ネットであらあらを知って紙版を手に入れた『真綿の檻』の第1部にはたまげた。
亭主関白でぶっきらぼうな夫とそれにかしずく妻、そんな若い夫婦の家に、妻の弟夫婦が訪ねる。
なんて夫だ、と誰もが思うようなその冒頭から続くその後の展開たるや、ちょっと想像を軽々と凌駕して、詳しく説明するとネタばらしになってしまうので書けないが、その見事なセンドウブリ(適当に漢字をあててください)にとにもかくにも驚いた。
ネタばらしという言葉を使ってしまったが、きちんと言っておきたいのはそのネタというかオチというか全体の構図がわかったあとも何度も読み返してしまう、それだけのチカラがその中編にはあった。
そこで、同じ作者のドラマ化もされたヒット作『深夜のダメ恋図鑑』(全10巻)を手に入れて読んでみた。
若い女たちがそれぞれの「ダメ恋」を語るオムニバスで、それぞれにダメ男、それにふりまわされるダメ女が描かれてなるほど面白い。
(この「ダメ」にもいろいろアングルと深さがあって、文字通り「クズ」な場合とキャラゆえのトラブル体質とでもいうべき場合などあって各篇ともいるいる、いねーと苦い笑いを招く。)
初期のわりあいシリアスな短篇集もいくつか読んでみた。
全体に感じることは、作者は「辛(つら)い」ことを「辛(から)い」と変換してクールに、あるいはギャグに翻案する手腕に長けているのかな、ということだ。
『深夜のダメ恋図鑑』のヒットはその翻訳がバタつきつつもうまく読み物としてとらえられたケースのように思われる。
さて、そこで現在進行中の『真綿の檻』シリーズである。
第1部榛花(はるか)編に読み切り中編を加えた第1巻。
第2部の祈里(いのり)編は2巻から4巻にいたるサスペンス長編。
そして5巻めを占める第3部環奈(かんな)編。
いずれも、家族、主に母と娘の関係、その破綻あるいは再構築が描かれているが、『深夜のダメ恋図鑑』のような「辛(つら)い」→「辛(から)い」の笑いへの変換はなく、代わりに行われているのは視点の変換である。それがすさまじい。
帯の惹句を見てみよう、
編集部悲鳴!!!
「ウソでしょ!?」「ゾワっとした───!!!」原稿を読んだ編集部員から悲鳴続出!
何がそれほど悲鳴を招くのか。
本作で行われているのは家族、親子というミニマムな社会が本来的にもつ「宿痾」の暴き上げである。
絵柄が少女マンガなので気がつきにくいが、本来文学が担うべき「宿痾」をホラーエンターテインメントとして提供する、そうした仕事が惹起していることをこの帯の文句は示しているように思う。
山岸凉子の作品などにも似た働きをするものがあるが、その多くでは家族の中の一人のありようを描き、その裏の姿を紙の上に定着せんとする。
それに比べて『真綿の檻』は登場人物すべてのありようを暴いて暴いて暴いて暴いてみせる。悲鳴の所以である。
6巻の発売がこの4月に予定されているらしい。
その前にまず1巻、そして5巻、残る夜を2~4巻に費やすことをお奨めしておきたい。
怖いざんす。