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カテゴリー「ミステリ・サスペンス」の189件の記事

2019/05/06

タイトルリストラ? 『ベスト8ミステリーズ2015』 日本推理作家協会編 / 講談社文庫

8 講談社文庫の「ミステリー傑作選」は、その年度に発表されたミステリ短篇から厳選して編まれた単行本『推理小説年鑑』(現在は『ザ・・ベストミステリーズ』)からさらに抽出して文庫化したもの。1974年発行の『犯罪ロードマップ ミステリー傑作選1』を嚆矢に、一部スピンオフ的なものも含めて現在では90冊、スチール製の本棚2段以上に及ぶ長大なシリーズとなっている。

今回の『ベスト8ミステリーズ2015』の内容を見てみよう。
収録作は2015年に発表された8篇。

  大石直紀「おばあちゃんといっしょ」
  永嶋恵美「ババ抜き」
  秋吉理香子「リケジョの婚活」
  日野草「グラスタンク」
  榊林銘「十五秒」
  小林由香「サイレン」
  大沢在昌「分かれ道」
  若竹七海「静かな炎天」

推理小説界の傾向か、選者の嗜好かは知らないが、女性が活躍する作品が多い。しかも過半数が、展開はいろいろあれど女性が女性と闘うストーリーである(男性が登場しても添え物、せいぜい輪投げの的程度の扱い)。

誰かが罪を犯し、名探偵がその犯人・動機・方法を推理する、という、いわゆる「探偵小説」の体をなすものは一作もなく、「こんな設定だとなんとこんなことに!」というシチュエーションサスペンスとでも称すべきものが大半。
とたえば社員旅行で三人のオールドミスが罰ゲームを賭けてババ抜きを繰り広げる「ババ抜き」、テレビの婚活番組にリケジョがExcel片手にチャレンジする「リケジョの婚活」、復讐代行業者への依頼を描いた「グラスタンク」、銃で撃たれて死ぬまでの15秒間の錯綜を描く「十五秒」、特殊な刑罰法のもとに被害者の父親が懊悩する「サイレン」など、いずれも設定だけでごはんがごはんがススムくん。

ただ、一短篇としてみると、シチュエーションの説明までの熱量が高すぎて、起承転結の「結」にさほどインパクトがない、起承承承で終わってしまうような作品も目についた。実はいずれもそれなりに「結」には意外性もあり、品質は低くないのだが、「起」が大きすぎてややベタな「結」に驚けない、そんな印象なのである。

さらに、「探偵小説」ほど論理展開に気を遣わないシチュエーションサスペンスでは、ほんの少し冷静になってしまうと大きな穴が目についてしまうことも少なくない。
これほど理詰めでことを進めるリケジョが「彼」に走ったきっかけは? とか、「ババ抜き」や「グラスタンク」のように本人が正直に秘密を暴露することが「結」の要になっているものもある。「サイレン」の終わり方はいっけんショッキングだが、こんな法律が施行されたなら当然予測されるはずで、警察も役所も何をやっているんだか、である。

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おまけ。

最初にも書いたとおり、『ミステリー傑作選』は今回で90冊。そのサブタイトルは、『犯罪ロードマップ』『1ダースの殺意』『殺人作法』といったいかにもミステリアンソロジーめいたものから、最近はそれにさらにアルファベットのキャッチが付いて『Bluff 騙し合いの夜』『Life 人生、すなわち謎』『Acrobatic 物語の曲芸師たち』等々と続いていた。

ここにきて、今回は突然の『ベスト8ミステリーズ2015』。
サブタイトルを検討する労力も惜しんだのだろうか。表紙や帯は変わらず経費、手間をかけているように見えるので、ちょっと不思議だ。
これが今回最大のミステリー。

2019/03/24

完結 『BURN 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子(上・下)』 内藤 了 / 角川ホラー文庫

Photo_1猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』シリーズ、スピンアウト2冊含む13冊めにて完結。

ズタズタのヌッチャヌチャなスプラッタシーン満載で大好きなシリーズだったのだが、最後のほうは登場人物が多すぎてちょっと疲れた。

※バイオテクノロジーテロを目論む国際組織「CBET」のチープさや壊れた科学者集めて死体の腐敗のしかたを研究する国家機関「日本精神・神経医療研究センター」の珍妙さについては、ここでは触れない。仮面ライダーのショッカーと同じか、もう少しヘンテコリン、といったところ……。

シリーズ2冊目の『CUT』では【主な登場人物】は藤堂比奈子(新人刑事)、厚田巌夫(その上司、警部補)、東海林靖久(先輩刑事)、三木健(鑑識官)、石上妙子(検死官)、中島保(プロファイラー)の6名だった。
この顔ぶれは主人公を含む猟奇犯罪捜査班側のメンバーということで、まあ、わかる。

最終巻では【主な登場人物】が倍増の12名。ところがそこに記載されない常連として同じく警察組織に属す者、シリーズ後半で大きな役割を果たす「日本精神・神経医療研究センター」に所属する奇人変人たち、国際テロ組織の面々、などなど、増えに増えて大変なことになる。

常連が増えると、たとえば主人公の比奈子が敵に拉致された!というシーンで、敵味方、当事者・関係者、ほぼ全員の反応を書かなくてはならない。
『BURN』の下巻など、なにかとそんなモブシーンに記述が費やされ、スリルもサスペンスも半減。1冊通して比奈子個人の活躍にしぼれば「捕まった、気がついた、戦った」程度の実に内容の薄いものになってしまっている。

TVドラマの『相棒』では【主な登場人物】が増えすぎないよう、キャラクターの卒業、ないし入れ替えを行う。主人公はともかく、その相棒や鑑識官、小料理屋「花の里」の女将など、入れ替わることで登場人物のインフレは起こさせない。

『猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でも、もう少しそのあたりの工夫があってもよかったのではないか。

方法は簡単。事件ごとにポンポコ殉職させて、センターのボディファーム(死体農場)に飾ればよいのだ。

2019/02/07

新古典 『カササギ殺人事件(上・下)』 アンソニー・ホロヴィッツ、山田 蘭 訳 / 創元推理文庫

Photo「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」「このミステリーがすごい!」と、ミステリ4賞の海外部門第1位を独占(初)、書店店頭には平積み。今さらの『カササギ殺人事件』だが、いちおう「読みました」のスタンプ代わりに(ラジオ体操の出席スタンプか)ちょこっとだけ書いておこう。

上・下巻、上巻はアガサ・クリスティへのオマージュに満ちたイギリスの田舎の村を舞台にして「名探偵」が活躍するミステリ小説『カササギ殺人事件』、下巻はその『カササギ殺人事件』の原稿の結末部の紛失を契機に、作者を塔から突き落とした犯人を編集者が追う現代的なサスペンス。

これ以上は何を書いてもネタバレになってしまうが、この手の作品内作品を扱ったミステリとしては緻密な構成、雰囲気ともに非常によく出来た作品で、ことにいわゆる「黄金時代」のミステリファンなら手に取って決して後悔はしないだろう。

しいていえば、綾辻行人以降の「本格推理」、いわゆるパズラーを好む方には少し古めかしく思われるところがあるかもしれない。作者との嗜好の違いなのだから、それはもうしょうがない。

後半、英文のままでないと理解、推理できないところが少なからず出てくるが、それを日本語に落とし込んだ訳者の努力は驚嘆に値する。ただ、作中に隠された小ネタ(地名や宿屋の名前がクリスティの作中から取られている、など)については、クリスティ、そして本作を原文で読める者でないと気がつかない、楽しめない、という限界はあるだろう。
たとえばタイトルに用いられた「magpie(カササギ)」には、カササギの習性から「おしゃべり屋、収集癖のある人」という意味もあるらしい。作者はそのあたりを意図したのかどうか? などなど。一部の岩波文庫のように本文を上回るボリュームの解説があればよい、というものでもなし、それもまたしょうがない。

2018/12/19

最近読んだミステリから ヘレン・マクロイ『悪意の夜』、田南 透『翼をください』、ディック・フランシス『興奮』

Photo『悪意の夜』 ヘレン・マクロイ、駒月雅子 訳 / 創元推理文庫

概して主人公(語り手)が

  催眠術
  記憶喪失
  夢遊病

のいずれかに陥る類のミステリは苦手だ。これらが通るようならほとんどもう「何でもあり」になってしまい、探偵がどんなに理屈を唱えても「ほんとかな?」の疑念が晴れなくなってしまう。

加えてかの『バーナード嬢曰く。』にも

  ディックが死んで30年だぞ!
  今更 初訳される話がおもしろいワケないだろ!

の名文句があるが、こちら『悪意の夜』はウィリング博士、最後の未訳長編。バーナード嬢にならえばおもしろいワケがない

……だが、それだけ足を引っ張る前提満載の割には、楽しんで読めた。否、むしろ東西冷戦を背景に、苦い動機、苦い殺人という、マクロイらしさに溢れたお得感のある読後感でもあった。いやほんと。

解説の佳多山大地氏は本作が最後まで訳されなかった理由(つまり作品の欠点)についてある展開の物足りなさを指摘しているが、もともとマクロイの長編にその程度の瑕疵は珍しくない。それどころか、その欠点とされる展開は本作のスピード感や明確さにつながっているようにも思う。

つまるところマクロイの作品は「名手」とか「円熟」とか「巨匠」とかいった煽りは気にしないで、少し古めの海外サスペンスドラマを見るつもりで楽しむといいように思う。無理に重くとらえる必要はないし、現代に引っ張ってくるべきものでもない。

Photo_2『翼をください』 田南 透 / 創元推理文庫

プロフィール非公開の作家によるデビュー作。新人にしては手慣れたところがあって、既存のプロによる覆面作なのかな、とも思う。

愛らしい笑顔と親身な気遣いの裏に計算高い本性を隠し持つ女子大生石元陽菜。彼女はストーカーに付け狙われ、その無言電話に対して憂さ晴らしに周囲の者から打ち明けられた「秘密」を暴露してしまう。ところが、その中にはストーカー本人の「秘密」が含まれていた……。
この展開はなんだか新しい。文庫カバーの粗筋にワクワクするなんてそうそうないことだ。実際、陽菜、陽菜に夢中な男子大学生、ストーカー本人、それぞれの登場人物に順に語らせる前半はスピーディかつ人物紹介も巧みで読ませる。

ただ、大学のゼミの関係者から捜査陣まで皆それぞれ「わけあり」にしてしまったため、どんどん話が煩雑になって、終わってみれば全員ヘンな人、全員病人。というか、心の病気合戦で一番アブない奴が勝ち残る、そんな話になってしまった。
さらに最終章の決着はいくらなんでも警察の鑑識能力をバカにしすぎ。あの人物とあの人物の遺体を取り違えるとか、あり得ないでしょう。

前半は読ませる、と書いて、後から気がついたのだが、本作の物足りなさは上の『悪意の夜』について佳多山大地氏が指摘した内容に相似する。最後に笑うのが石元陽菜でもよかった。石元陽菜の活躍するスピンオフ青春ミステリ。どうだろう。

Photo_3『興奮』 ディック・フランシス、菊池 光 訳 / ハヤカワ文庫

古典中の古典。ごめんなさい、読んでいませんでした。
今回は長年本棚に積んであったものを1冊クリアした、という報告だけ。

解説で石川喬司氏がディック・フランシスを持ち上げに持ち上げているが、まあこの方は「馬家」で知られる大競馬ファンでもあったので……。

2018/12/10

『Acrobatic 物語の曲芸師たち ミステリー傑作選』 日本推理作家協会編 / 講談社文庫

PhotoLifeだのLoveだのProposeだの、ミステリー傑作選のサブタイトル、内容としてこれはどうなの──が数冊続いて空漠たる思いにとらわれていたが、今回は、なんというか、踊れるものがあった。

『Acrobatic 物語の曲芸師たち』は2015年に講談社から刊行された『ザ・ベストミステリーズ2015』を2分冊にして文庫化したものの1冊で(もう1冊が既刊の『Propose 告白は突然に』)、2014年に発表されたミステリー短篇から秀作6篇が収録されている。

玄関のベルに応対すると、妻を亡くして間もない近所の老人だった。座敷童が家にいるようだ、というのである。
  (加納朋子「座敷童と兎と亀と」)

人を殺した罪を抱えて刑務所の門を出た男。そこに現れた三人の若者たちは金を求めて男を強請り、執拗につきまとう。彼らの嫌がらせに再就職もままならなくなって男は……。
  (下村敦史「死は朝、羽ばたく」)

人形のような顔でガムを噛みながらロシアンルーレットに連勝する少年。友はすでに敗れて入院した。勝ち運を失ったギャンブラーは神に愛される少年に勝てるか。
  (両角長彦「不可触」)

川沿いの公園で開かれる“ゆるキャラ”コンテスト。そこには恐ろしいテロリストたちの陰謀が隠されていた。SATを辞め、捜査権のない主人公はいかにして爆薬のありかを探り、殺戮の午後から市民を守るのか。 ←嘘々
  (東川篤哉「ゆるキャラはなぜ殺される」)

名家を継ぐ一人暮らしの老婆をめぐる、ひったくり、名画盗難、放火事件……不埒なコンビが暴く相次ぐ奇妙な事件の真相は。
  (若竹七海「ゴブリンシャークの目」)

念願かなってもつことのできた自分のカレーショップ。開店の朝、最初の客は、子どもの頃母親に失踪された青年。唯一覚えている母親の作ったカレーの味の秘密は。
  (葉真中 顕「カレーの女神様」)

と、つらつらあらすじ風に内容紹介してみせても、おそらくほとんど決着への案内にはならないだろう。

どうなることかとはらはらさせておいて、文字通りアクロバティックに世界をひねってみせる「死は朝、羽ばたく」が一押し。フェアな本格推理作品でもある。
他のいずれの短篇も、一見ゆるめのユーモア小説や警察小説ふうに始まりながら、後半、骨太に論理的解決をしてのけて巧い。この興趣はミステリーならではで、ほかの何物でもない。

しいていうなら会社の命運をロシアンルーレットの強者にたくす「不可触」、ギャンブラーの苦い推理を描く短篇として過不足こそないが、いかんせんこの設定は鈴木マサカズ『ラッキーマイン』に前例があり、あの生臭く濃い世界観の後ではどうしても淡泊にしか感じられなかった。残念。

2018/12/06

〔ネタバレ御免〕 『スマホを落としただけなのに』 志駕 晃 / 宝島社文庫

Photo1980年代、カラスはあることに激しくイラついていた(雑誌にも何度か書いた記憶がある)。
ファミコンはすでに当時の子供たちの必須アイテムとなっていた。パソコンも8ビット、16ビット、32ビットと機能を高め、ビジネスに、ゲームに、右肩上がりにシェアを高めていた。もちろんパソコンが圧倒的な市民権を得るには90年代後半のインターネット普及を待つ必要があったが、それらデジタル機器が生活に何か全く新しいものを持ち込もうとしていることは明らかだった。
……にもかかわらず、人間を、社会を描くことに貪欲であるべき文学は、ほとんど、全くといってよいほど、それらを扱うことがなかった。振り返れば、黒電話、茶の間のテレビさえ、正面から描けなかったのではないか。

『スマホを落としただけなのに』は、その意味で、携帯電話、SMSというデジタルツールの現在を、それも小道具でなく、主たる素材(ある意味、登場する人物より重要なテーマ)として取り上げたサスペンス小説である。その意気は高く評価したい。
描かれた個人情報暴きにかかわる技術的側面も、概ね納得できる。とくに重要な携帯電話、SMSのセキュリティ破りについて、登場人物のやっていることは実は大半がアナログかつアナクロニスティックな作業であり、ハッカーだのクラッカーだのいうレベルの技術がなくとも根気さえあれば実行できるものである。

(これ以降、作中の展開にかかわることを書くので、未読の方はご注意ください。)

 

ただ、全体にあまりにも「偶然」の要素が多い。

たまたま誰かがスマホを落とした。それをよりによって猟奇殺人犯が拾った。
たまたまそのスマホの待ち受けには殺人犯好みの若い、長い黒髪の女性の写真が使われていた。
しかもその待ち受け画面には女性の名前まで書いてあった(ヲイヲイ)。
そのスマホのパスコードは持ち主の誕生日。
その若い女性と殺人犯はたまたま……? なんで殺人犯はその動画を知っていたのか。その動画を知っていたなら、なぜヒロインは彼を、彼はヒロインを知らないのか。

いっぱしの猟奇殺人犯なら、こんな偶然に頼らず、自らの目と足で犠牲者を選んでほしい。

ターゲットとなった女性が、また、実にいろいろ悩ましい。

あなたは現在の恋人について、のほほんと上から目線で語るべきではなかった。
あなたはそもそも間違ってもFacebookなど使うべきではなかった。
あなたは間違っても恋人に生々しい写真を撮られるべきではなかった。
あなたは昔の恋人になど絶対に会ってはいけなかった。
あなたは恋人や知人の触れるパソコンにその動画データを置いておくはずはなかった。
そんなあなたがクライマックスで突然「いい人」扱いだったキープ君を「一番知られたくなかった」人に棚上げしてしまう。動画データも昔の恋人とのキスもどうでもよいことになってしまった。もう、一から十までわけがわからない。

思い起こしてみると、何人も若い女性を殺害し、その隠匿に成功してきた殺人犯の最大のミスは、そんなヘンなヒロインをターゲットにしてしまったことにある。
つまるところ、作者の最大の失敗は、上に書いたあれこれの矛盾点などではなく、映画化を連呼されたその作品タイトルだったのかもしれない。
そう、正しくはこうあるべきだった。
『スマホを拾っただけなのに』

2018/11/29

〔短評〕 『力士探偵シャーロック山』 田中啓文 / 実業之日本社文庫

Photo_2正統派パスティーシュたる『シャーロック・ホームズの蒐集』に対して、こちらはいわゆる「パロディ」、戯作のたぐい。

作者自ら
「相撲もホームズもリアルさからほど遠いものであって……(中略)……だから、この本を読んで、リアリティがないと感じたあなたは大正解」
と、もうどうでもサンマの開き直り状態で、そうまで居直るものを責めるのもどうかと思うが、それにしてもリアリティ以前に。

収録短篇のタイトル「薄毛同盟」、「まだらのまわし」に笑える方は読んでみてはいいかもしれない。でも、本文中にこのタイトルより笑えるところがあったかというと、さあ。

2018/11/26

来訪者だぞ、ワトスン君 『シャーロック・ホームズの蒐集』 北原尚彦 / 創元推理文庫

Photo上質なホームス・パスティーシュ集。

ちなみに、日暮雅通による単行本版解説によれば、
「正典と同じテイストの贋作をめざすものをパスティーシュ、風刺や嘲笑的なもじり、戯作のたぐいはパロディとするのが、現在よくおこなわれている大まかな分け方」
とのこと。作者の北原尚彦も単行本版あとがきの中で
「あくまでそれらしく書くのがパスティーシュで、茶化したりホームズもどきを登場させたりする『パロディ』とは区別されます」
と記している。

厳密な定義はともかく、この『シャーロック・ホームズの蒐集』は、ドイル翻訳家、ホームズ・ファンで知られる北原尚彦によるホームズ・パスティーシュ集である。ホームズとワトスンが登場し、ベイカー街221Bの下宿の階段を登ってやってきた依頼人に応えて事件を解決する。

短篇6作、一読、声が漏れる。素晴らしい。

ホームズ・パスティーシュの作家というと、たとえばエドワード・D・ホックジューン・トムスンが知られるが、ホックの場合、謎やトリックにキレがありすぎて、つまりどうしてもホックのテイスト、クオリティが出てしまって、そこが気になる。
ホックをはじめ何人かのベテランミステリ作家によるホームズ・パスティーシュのアンソロジーも多々あるが、その個々の収録作が短篇ミステリとしてそれぞれよく出来ていてもアンソロジーとして案外面白くないのは、いかにドイルにならったつもりでも、一人ひとりの作家の色がわずかずつにじみ出てしまって、一冊通して読むとドイルの書いたものとは到底思われなくなってしまうからである。

その意味で本書は、一冊通して一人の優れたシャーロキアンが書いていること、プロパーのミステリ作家ではないため自身の色にこだわらず、ドイルが書いた作品の型をそのまま追うことが出来ていることに力がある。
一つひとつの短篇の展開、小道具、ときに本格ミステリとしては緩く、ズルい展開、ときに科学や社会改変への期待が込められ、ドイルの作品集にあっても遜色ないように思われた。

たとえば「憂慮する令嬢の事件」など、本来ドイルの正典には決してありそうもないストーリーではあるが、この登場人物の冷静さ、正義感など、まさしくホームズの物語が発表当時から現代まで愛され続けているベクトルを正しく模写したものと感じられた。
北原尚彦がドイルの書きそうなものを書いたのではない。ドイルが書くべきだったものを北原が書いたのである。

2018/07/15

新しいミステリのかたち 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (4)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo前回も書いたように、これはミステリである。
もしかすると、新しいミステリのかたちが示されているのかもしれない。

毎度そうなのだが、読み始めはライトな感覚である。経理部の森若さんをめぐるにぎやかで少しだけ面倒な日々を描いた女性向けお仕事小説……

短編四部とエピソードの掌編からなる本巻でいえば、経理部の新人との葛藤を描いた第一部や若い女性ならではのエピソードを描いた第三部までは、(森若ファンとしてはショックではあるものの)まだわかる。
第四部はまるでわからない。背中から切りつけられたのに、そのナイフがあまりに鋭利なため気がつかない、そのくらいダメージは大きい。

かつて、1980年代、若手の作家たちによってさまざまなトリックや書き方を工夫した「新本格ミステリ」が勃興し、その中に、平凡な生活を送る若者(主に少女)が日常の言葉や出来事に微かな違和感を感じ、そこに(ときに残酷な)真実を暴いていく、「日常の謎」と呼ばれるジャンルがあった。

『これは経費で落ちません!』で提示されているのは、「日常の謎」に匹敵する、新しいミステリの在り方である、と言って過言ではない、かもしれない(もちろん、一つのジャンルとして成立するためには作者のみならずエピゴーネンの追従が必要であることはわかっている)。

この作品は、まず、これが謎解き小説であることを示さない。ヒロインは探偵であることを是としない。しかし、経理部という生々しい数字を扱う部署に勤めるヒロインは、あれこれ社内の厄介ごとに直面せざるを得ない。そして彼女は、その謎を暴くことを拒否し、目をそらし、隠蔽しようとする。
読み手はそこで、ワトスンを相手に驕り高ぶる名探偵の、さらに上をいく聡明さに打たれ、冷たく刺される。ミステリはぎりぎりまで真相を語ろうとしない、ヒロインそのものなのだから。

2018/07/10

『牧神の影』 ヘレン・マクロイ、渕上痩平 訳 / ちくま文庫

Photo原題は“Panic”、このPanicのpanがギリシャ神話の「牧神(Pan)」から、と知ったのが一つ勉強。
訳者あとがきで「暗号の発展史と推理小説の暗号」をかなり詳細に学べたのがまた一つ勉強。
(ポーの「黄金虫」に出てくる単一字換字法暗号など、政治・外交の世界では16世紀にはすでに力を失っていた──などなど)

・・・と、勉強にはなるが、それが必ずしも作品の力とならないところがつらい、マクロイ

本書『牧神の影』も、解決における暗号キーの提案、また夜の森に潜む徘徊者の正体、など、推理小説としての謎と解明はなかなか面白い。
ところが、中盤のサスペンス(つまり、まさしくPanicのシーン)、ヒロインのあまりの危機感のなさにページをめくる気がなえる。作り話であるとわかったうえでも、もしヒロインが早々に殺されていたら果たしてどれほどの国家的損失か・・・などと考えるとヒロインのみならず、軍や周囲の者たちの呑気さも正直呆れんばかりだ。
作中に頻出するヴィジュネル暗号を解説するためのアルファベット表も(純粋に暗号に興味がある読み手はともかく)あまりに煩雑で読み飛ばすしかないため、何度も読書の集中が途切れる。いや、すみません先生もちろんこちらの頭が追い付かないせいではありますけれども。

訳者はあとがき中で「後年のサスペンスものでは、途中からしばしばエスピオナージュ的な展開が入り込み、ややもするとストーリーを混乱させる」等々書いているが、「脂の乗った時期に書かれた作品」たる本書においても、いろいろバランスの悪さを指摘せざるを得ない。

というわけで、まあ言ってしまえば良くも悪しくもマクロイらしさ横溢爆裂。読み切ってしまえば勉強プラス面白さで☆の数は標準越えではあるのだけれど、これが創元推理文庫でなくちくま文庫からの発刊であるのもまた納得。

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