『一次元の挿し木』 松下龍之介 / 宝島社文庫
『一次元の挿し木』という魅力的なタイトルの文庫の帯の惹句によると、本書は
第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作
銭湯の「ここではきものをぬぐ」とよく似た構文ではある。
「ここで履物を脱ぐ」なのか、「ここでは着物を脱ぐ」なのか。
実のところ巻末の解説によれば惜しくも「大賞」は逃し「文庫グランプリ受賞作」となったらしい本作だが、それでもたいへんに売れているようでけっこうなことだ。
あちこちの書店に平積みを見掛けたので、売れているのは間違いないと思う。
紙の本のパッとしないこの時代、素晴らしいことだ。
では、ネタバレにならない程度にストーリーを見てみよう(すごいよ)。
文庫カバーの紹介文は以下のようなものだ。
「ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果を担当教授の石見崎に相談しようとした矢先、石見崎は何物かに殺害された。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室から古人骨も盗まれた。(以下略)」
この大風呂敷を、作者は伏線含めて強引に畳んでみせる。天晴れだ。
ただ・・・この違和感の砂粒は何だろう。
山のような「偶然」やハイパーテクノロジーの魔法はこの手のエンタメ作品のお約束、ご愛敬だからさておくとして、
かつて、ミステリを語ろう、書こう、できればプロになりたい、と志す、たとえば大学のミステリ研究会のようなところでは、おそらく、コナン・ドイルはもちろん、クイーンやヴァン・ダイン、クロフツ、あるいはクリスティのあのあたりの特殊な作品などが必読書であったに違いない。それとは別にチャンドラーや乱歩を旗幟に掲げる者もいただろう。
それらの書物は始祖であり、聖書であり、手本だったはずだ。それらに焦がれて書かれた数々のミステリ作品は、また、その後継者の手本となっていったことだろう。
しかし、『一次元の挿し木』にそうした系譜の気配はない。
謎があり、事件があり、主人公がそれを追うという枠組みは似ているが、こまごました「縛り」が違う。
では、ヒマラヤ山中、標高五千メートルの地に実在するという「ループクンド湖」、異なる時代の、膨大な遺骨が残されたこの湖の謎についてなんらかの新たな推察が提示されるかといえば、そういうわけでもない。
つまり『一次元の挿し木』は小松左京や山田正紀、ホーガンらの末裔でもない、ようなのだ。
(70年代の日本SFを読みなれた者なら、文庫カバーの紹介文から本書のプロットのおおむねは予測できてしまうかもしれない。)
まあ、『一次元の挿し木』が、マンガ、アニメ、ゲーム、あるいはそれ以外・・・いかなる系譜の「挿し木」なのかはよくわからないが、登場人物が自在に動くならそれでよい。この作者の次回作も、きっと楽しく読まれるに違いない。
おまけ。
強酸や強アルカリで人体を溶かすのは不可能ではないだろうが、ある程度溶かすと薄まるため相当量の薬液が必要となること、あるいは容器をどうするか、廃液をどうするか、などなど、いろいろ問題があって、骨だけきれいに残すのは簡単ではないように思う。











