カテゴリー「時代・歴史」の43件の記事

2025/08/28

真夏のホラー特集 その6 『耳袋秘帖 南町奉行と百物語』 風野真知雄 / 文春文庫

Image1_20250828165101 ホラーという枠組みからはちょっと外れるが、続いてはこれを。

風野真知雄の『耳袋秘帖』シリーズというのは、江戸時代に書き残された雑話集『耳嚢』の著者、南町奉行根岸鎮衛を主人公に、怪談の謎解き、お江戸の悪党狩り、下町の人情噺などを盛り込んだ(強いてジャンルを唱えれば)捕物帖。

だいわ文庫に始まり、文春文庫に移った初期の10冊から20冊くらいまでは『耳嚢』の記載された怪異の謎解きと捕物帖を重ね合わせ、そこに江戸情緒や人情噺を加えた重厚かつ絶妙な物語だったのだが、最近は『耳嚢』も人情噺もすっとばした南町奉行とその部下たちの活躍の1.5倍早送りモードといったライト時代劇になり果てた。
(根岸の前に現れ事件解決への糸口を与える根岸の亡き妻おたか、深川の船宿ちくりんで根岸を待つ芸者の力丸、根岸家家臣の坂巻と彼が思いを寄せる元盗賊のおゆうなど、いずれも最近すっかりお見限りだ。)

率直に言って、最近のとくに『南町奉行と・・・』と題された数冊のどれかを読んで、最初の1巻に遡って全巻読みたい!と考える読み手はそうはいないのではないか。

・・・ただ、すっかり妙味も薄れ、新刊の出るたびにパラパラと流す「耳袋秘帖」ではあるが、こうして新しい1冊を読み終わってみるとやはり面白い。

今回は本作では松平定信が開いた百物語、その当日に起こった事件を根岸らが解決する。

見事なのは、その百物語に参加した者が語る短い怪談を、根岸が次々と喝破してみせるそのことである。さすがに百話とはいかないが、主たる殺人事件とはあまり関係のない怪談を無造作に提供し、さらにその謎解きをすらすらしてのける作者の手腕はなんというか一種・・・羨ましい。

「耳袋秘帖」シリーズというのは、シリーズのタイトルを冠した何十という事件を扱う文庫それぞれに短篇数篇にあたる小話が内包され、さらにその小話それぞれに怪談とその謎解きが織り込まれているのだ。

なんというサービス精神。書かれたものは最初の1巻から始まる百物語であり、作家当人が化け物なのである。

2024/08/26

妙なものを見たようだな 『耳袋秘帖 南町奉行と逢魔ヶ刻』 風野真知雄 / 文春文庫

Photo_20240826180101 お気に入りの『耳袋秘帖』、45冊めの新刊出来。

今回のタイトルは『南町奉行と逢魔ヶ刻(おうまがとき)』。
表紙のイラストはなにやら怪しげな辻占い師、帯の惹句は「殺された“闇占い師”は何を見た?」、なるほどなるほどー。

で、さっそく読んでみると、、、

冒頭、今回初登場の定町回り同心・加麻田周二郎、彼が親戚から預かった三百両のうち二百両、それが忽然と消えてしまう。大失態。
その加麻田、茫然としつつ橋の上の騒ぎに近づいてみると、人が死んでいる。首も手足も二度三度回されたかのようにねじれていて、右手と右足、左手と左足が、それぞれ紐結びになっている。
ところが誰がどうしてこんなことをしたのか、騒ぎは大きいのに誰も見たものがいない。逢魔ヶ刻の魔物の仕業か?
死んだのは海産物問屋「北海屋」の若旦那、だが聞き込みを重ねても悪い評判はない。
一方、南町奉行根岸のところに、糸問屋に現れる女の幽霊を売りたいと現れるそろばん屋の小僧。
かと思えば瓦版屋が聞きつけた「天狗つぶて」(ポルターガイストのようなもの)の噂。
さらに「天狗つぶて」の起こった家には「わたしがやりました」としゃべるカラスが現れる。
明らかになった犯人に、女十手持ち「しめ」は・・・。

ありゃ。“闇占い師”が殺された話はどこへ。
いや、途中にはちゃんとその話があるのだけれど、北海屋の若旦那のねじれた死体という本編最大の事件解決には実はそれほど関係がない。耳袋に書き残すべき怪異な出来事、というわけでもないし、極端なことをいえばエピソードとしてまるごとなくても大過ない。

これは、あれだろうか、作者がストーリーを練って、執筆中に編集者に伝えた時点では“闇占い師”の殺しがわりあい大きな意味をもっていて、編集者はそれをもとにイラストや帯を手配した。ところがいざ原稿が仕上がってみたら・・・といった案配だったのか。

逢魔ヶ刻の事件現場にた怪しく姿を見せる“闇占い師”再登場・・・と期待しても、なにしろ登場と同時に殺されてしまったのではなあ。

2024/07/04

巡りあひて 『紫式部と藤原道長』 倉本一宏 / 講談社現代新書

Photo_20240704184401 NHKの大河ドラマ「光る君へ」を毎週楽しく見ている。
楽しく、というのは、ドラマの評価としてはちょっと微妙なところがあって、たとえば少し前の「鎌倉殿の13人」なら、歴史ドラマとして「本当はこうではなかったのだろうが、それにしたってこれは凄い」とずっしりたっぷりのめり込む、そんなふうだったのに比べ、「光る君へ」は随所にあれこれ苦笑いが伴う、そういうことだ。

そもそも、紫式部の印象が違う。吉高由里子は女優として嫌いではないが、和歌も巧みなら漢籍にも詳しく世界に名だたる長編物語を残した、というどちらかといえばオタッキーなキャラクターには今のところ見えない。
藤原道長も、キャラは立っているし演技も達者だが、そもそも紫式部との関係がこうであったとは思えない。
散楽の直秀や宋の薬師周明などもとってつくった印象で設定そのものに無理を感じる。貴族と散楽座員が打毬するとか。
もっとも大石静の脚本に力がないとも言えず、道長の次兄道兼など、玉置玲央の演技もあってダークサイドと欲望と後悔という難しい立場を描ききって見事だった。

というわけで、我が家では、「光る君へ」はよくできたB級メロドラマとして「ここはこうなるのでは」「あああー、こうなってしまった」などと膝を抱えて楽しみつつ、たとえば定子が自ら落飾する日に吉高由里子とファーストサマーウイカが木の枝をかかげもって二条北宮に忍び込む場面など、家人と二人「大石~」とハモってしまう、そういった見方をしている。よき日曜日の宵であろう。

そんな愉快な(?)「光る君へ」の登場人物のなかで、個人的に気に入っているのがお笑いタレント秋山竜次扮する藤原実資(さねすけ)である。彼は宮中の出来事にいちいちなにかと「けしからん」「前例がござらん」とぼやきつつ日々日記にその憤りを書き綴る。
この日記は55年にわたって書き続けられ、のちに「小右記」という名で当時の日常生活、宮中の出来事の記録として重用されることになる。

さて、ようやく添付画像の本にたどり着けそうだ。
倉本一宏氏はこの大河ドラマ「光る君へ」の時代考証を担当された方で、摂関政治の歴史にたいそうお詳しい。
「光る君へ」というドラマに対しては、そのお仕事をほぼ投げたに近い印象ではあるが(まあ、脚本の大石静より、局の制作、プロデュース担当者を責めるべきなのだろう、なにしろ「まひろ」だ・・・)、本書では実資の「小右記」、道長の「御堂関白記」、そしてドラマでも史実どおり道長と天皇の間で調整役に苦労する藤原行成の「権記」を主に、紫式部、道長の時代をとことん原資料をもとに解説してくれる。

父為時とともに越前国府に向かう道のりは大変だったようだ、とか、その越前で紫式部がうたった和歌はいずれも京を懐かしむものばかり、など、史実とドラマの違いが詳細に語られるのも興味深い。
表紙カバーの「『源氏物語』がなければ道長の栄華もなかった!」というのは一条天皇と彰子の関係を深めるのに『源氏物語』が役立った、ということの一方、紫式部が長編を書き残すためには当時貴重だった和紙を入手できたのは(その紙の量を計算すれば)道長・彰子からの援助なくして果たせなかっただろう、したがって『源氏物語』が書かれた時期は・・・等々、倉本氏の実証主義が理系の域に達して実に読み応えがある。

テレビドラマとの大きな違いは、「光る君へ」では和歌のやり取りがあってもそれは紙をちらっと映すだけで読み上げも解説もないのに比べ、本書『紫式部と藤原道長』では要所要所で和歌を引用し、その背景、意味合いを丁寧に説明してくれているところだ。
合戦がない! とご不満の高齢の大河ファンには、和歌の解説があったほうがその蘊蓄を仕入れ、吐き出せる機会が得られて、よかったのではないか(まわりの家族にしたらいい迷惑だろうが)。

ちなみに道長の「この世をば~」の和歌も、実資の「小右記」によって後世に残されたが、その文によれば彰子の立后を祝う儀式の宴席で座興によんだものであり、道長の傲りたかぶった態度をあらわした、というほどのものでもないようである。

この実資は口うるさい存在ながらその学識、誠実さには道長も一目置いて、後年、70歳を過ぎてようやく従一位・右大臣にまで出世する。実資あてに祝電の一本も送りたいところだ。

2024/06/03

Vorne und Hinten 『ヒトラーと退廃芸術 〈退廃芸術展〉と〈大ドイツ芸術展〉』 関 楠生 / 河出書房新社

Photo_20240603191601 5月14日、NHKのBSプレミアム4Kで「パウル・クレー 烙印を押された画家」という番組が放送された。2004年に制作されたものの再放送らしい。
スイス出身の画家パウル・クレー(1879-1940)、彼の、子どもが描いたような稚拙に見える作品(街頭で子どもの絵と混ぜてクイズにしても皆さんなかなか正解できません)に込められたものを探るとともに、彼、並びにその作品がいかにナチスから迫害を受けたか、そこに焦点が当てられていた。

曰く、「ドイツ民族の精神を損なう絵を『退廃芸術』と呼んだヒトラー。クレーの作品もまた幼稚でわけのわからぬ絵としてヒトラーから『退廃』の烙印を押されたのです」

曰く、「政権をとって5年目の1937年、独裁者となっていたヒトラーはミュンヘンに美術の殿堂『ドイツ芸術の家』を建設、お気に入りの絵ばかり集め『大ドイツ美術展』を催します」

曰く、「ドイツ民族に相応しくないとみなされた絵画や彫刻は、この年、ヒトラーの命令で強制的に没収されました。ナチスはそれらの作品をドイツ民族を腐敗させ堕落させる『退廃美術』と呼びました。没収作品を晒しものにしようとしたナチスは、『大ドイツ美術展』と並行して同じミュンヘンで前代未聞の展覧会『退廃美術展』を開きました」
(開会を宣言するアドルフ・ツィーグラーの映像! ・・・さすがはNHK)

退廃芸術展」とは、ナチスの意に添わぬドイツ表現主義、キュービズム、ダダイズムなどの前衛的な近代芸術を誹謗するため、それを全国の美術館から押収し、一望に展示、いわば「晒しもの」にした展覧会である。
一方、ナチスの美術観に添う作家、作品は着々と権威を高められ、それを一堂に集めた「大ドイツ芸術展」が開催される。
この流れの中で近代芸術に携わってきた画家、彫刻家、美術館関係者たちは問答無用で権威、仕事を奪われ、そのある者は国外に逃れ、ある者はユダヤ人であるとして収容所に送られた。
ベックマン、エルンスト、カンディンスキー、グロス、ココシュカ、キルヒナー、クレー、バルラハ、ノルデ、ヌスバウム、マルク、、、

・・・知らなかった、などというのはただカラスの怠慢に過ぎない。
実は本ブログでも、20年以上前に『[完全版]夜の画家たち 表現主義の芸術』を取り上げた際、

> ナチスから頽廃芸術の烙印を押されて消息を絶ったとされる「青い馬の塔」はことに心を洗う。

などと呑気に書いた自分がいる。詳しい経緯を調べもせずに「心を洗う」でもあるまい。ヘソ噛んで死ね。> カラス

というわけで、大慌てでネット上の古書店から『ヒトラーと退廃芸術 〈退廃芸術展〉と〈大ドイツ芸術展〉』なる書を求め、取り急ぎ読んでみた。
ナチスの「退廃芸術展」と「大ドイツ芸術展」について詳細に調べ上げた、数少ない日本語の書物の一つと思われる。
表紙こそ半端なダダ風コラージュにポップなフォント、とちょっと前までのサブカルテイストだが、いざページをめくれば本文にはナチスが政権をとるにつれて美術館や画家、彫刻家への圧迫が広がり、「ドイツ芸術の家」建設、「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」の実施にいたる経緯、そしてナチス崩壊後の反動──という流れをほぼ時系列にそってまとめられている。
当時の新聞、パンフレットなど、細かな資料を順に追ってきっちり調べ上げられており、「良書」の印象を強くもった(1992年の初版で現時点では品切れ・・・河出文庫なりにおりていればもう少し広く知られていたのではないか)。

ポイントはいくつもあるだろうが、とくに注意が必要なように思われたのが、「絵画あらし」「美術館への弾圧」は必ずしもNHKのナレーションのように「ヒトラー」「ナチス」の名で全国的に一斉に行われたわけではないということ。それが始まった時点での実行者はそれまで必ずしも重い扱いを受けていなかった美術関係者や役人たちであり、彼らの政権へのおもねり(いわゆる忖度)が同時多発的に美術界をむしばんでいったこと。そして気がついた時には抑えようのない規模で弾圧、没収が広がっていたということだ。
ミュンヘンにおける「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」は華々しかったかもしれないが、そこに至る過程の精査こそが大切だ。
現在の日本においても、政治と芸術の関係、また表現の自由の問題など、学ぶべきことは少なくないように思う。

もう一つ。
「大ドイツ芸術展」においては人種的に純粋な「北方人種」的な芸術として、働く農民、夕餉に向かう家族像、没個性的な女性の裸像などが推奨された。
10代のころウィーンの美術学校への進学を志したヒトラーの嗜好もあったかもしれない、しかし、それ以上にこの「大ドイツ芸術」にはたとえばソビエト共産主義下の芸術とよく似たモチーフ、テーマ、さらにいえばペンキ絵のような凡庸さがあるように思えてならない。
極論すれば、一党独裁下の芸術にはなにか共通する肌触りがある、そのように見えるのだ。
(「退廃芸術展」のお先棒をかついだ一派がドイツ表現主義をはじめとする当時の前衛芸術を「文化ボルシェヴィズム」と罵っていたにもかかわらず!)

ドイツ国民はナチス崩壊後、意図的に「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」を再現し、過去の悪行の断ち切りをはかる。
しかも、ただ断ち切るのではナチスの「退廃芸術展」の二の舞になりかねない。
考えよう。考えて考えて、考えすぎることなどない。

「人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ」(アドルフ・ヒトラー)

2024/04/18

仕え甲斐がありますな 『新九郎、奔る!(16)』 ゆうきまさみ / 小学館 ビッグスピリッツコミックススペシャル

Photo_20240418184201 のちに「北条早雲」の名で「戦国大名の先駆け」と評されることになる、伊勢新九郎盛時の立志伝。

烏丸は、現在連載中のコミック作品の中で、単純に「これが一番面白い!」と思っている。
ただ・・・それを人様にオススメするのはいささか難しい(面倒くさい)。そのようにも思っている。

たとえば、中学、高校で歴史を学ぶ、とする。
源氏が平家を滅ぼし、源頼朝が鎌倉に幕府を開く、まではまあわかる。その後、北条氏による執権政治が行われる・・・となると、なんとなくややこしい。権力の構造が複雑で、登場人物が無暗に多いためだろうか。
このややこしい時代を見応えのあるドラマにして示してくれたのが、三谷幸喜脚本によるNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。ただし、これにしても北条時政、義時の執権2代に過ぎない。

あるいは、戦国時代。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。この3人は合戦の勝ち負け、権力の移行もはっきりしていてそこそこわかりやすい。この3人を柱に、明智光秀、石田三成、徳川家光らのサブキャラ(か?)を脳裏に加えていけば前後100年はいける。
だが、遡って、室町幕府が衰えるきっかけとなった応仁の乱あたりはわかりにくい。細川勝元と山名宗全という名前は覚えられても、なぜ乱が起こったのか、11年も続いてどちらが勝ったのか、さっぱりわからない。

伊勢新九郎盛時(北条早雲)は、その応仁の乱(2巻から10巻。長い・・・)の頃に幕府に近い武家に育ち、無位無官無職の三冠王ながらじわじわと知遇、勢力を高め、やがて関東に大きな勢力を持つ・・・もっとも、最新刊でもまだ歴史上は無名に近い。

彼は伊勢一族の次男として幕府内、あるいは知行地の権力争いをあるときは傍観、あるときは巻き込まれ、きまじめに交渉力を身につけていく。
会社、役所といったある程度の規模の組織で働いた方にはいろいろな意味でたまらないエピソードが続く。
ただ、やっかいなのは作者であるところのゆうきまさみが「主人公を善のヒーロー、敵を悪」などとせず、それぞれ立場や考え方の違いから砂の坂道を滑るように争いやトラブルに落ちていく、そうした扱いをしていることだ。
そのため、さまざまな登場人物がさほど重さを変えず、絶えず消えてはまた現れる。それが、読み物として何度も読み返す手間がかかる、と同時に社会ドラマとしてたまらない。これこそが歴史である。

最新の16巻において、新九郎は甥の龍王丸の今川家家督相続のため、ついに武力をもって解決をはかる!

が、実は本作はそういう展開はさほど面白くない。現に16巻ではおなじみの新九郎の父・伊勢盛定、姉の伊都、妻ぬい、伊勢宗家当主にして幕府政所執事の貞宗、現将軍足利義尚、細川京兆家当主の神童・九郎政元らの登場場面がそれぞれ一場面ずつしかない。
彼らと新九郎のああでもないこうでもないの丁々発止こそが面白いのに・・・・。

おまけ。
『新九郎、奔る!』の楽しみの1つに、マンガならではの「くすぐり」がある。
たとえば新九郎の父が幕府内の勢力図を説明する際は、天井からロール型のスクリーンを引き下ろす(盛定スクリーン)。鎧師が置いていくのは表紙に「抜群の防御性」と書かれた「最新モデルのカタログ」。襖の向こうで山名宗全の屋形に連絡するに「もしもし、伊勢守貞藤でござる!」、新九郎「『もしもし』って何?」。新九郎が京都から荏原(現在の岡山県井原市の一部)に向かう際に手しているのはJR西日本のチケット。
あちこちにこっそりちんまり描かれたこういった文字群を探すのもまた楽し。

2024/02/08

『ヒルコ 棄てられた謎の神』 戸矢 学 / 河出文庫

Photo_20240208171201 「ヒルコ」とは神武以前の建国神話に登場する神の名前で、古事記では「水蛭子」、日本書紀では「蛭兒」等と記す。

・・・「イザナギ」「イザナミ」二柱の初めて産む子の名に吸血虫の文字とはこれいかに。
しかも、たとえば古事記では

「くみどに興して、子水蛭子を生みたもう。この子は葦船に入れて流し去りき」

と葦船に乗せて流されたというのである。
「すでに三歳になるといへども脚なほ立たず」という記録もある(「先代旧事本紀」)。

なぜ流された? その正体は? また、流された先での行く末は? と、興味は尽きない。
しかし、そもそも、古事記や日本書紀にも、詳細な記載はない。のちの歴史書は後から適当に書かれたものかもしれない。
つまり、ここから後は、研究者の着眼と、証拠集めの力量次第ということになる。

では、戸矢学氏による『ヒルコ 棄てられた謎の神』は、というと、いくつか、なるほど面白い、という指摘と、逆に、ちょっとズルい、と感じられる点があった。
強いていえば、後者が多い。

面白い点というのは、たとえば「アマテラス」の本名が「オオヒルメ」であることを起点に、

  ヒルコ → ヒルヒコ → 昼比古・昼彦 → 日子
  ヒルメ → ヒルヒメ → 昼比売・昼媛 → 日女

とその双子説をとり、その正体に挑む、など。
(ただ、こういう文字や音からの推測というのは、ほかの文献や発掘物(鏡なり銅剣なり)による裏付けがなければただの思い付きに過ぎない。

  卑弥呼 → ヒミコ → 日御子・日神子 → 日子
  (※今コノ場デ適当ニデッチアゲタモノデス)

として「卑弥呼」と「水蛭子」は同一であった・・・などと勢いだけで主張したって誰も納得はしてくれまい。)

ズルい、と感じる理由。
これはもう単純で、著者は、古事記や日本書紀、その他の記録の少ない記述からさまざまに推測を展開する。その幅広い調査は尊敬に値するが、自説を裏付けるものならのちの世の歴史書であれ神社の名前であれこれがあれがと引用するのに、自説に都合の悪いものは「後世の記載なので確かな根拠なし」とうやむやにする。さらに、自説にかみ合わないほかの研究者の主張についても「推測に過ぎない」とダメを出す。かみ合わない説を呑み込み、それを凌駕してはじめて探偵は犯人を黙らせるのがスジと思うのだが、どうだろう。

古代史に詳しくない(文献に直接あたるわけでもない)当方のような読み手からすれば、「ヒルコ」から始めて「スサノオ」や「徐福」へといたる戸矢節をエンタメと割り切って面白く読むのも一手ではあるが、なんだか中途半端に騙された気分が残るのもまた事実なのだ。

 

2023/06/03

最終巻 『鬼平犯科帳(24) 特別長編 誘拐』 池波正太郎 / 文春文庫

Photo_20230601173401 このブログで『鬼平犯科帳』を取り上げたのは2000年8月9日、ざっくり23年前のこと。ブログを起こしてすぐのころで、それなりに手間をかけて書いた記憶がある。

そのときは文庫の23巻まで読んで、24巻だけ未読のまま置いてあった。
24巻には「女密偵女賊」「ふたり五郎蔵」の2短篇と、長編「誘拐」が収録されている。この「誘拐」が「オール讀物」に平成2年2月~4月号に掲載されたのち、作者逝去のため未完となっていたためだ。

研究者ならいざ知らず、一読者として「未完」とわかっている小説を読むのは虚しい。ましてこれは江戸の悪を斬る痛快時代劇である。悪人を追う途中で終わられたらストレスが溜まりそうだ。

作者の書斎からひょいと(推敲中であれ)原稿が見つかるのではないか、後半の展開を作者から聞いていたお弟子さんが代わって結末を発表するのではないか、、、など、まああり得ないとは思いつつなんとなくそのままだらだらと待っていたのだが、最近本棚をかたしていて、もう潮時、と読んでみた。

なにしろ二十数年ぶりである。登場人物の名前や設定もうろ覚え・・・そのわりに「女密偵女賊」「ふたり五郎蔵」の2短篇、いや、途中で終わってしまう「誘拐」さえすんなりわくわく楽しく読めた。
いずれ火付盗賊改方・長谷川平蔵とその配下たちによるハイパー勧善懲悪、と言えなくもないが、それだとこぼれるものがある。そのこぼれたものが切なく、苦い。

もう一点、池波正太郎の文章にはリズムがある。メロディがある。
1ページ読むだけで、心が躍る。体が沸き立つ。
なるほどな、と、二十数年前のあのころ、メシを食う間もページを繰る手が止まらなかった気分を思い出す。
武将や忍者の一生を描いた長編などはまた別の読み方もあったろうが、少なくとも『鬼平犯科帳』『剣客商売』の2つのシリーズについては、悦楽の読書、と理解できる。
食事が美味しい、散歩が楽しい、女を抱けると気持ちいい、そういった次元の読書なのだ。
つまり人生の最重要事項ではないのか、と問われると答えに窮する。だが逆に、これより重要なことなどあるものか、とも思う。

だから、たぶん、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』をもう一度適当な1冊から読み返してもきっと楽しいだろうし、読み返さずにいても、それはそれで何かで埋めればよい。

そういうわけで、23年目にして、鬼平、終幕。

2022/08/08

【期間限定】広島原爆の日を過ぎて

予定期間が過ぎたので非表示とします。

2021/12/16

あれはそなたに斬りつけるな 『耳袋秘帖 南町奉行と深泥沼』 風野真知雄 / 文春文庫

風野真知雄について調べてみよう、考えてみよう、という方がおられたなら、角川文庫の『完本 妻は、くノ一 (二) 身も心も/風の囁き』の「完本版あとがき──あれも書きたい、これも書きたい」は読んでおくべきだろう。
 
こういう作家の在り方もあるのか、という点で目から鱗、鼻からアメフラシ。
 
こんなであんな作品を書いてきたのか。
いや、こんなだからこそ量産できるのか。
真か偽か、冗談ではないのか。
ほんの7ページのあとがきだが(なのでここで引用、抜粋はしない)、この作者の200を超える時代小説の一々にも劣らぬたまらない面白さだ。
 
Photo_20211216180901 添付画像はその風野真知雄、「耳袋秘帖」シリーズの新作。
だいわ文庫版から数えて通算37冊め、でいいのかな。
 
「耳袋秘帖」シリーズは江戸時代に書き残された雑話集『耳嚢』の著者、南町奉行根岸鎮衛を主人公に、怪談の謎解き、お江戸の悪党狩り、下町の人情譚などを盛り込んだ(強いてジャンルを唱えれば)捕物帳。
 
なんといっても実際に『耳嚢』に書き残された怪異譚を現代の視点から推理、解明、それを江戸の町のトラブル解決に結び付けた初期の十数冊が抜群に面白い。
その後、面白いもの、ややダレを感じるものなど、藤井聡太のタイトル戦のAI分析グラフのように上がったり下がったり下がったりが続いたが、今回の『南町奉行と深泥沼』は最近では屈指の興趣深さではないか。
 
江戸の旗本、山崎家の屋敷にある「がま沼」とそこに出没する奇妙な生き物。消えるそば屋、死んで見つかる若い女中。
また、その「がま沼」と山崎家の所領にある「深泥(みどろ)沼」が繋がっているとの噂は・・・。
 
このシリーズは、老いてなお精力的な元ヤンキー根岸鎮衛と彼を慕う個性豊かな部下たちの活躍を描くものだが、本作は珍しく根岸に疲れのようなモヤが感じられる。
また、いつものように明晰な推理、抜刀で白黒つけるのでなく、曖昧で不快な人間関係の穢れが残されて終わる。
 
『完本 妻は、くノ一 (二)』のあとがきのようなモノの書き方、それでこの寂寥感が描けるのなら、それはもう羨ましいとしか言いようがない。
書き手、書き方など問題ではない、書かれたものが読めるか読めないか。
その意味で本シリーズはすでに一流である。

 

2021/06/20

『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』 アレグザンダー・ウォー、塩原通緒 訳 / 中公文庫

Photo_20210620222301 不肖烏丸、40年来の座右の銘の一つに、以下の一文がある。

ルートウィッヒはヘルミネを最も愛し、ヘレネを好まず、マルガレーテとは終生、愛しつつ戦った。

大修館書店『ウィトゲンシュタイン全集』第1巻の別冊付録に収録された「ウィトゲンシュタインの生涯」(黒崎宏)の一節で、大学に入ったばかりの頃、読書家の先輩たちにそそのかされてこの全集本を手に入れ、肝心の『論理哲学論考』は礼賛はすれど(後述)内容はそれはもうお手上げグリコ、本文よりはわかりやすかろうと付録冊子をパラパラめくって哲学者の人生の苛烈さに半身を焼かれるような思いをしたものだ。
その中でも、なぜか知らないがこの一節は今でも暗誦できるし、今も胸のどこかがチリチリと熱い。
ヘルミネ、ヘレネ、マルガレーテ。その名は、40年経った今も自分にとって、執着しつつ戦わねばならない存在の、一種の指標、メルクマールなのだ。

中公文庫『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』は、その、20世紀最大の論理哲学者ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインの家族を、彼の父カール、そしてその子供たち(五男のルートウイヒよりむしろ四男の隻腕のピアニスト、パウルを中心に)描き上げたノンフィクションドキュメンタリーである。

著者はイギリスの作家イーヴリン・ウォーを祖父にもつアレグザンダー・ウォー、手紙や公文書など膨大な資料をもとに語る文体は簡明、直截で、たとえば

(ヘルミーネは)感情を表に出さない内向的な性格で、動作は堅苦しく、いつも背筋がまっすぐで、その態度は(彼女をよく知らない人からすると)尊大で取り澄ましているように見えた。しかし実際のところ、彼女は自分に自信がなく、見知らぬ他人といるとどうも気分が落ち着かないのだった。

グレートル(マルガレーテの愛称)は最も温かく、最もユーモアがあって、最も親切だったが、最も支配欲が強く、最も野心的で、最も俗っぽくもあった。そうした自分の性向を彼女はひどく嫌ったが、それに抵抗するほどの強さは持ち合わせなかった。

といったビートを叩きつけるような文体にこの一族の個性豊かな顔ぶれが克明に浮かび上がる。

最初のおおよそ90ページにはピアニストとしてデビューせんとする野心満々のパウル、さかのぼってカールがいかに財をなしたか、そしてそのカールの死、とハプスブルク帝国有数の資産家であるウィトゲンシュタイン家の歴史が語られる。
名画や彫刻の並ぶ豪勢な屋敷にはブラームスやリヒャルト・シュトラウス、シェーンベルク、ツェムリンスキー、グスタフ・マーラーらが招かれ音楽を奏でる。まるでウィーンフィルのニューイヤーコンサートのセットリストだが、違う、その豪奢な客間に訪れたのは作曲家本人だ。

ショッキングなのは、グレートルの全身肖像画を依頼され、彼女の稀少な美しさ、異国的な優美さをとらえるのに苦労したグスタフ・クリムトについて記した次の一文だろう。

グレートルは完成した絵を嫌って、口の描き方が「不正確」だとクリムトを非難した。その部分をのちに無名の画家に塗り直させたほどである。

ウィトゲンシュタイン家の資産は、カールの死によって相続分配しようが、第一次世界大戦が起ころうが、投資に失敗しようが、ナチスに収用されようが、海外への持ち出しに失敗しようが、爆撃で失おうが、それでも残る。

しかし、有り余る資産と明晰な頭脳、芸術的素養を持ち合わせたこの兄弟、姉妹は、自らの矜持をかけてなにかにつけて争い、闘う。共に穏やかに過ごすことができない。
また、長男ハンス(=ヨハネス)、次男クルト(=コンラート)、三男ルディ(=ルドルフ)がそれぞれ失踪、自殺するなど、この一族では自殺は珍しいことではなく、ルートウィヒも最後まで自殺願望に苦しむ。

だが、男兄弟の過半数が自殺した、という事実が本書を必ずしも暗い1冊とは導かない。
諍いに満ちた兄弟姉妹の関係は必ずしも陰湿なものではない。それは、(自死という選択含め)各人の主張、論理、尊厳の一つの現れなのである。

それぞれの人生は戦争との闘い、時代との闘い、怪我や病気、そして自身との闘いの連続だ。
転倒すれば起き上がる。殴られたら殴り返す。
パウルは自ら戦線に赴き、片腕を失い、苛烈な捕虜生活を生き抜き、帰還してなお臆せずピアニストとして立つ(彼の演奏はYouTubeで聴くことができる)。彼は師ラボールのほか、ラヴェル、プロコフィエフ、シュトラウスらに作曲、編曲を依頼するが、曲の内容、解釈について納得できなければそこでも闘う。
(ルートウィヒが書き残したのは主に言語に着目した論理哲学だったが、ウィトゲンシュタイン家の個々人の生きざまはむしろ実存主義的だ。)

『ウィトゲンシュタイン家の人びと ──闘う家族』ではウィトゲンシュタイン家の男性としては比較的天寿を全うしたパウルの「闘い」について最もページを割いているが、もちろんルートウィヒについても詳しい。
著者の弁は

ルートウィヒは、いまや二十世紀の象徴的な人物である。二枚目で、口下手で、苦悩する不可解な哲学者。その威圧的な人格のまわりには、一九五一年の彼の死後、異様な礼賛者の集団ができあがった。皮肉なことに、そうした礼賛者たちのなかにはルートウィヒの本を開いたこともなく、彼の思考を一行でも理解しようとしない人々が数多く含まれている。

と辛辣だが、なにしろ師でありルートウィヒと何度も語り合ったバートランド・ラッセルすらルートウィヒの思想の神髄を十分には理解できていないもようなので安心だ!

有名なエピソードとして、自らの才能と将来を憂うルートウィヒにラッセルが何か哲学の主題に関するものを書いてくるように指示し、ルートウィヒがその答えを持ってきたとき、ラッセルは一行だけ読んですぐさま「きみは飛行船の操縦士になってはいけない(哲学者になるべきだ)」と言ったという。本書もこの記事に触れつつ、肝心のその一行の内容は明らかにしていない。はたしてそれはどのような一行だったのだろう?


〔付記〕

ルートウィヒの『論理哲学論考』は

謎は存在しない。
いやしくも問を立てることができるのなら、その問に答えることもできるのである。

と説き

話をするのが不可能なことについては、人は沈黙せねばならない。

と述べて閉じる(奥雅博訳)。
ならば、その不可能なことについて沈黙を破らんとせん「試み」こそが「詩」である、と学生の自分は考えた。

たとえば、ヴァレリーは『文学論』(堀口大学訳、岩波文庫)において、ユーゴーの

「そこから夜が輝き出る気味わるい黒い太陽」

という句を例に、詩句は、意味の上では無意味、ゼロであっても、すばらしい音調(レゾナンス)を持ちうることを示している。
このような(古い?)「詩」観は逆にいえばまさしくウィトゲンシュタインの後期の「言語ゲーム」によって粉砕されたのかもしれない──が、それでもコクトーの「虚無への供物」やシュルレアリスムの「至高点」をいまだに捨てがたく思う。
そのような地平線では、

同じ意味の語句を束ねていった場合、世界はいくつの語句で語り得るか

とか、

ゼロで割ることのできない数の集合は、虚数と実数を掛け合わせ複素数の集合と等しいか

といった問いはまた詩の美しさを内包し得るに違いない。などなど。

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