのか、「煙景の彼方」だってファンタジーじゃないかということになるわけだが、それは誰しも「普通、あり得ない」「あったらいいな、でも、ない」と理解できる領域だからそれほど問題にはならない。
コンピュータを使ったシステムというのは、なかなかに煩雑なことができる。だが、その一方、それなりにシステムの構造、要件、ネットワークのセキュリティなど、ある程度考えたうえで語らないと世の中に誤解が広がっていく。そのあげく、「ポチっとボタンを押せば確定申告が終わるのがゴール」なんて悪い夢物語を口にする人が出てきてしまう。それをゴールにするなら、細密にして明確な要件定義から始めなければならない。
システムの構築については(各自がそれに直接かかわらないとしても)ある程度の教養は必要ではないかと思う。でないと、うっかりすればあれみたいになってしまい、銀行や会社、へたをすれば国が傾く可能性だってある。