カテゴリー「ホラー・怪奇・ファンタジー」の188件の記事

2026/06/18

『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』 蛙坂須美 / 竹書房文庫

Photo_20260618165001 あた、あたし、しらないおとこのひとが
──男の人?
おんなのひと、かもしれない、こうえんであそんでいたら、このほんをあげるって
──その文庫本をくれたんだ
ちかごろの、じつわ?かいだん?のなかではおもしろいって
──読んでみたの?
あた、あたし、こわくて
──読んでみたの?
こわいの、どのおはなしもこどもがいなくなったり、ひどいめにあったり
──そうだね、ここしばらくの実話怪談の中では珍しく一つひとつの話がちゃんと黒い終わり方をして、誰かが死んだり、行方不明になったり、気持ちの悪い話が多いよね
こんなこわいほんはよみたくないっていったのに、いらないっていったのに
──でも読んでみたんだ
ほんの、じが
──黒い文字がうぞうぞと
ほんから、あた、あたしのてに
──黒い文字がうぞうぞと腕から胸に、胸から首に
あたし、あたし
──因果応報因果応酬、己のなした業は捻じれてまた己に祟る
てが、まっくろに
──年寄りが子ども服着て子どものふりして子どもらをたぶらかし、苛み、嬲り、屠る、その所業許されようか
あた、あた、のどに、あぐ、あぎ
──滅せよ
あぎゃ、あああああ



2026/04/21

姫ヶ嶽 海に身投ぐる いや果ても 『愛媛怪談』 三好一平 / 竹書房文庫

Photo_20260421211101 当ブログでも過去『茨城怪談』『埼玉怪談』『千葉怪談』『京都怪談 神隠し』『京都怪談 猿の聲』と取り上げてきた竹書房のご当地怪談シリーズ、北はさいはて青森・北海道、南は神の国出雲・修羅の国北九州・琉球と、全国津々浦々を恐怖に染めてきたものだが、それが、ついに! 四国上陸! 『愛媛怪談』出来!

著者の三好一平氏は愛媛県南宇和郡愛南町の出身だそうで、これは愛媛県を右上に翔ぶ獅子の形とみなすと後肢のあたり(南予)。
そのためか、どうしても愛南町、宇和島市、西予市、伊方町(獅子のしっぽ)、八幡浜市、、、と南予の怪談の割合が多く、またそれらお国の神社や祭りごとの紹介がつまびらかで地元ならではの筆運び。
中予にしても伊予市、砥部町あたり、南予寄りといえば南予寄りの怪談が目立ち、要は獅子の頭から前肢にあたる今治市、西条市、新居浜市、四国中央市の濃密さが今ひとつ。

・・・何の話かといえば、漫画家矢代まさこ氏と同じ伊予三島市(現・四国中央市)に生まれ育った烏丸としては郷里の話題がやや少なくて多勢に無勢、肩身が狭い。太鼓台かついで酔いしれる亡霊とかはいないものか。

無勢はさておき、何度か書いた「戦乱の世、城が攻め落とされた折、城主の息女年姫がこの崖から身を投げて、のちその霊が現れる」という四国中央市川之江城の「姫ヶ嶽」が取り上げられており、これが活字になったのを見るのは嬉しい。小学校の狭い世界の噂話というわけでもなかったようで60年ぶりにモヤモヤがすっきり。
ちなみに、前回も書いたが、この川之江城、1970年代のUFOブームの折には「UFOの基地」では、と話題になった場所でもある。
その時点ではまだ現在の天守はなく、ちょっとした動物園の設営された「城跡」公園にすぎなかったのだけれど。
Photo_20260421212001  Photo_20260421212002

『愛媛怪談』に話を戻そう、取材された怪談の一つひとつはそうエキセントリックに神経を逆なでするものではなく、まず神社の売店に売られる地域の民話本に載っているような伝承を紹介し、それにかかわる(現在の?)怪奇現象を聞き語る、というのが各篇の基本ペース。
視線を感じる、後ろで声がする、影がついてくるといった話が多く、要は愛媛の怪異は「振り向いてはいけない」「拾ってはいけない」ようだ。
ただし、西条市を舞台とした「夏の底」、県内某所(非公開)の「春」の2篇は空気の冷える、ある意味本格的な「怪談」であり、見たらいかん、うかつに読んだら夜、寝られん。あかんで。





2026/03/23

おお、まみあな 『旅情夢譚』 岡本綺堂 / 光文社文庫

Photo_20260323185501 昨年の秋から抱えごとが続き、気ぜわしくてあまり本が読めぬ。

リハビリ目的にいろいろ軽めの本を試してみるのだが、軽ければ軽いなりに目が上滑りしてどうもいけない。
とくに意図もなしに久しぶりに岡本綺堂を手に取ってみたのだが、これは、なかなか、よかった。

綺堂作品として必ずしも名作とされてはおらぬ気配の本作だが、これは語り手の誰それが旅先で遭遇した不可思議な出来事を筆者が聞き記す、つまり昨今なら「実話怪談」に類する短篇集。
「実話怪談」としては、なにぶん古さが否めないが、「奇ッ怪な出来事が起こり、あとからそれにかかわる人物がその時間に亡くなったことが知れた」など、現在でもよく聞く怪談が少なくない。
ちなみに伝聞がもととなっているぶん、怪異と直面した死者の数は当節の「実話怪談」本よりよほど多いかもしれない。

怪談としての内容以上に不思議なのは、綺堂の文章が大正、昭和初期、つまり現在から100年ほど昔に書かれたものにもかかわらず平明かつ円滑、早い話が読みやすい。
ごく一部(「出来(しゅったい)」や「結句」など)を除き用語熟語も今とさほど変わらず、なにより語り手、書き手の細かい心理の流れが時代を越えて違和感がない。それが心地よい。

一つ、巻の中盤に「狸尼」という短篇があり、これについては少し疑義というか別解を書いておきたい。

これは修行の旅の途上、通りがかりの村の石地蔵に突然言い知れぬ信仰心を抱き、その村に住み着くことになった尼が、その石地蔵の足元で死んで発見された。その尼が犬を極端に嫌っていたこと、石地蔵にしがみついて泣いているところをたびたび見うけられたこと、などのことから「狸尼」でないかと噂された、という話である。
語り手の医師は彼女を一種の色情狂患者と断じ、犬を嫌うのはかつて犬に噛まれたせい、死んだのも犬に驚くかどうかして心臓が破れたか頭を打って脳震盪を起こしたのではないか、尼の墓を掘った狸が犬に噛み殺されたのもまあ関係なかろう、と、身も蓋もない解釈の連発で話は閉じる。

しかし、、、
まったく確証もない憶測に過ぎないが、この尼にはかつて愛しい子があったのではないか。若くして仏門に入ったのはその子を亡くしたため。子が亡くなったのは野犬かなにかに噛まれたため(尼の脛にも犬に噛まれた跡があった)、石地蔵に惹かれたのはその面影が子の姿に似ていたため。
・・・よくある話なのは重々承知だが、「お宗旨ぐるい」「色情狂患者」(いずれも本文より)と語り継がれるよりは尼も穏やかに成仏できるのではないかと思う。囲炉裏しゅうしゅう、囲炉裏ぱちぱち。

2026/02/19

『ハウスメイド』 フリーダ・マクファデン、高橋知子 訳 / ハヤカワ文庫

Photo_20260219185101 カバーに記された「恐怖と衝撃のエンタメ小説」、本書にこれ以上適切な惹句はあるだろうか、いや、ない。

「前科持ちのミリーが手に入れた、裕福な家庭でのハウスメイドの仕事。だが、この家は何かがおかしい。不可解な言動を繰り返す妻ニーナと、生意気な娘セシリア。夫のアンドリューはなぜ結婚生活を続けていられるのだろうか? ミリーは屋根裏部屋を与えられ、(以下略)」

本書のあらすじは上記のようなもので、老練な読み手ならこれだけで本書のおおまかな構造、あるいはオチにいたるまで言い当てられるかもしれない。

・・・だが、気になるのはそこではない。
分厚さだ。
この一本道なアウトラインで528ページ。

少なくとも前半、妻ニーナと娘セシリアの不可解な態度についてはもう少しタイトにまとまったのではないか。
それにそろえれば後半のカタストロフィはもう少しスピード感をもてたのではないか。

どうも、なんというか、最近のミステリー、ホラー、とくに翻訳モノは、長い。
どれもこれも、平気で500ページを超える。映画化を意識してのことなのか。
その多くは(少しばかり複雑な人間関係や推理上のどんでん返しを含むにせよ)つまるところ一つの謎、一つの事件を解明するのが目的となっている。
まるで無関係と思われる小さな事件をいくつも同時進行させて最後にそれらが一つの秘密に束ねられる、などという作品(くそったれ!)は別として、ベストセラーを含む多くの作品は真相に関係ない人物を立ててページ数をじゃぶじゃぶ水増しすることが少なくない(主人公の捜査を憎々しげに邪魔する上役警官が世界中でどれほどミステリ本のページの無駄遣いをしていることか)。

クリスティやクイーンには、膨大な長編に対し、それに見合うほどの短篇集があった。
当節ことに長いのが警察モノだが、シムノンのメグレ警部などいずれも短篇、ないし中編程度の長さに収まっていた。

当たり前だが、長いからいけない、というわけではない。
長いのなら長いなりにプロットに味わいが深いか、逆に無駄なくスラスラ読めるよう書かれているか。
余計なものでだらだら散らかっているのが一番困るのだ。
ミリー、片づけておいてって言ったでしょう。



2026/02/16

『怪物の森 未解決事件捜査官ヴァン・リード』 ジェス・ロウリー、北 綾子 訳 / 新潮文庫

Photo_20260216175901 新潮文庫は王道を貫く。
文芸大作なら文芸大作、長編ミステリーなら長編ミステリー、ノンフィクションや実験的な作品ならそれなり。
この信頼は(個人的に、だが)この60年変わらない。

その新潮文庫の長編ミステリーを、久しぶりに読んでみようと思った。

  「42年前に失踪した少女はなぜ今生き埋めにされたのか」
  「未解決事件捜査官と科学捜査官が挑む!」

この帯の惹句で、つまらないわけがないではないか。
主人公のヴァンはカルト集団で虐待されて育ちトラウマに苦しむ捜査官、生き埋め事件と42年前の失踪事件とのかかわりは。

・・・読了後。

面白い、面白くないはさておき、これは、「ミステリー」ではない。
しいていえばB級映画に向いた「サスペンス」の一種であることに間違いはないが、
むしろいわゆる「バカミス」の類ではあるが、書き手に「バカミス」の自覚はないようだし・・・

そこでようやく気がついた。
本書のカバーや帯に散る長いタイトル、煽り文、あらすじ、著者紹介、巻末の吉野仁氏による解説、さらには折り込まれた新刊案内の紹介文にいたる、さまざまなテキストの中に、実は「ミステリー」」とは一か所とて紹介されていないのだ。

本書をして「ミステリー」としない、新潮文庫の変わらぬ矜持を見た。

でも、「バカミス」なんだけどね。




2025/09/26

真夏(?)のホラー特集 その7 『変な家 文庫版』『文庫版 近畿地方のある場所について』

ここしばらくほかのジャンルにどっぷり沼ってしまって(下段の写真参照)、真夏のホラー特集がすっかり初秋のホラー特集になってしまった。
よく見れば1ヶ月も放置したままではないか。申し訳ない(ホラー棚の本に頭を下げる)。

まだまだ続けたかったのだが、どうしても触れておきたかったものだけ、駆け足で。

Photo_20250926180701 『変な家 文庫版』 雨穴 / 飛鳥新社

実話怪談というジャンルに少し、飽きたというのはおこがましいが、どうにも似たような話ばかり繰り返されるようになって久しい。
そろそろ、新しい切り口のホラーは出てこないものか、という空気の中にこの『変な家』は忽然と現れた。

知人が購入を検討している都内の中古一軒家の間取り、それに対するちょっとした違和感が登場人物たちを不安にさせる・・・。

小耳にした「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」という、ただそれだけの文章に着目し、推論を広げていく著名なミステリ短篇があるが(『九マイルは遠すぎる』ハリイ・ケメルマン、ハヤカワ・ミステリ文庫)、それを思わせる展開。
建築業界隈の方にはいろいろ指摘したいところもあるだろうし、素人から見てもやや強引、無理スジといえなくもないが、その荒っぽい力ワザが肉に骨にさまざまな傷口を広げて奇天烈な真相に導く。

傷を傷と指摘するのは簡単だろうが、傷を傷のまま舐めるのもホラーの楽しみというもの。
とりあえず、この図面を描いてそこに違和感を語った、それだけでも天晴れ。

願わくば続くチャレンジャーは本作のエピゴーネンとしてでなく、より奇妙な地平を切り開いてほしい。切に願う。

Photo_20250926180702 『文庫版 近畿地方のある場所について』 背筋 / 角川文庫

単純に「怖さ」の値を量って郵便受けにお届けするなら、『変な家』より格段に紙が赤いに違いない。

とくに前半。実話怪談や都市伝説によくありそうなショッキングな事件の羅列。その要因が近畿地方のどこかに集約されるのではないか。
ここまででもなかなか巧いなと思わせるのだが、そのことがらの一つひとつが精査され、類似するものは流され、そうでないものが網に残り、たどり着いてみるとまるで違う地平に放置されてしまう。文庫版と単行本では内容が異なるそうだ。さてどうしたものか。

作者はたいへんテクニカルにも見え、ただキーボードに流されただけのようにも見え、そのあたりが読み手の背中を不安の指で撫で下ろす。
(たとえば「近畿」は「禁忌」とかけているのか、たまたまなのか。)

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『変な家』や『近畿地方』はYouTubeやWebサイトに登場して人気を博し、紙の本としても売れ、映画など各メディアまで作品の手を伸ばした。
このように生まれ、成長し、叩かれつつ化け物に育つ、そんな作品を同時代に見られるだけでも御機嫌、満腹河馬の川流れだ。

ただ、「雨穴」とか「背筋」とか、こういった作者が増えると本を著者名の五十音順に並べるブックオフの店員さんは大変そうだ。
漫画と原作とキャラクター原案がそれぞれ別人で、タイトルそのものもとんでもなく長い、下の写真のジャンルの作品もまた同様。

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2025/08/28

真夏のホラー特集 その6 『耳袋秘帖 南町奉行と百物語』 風野真知雄 / 文春文庫

Image1_20250828165101 ホラーという枠組みからはちょっと外れるが、続いてはこれを。

風野真知雄の『耳袋秘帖』シリーズというのは、江戸時代に書き残された雑話集『耳嚢』の著者、南町奉行根岸鎮衛を主人公に、怪談の謎解き、お江戸の悪党狩り、下町の人情噺などを盛り込んだ(強いてジャンルを唱えれば)捕物帖。

だいわ文庫に始まり、文春文庫に移った初期の10冊から20冊くらいまでは『耳嚢』の記載された怪異の謎解きと捕物帖を重ね合わせ、そこに江戸情緒や人情噺を加えた重厚かつ絶妙な物語だったのだが、最近は『耳嚢』も人情噺もすっとばした南町奉行とその部下たちの活躍の1.5倍早送りモードといったライト時代劇になり果てた。
(根岸の前に現れ事件解決への糸口を与える根岸の亡き妻おたか、深川の船宿ちくりんで根岸を待つ芸者の力丸、根岸家家臣の坂巻と彼が思いを寄せる元盗賊のおゆうなど、いずれも最近すっかりお見限りだ。)

率直に言って、最近のとくに『南町奉行と・・・』と題された数冊のどれかを読んで、最初の1巻に遡って全巻読みたい!と考える読み手はそうはいないのではないか。

・・・ただ、すっかり妙味も薄れ、新刊の出るたびにパラパラと流す「耳袋秘帖」ではあるが、こうして新しい1冊を読み終わってみるとやはり面白い。

今回は本作では松平定信が開いた百物語、その当日に起こった事件を根岸らが解決する。

見事なのは、その百物語に参加した者が語る短い怪談を、根岸が次々と喝破してみせるそのことである。さすがに百話とはいかないが、主たる殺人事件とはあまり関係のない怪談を無造作に提供し、さらにその謎解きをすらすらしてのける作者の手腕はなんというか一種・・・羨ましい。

「耳袋秘帖」シリーズというのは、シリーズのタイトルを冠した何十という事件を扱う文庫それぞれに短篇数篇にあたる小話が内包され、さらにその小話それぞれに怪談とその謎解きが織り込まれているのだ。

なんというサービス精神。書かれたものは最初の1巻から始まる百物語であり、作家当人が化け物なのである。

2025/08/22

真夏のホラー特集 その5 『英国幽霊屋敷譚傑作集』 コナン・ドイル、ラング他 夏来健次 編訳 / 創元推理文庫

Image2_20250822172301 シックでアンティークの香り豊かな怪奇小説や推理小説の翻訳・集成で知られる夏来健次によるアンソロジー、『英国クリスマス幽霊譚傑作集』、『ロンドン幽霊譚傑作集』に続くヴィクトリア朝怪談集の3冊め。

いずれも起承転結のしっかりした、じっくり出汁の滲みた幽霊譚が並んでいる。
「雷鳴のもと、目の前に突然巨大な」「逃げても逃げても」といった当節ホラー映画風の嚇かしに頼らない、じんわり重厚な風味が心地よい。

今回の『英国幽霊屋敷譚傑作集』、1冊の本として面白いのは、収録短篇がいずれも小さな対決パッケージに分けられていること。

たとえば巻頭の2作はエマ・ホワイトヘッド、マーガレット・ヴァーンという女流作家2人による「幽霊屋敷」対決。
いずれも凶暴邪悪な亡霊でなく、失われたものへの哀切な思いが背景にたゆたう。好編。

続いてやはり女流のシャーロット・リデル、マーガレット・オリファントによる「開いた扉」競作(もちろん競作といっても意図してそうなったものではない)。
一種、主人公による謎解き挑戦ホラーだが、そのターゲットが古い屋敷の、閉めても閉めても開いてしまう扉というのが面白い。

ウィリアム・マッドフォード「ブレイクスリー屋敷の幽霊談義」、アンドルー・ラング「奇談の屋敷」はいずれも登場人物が幽霊談義をしていくとやがて、、、というもの。
つまらないわけではないが、こういうのは、連作短篇集として1冊にまとめられ、最後の一篇で暴走してなんぼ、という気もしないでもない。

その他、J・E・プレストン・マドックという作家による幽霊屋敷譚2作、幽霊登場には個別の怨みによるものとただただ理不尽なものがある、という(つまるところノンセクション?)チャールズ・オリア、ダドリー・コステロ、フランシス・ブラウンの3作家による幽霊屋敷譚3篇。

最後の組みは「異色競作/無名作家と巨匠」というタイトルで未詳作家チャールズ・F・F・ウッズ「岩礁の幽霊灯台」、対するにアーサー・コナン・ドイルの「ゴアソープ屋敷の幽霊選び」とあるが、これはどうやらドイルを載せるための適当な言い訳か。別にこの2作に競作といえるほどの要素はない。

さてその巻末のドイルの作品だが、、、「珍しいお土産」をどうもというか、、、なんでこうイギリス人のユーモアって奴あ。

2025/08/14

真夏のホラー特集 その4 『日めくり怪談』

Image3_20250814174501 『日めくり怪談』 吉田悠軌 / 集英社文庫

以前、松岡修造の日めくりカレンダーが売れに売れたことがあったが、そのホラー版である(違う)。

吉田悠軌は『一行怪談』、『禁足地巡礼』、竹書房の『恐怖実話』シリーズなど、地名や建物に紐づいた実話系の怪談と、巧みな言葉運びと省略テクニックを駆使した創作怪談、その両輪車を自在に活用して我が家の本棚を侵食しつつある気鋭の怪談作家の一人である。

最近文庫化された『日めくり怪談』は7月1日から8月31日にかけて、1日1話、3~4ページの創作系怪談を配列したもの。
全体に、もうひとひねり加えるとさらにヒリヒリ怖くなりそうなものを意図的にその直前でナイフを収めているような印象。
茫洋と取り残される、そんな印象の怪談に妙味がある。淡々と終わる話のほうが怖い。巧い。

ちょっとよくわからないのは、単行本の発行は2019年7月、文庫は2025年6月発行。
ところが巻頭の日めくり、「7月1日」は「水曜日」、巻末の「8月31日」は「月曜日」とあり、どちらも発行年にそぐわない。

さらに、この日付の欄にはさまざまなアイキャッチが置かれ、そこに日めくり暦に書かれているような短い標語のようなもの(「米をとぐ手がつかまれる」「海藻まみれの女が訪ねてくる」「枕をちぎると耳だらけ」「卵の中から母親の声がする」など)が書かれているのだが、それに続くショート怪談にはその標語はあまり関係ない。

加えてないものねだりをするなら7月7日の七夕、17日の祇園祭山鉾巡行、8月6日、9日の原爆記念日、15日の終戦記念日など、日付けに怪談を結び付けられそうな日はいくつもあるのに、そこはスルーしているため、そもそも何のために「日めくり」かということになる。

とはいえ、7月の自分の誕生日の怪談はなかなか薄気味悪い話だったので、ああいやだいやだと読み返しては喜んでいる。

そうそう、この本のもう一つの工夫として、ページの地に文字に重ねて、ときどき波や影の点画が描かれていること。どこそこに手のあとが、というお話のページに子どもの手のあとがペタペタ描かれている、など。
ある作品のところで、ある(怪異ではない)実体験を想起させる線が描かれており、思わず悲鳴を上げた。ごめんなさい、許してください。

2025/08/13

真夏のホラー特集 その3 『幽霊物件案内』『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』

Image5 『幽霊物件案内』 小池壮彦 / 文春文庫

毎年竹書房から山のように発行される怪談文庫。あれはあれでもちろん嫌いではないが(訂正、大好きです、すみません)、あれら実話怪談が青春フォークから歌謡曲だとするなら──小池壮彦の『幽霊物件案内』はハードロック、ヘビーメタルであろうか。少なくともドラムやベース、つまりリズムパートの迫力が違う。

「怪しい物件」について書かれた冊子は古くからあり、あれこれ手にしてきた。さらに箱組みとして、知人から話を集めてまとめるという「実話怪談」の仕組みは本書においてもそう変わるわけではない。それでも『幽霊物件案内』が「ガチ」に感じられる理由は、根っこのところにドキュメンタリーの作法を感じるためだ。要するに、「行けるものなら行く」「泊まれるものなら泊まる」という前のめりな姿勢がある。覚悟がある。デスボーイス。

「出る」という話を聞いて、書いて、それで終わりにするつもりなど最初からない。「出る」が噂になるなら、「何が」出るのか、「なぜ」出るのか。
知り合いの知り合いから聞いたどこからのホテルの話、ではなく、この本の著者は少なくとも現地の住所、部屋番号を知っている。知らずに書けようか。

そのくせ面白いことに、著者の基本的スタンスは「そんなことあるはずがない」なのである。
それなのに、いや、それだからこそ、それは「ある」。隣にも。後ろにも。天井にも、ベッドの下にも。

おまけ。
この『幽霊物件案内』の単行本を担当した「編集の三津田さん」というのが、ホラー作家の三津田信三だというのが愉快。
三津田信三は読むのがしんどくて凄く好きな作家というわけではないが(失礼)、一種尊敬は感じている。編集業務を経験したと聞くとその密度の高い作風の理由がわかるような気がしないでもない。

さらにおまけ。
先ほど気がついたのだが、ちくま文庫の『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』(朝宮運河編)というホラーアンソロジーでは、この小池壮彦と三津田信三の作品が2作並んで掲載されているようだ。詳しくはリンク先をご参照ください。

Image4 『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』 三津田信三 / 角川ホラー文庫

その三津田信三の連作短篇集。「亡者」は「ぼうもん」と読むようだ。

帯の惹句によれば「刀城言耶の助手×拝み屋の祖母を持つ女子学生が怪異と謎に挑む!」とのことだが、申し訳ない、スピンもとの刀城言耶を読んでいないのでそのあたりはよくわからない。

作家・探偵として知られる刀城言耶の助手の天弓馬人は怪異民族学研究室に(おそらくただ一人)所属しながら怖い話が苦手で、女子学生の瞳星愛の持ち込む怪異に及び腰。今日も今日とて・・・
という、お話。

要は、ホラーとその謎解きをセットにした、コメディである。
と、どうなるかといえば。各短篇、前半の怪異味は曖昧で、さらにそれが後半の謎解きのために取り消される。ギャグも含めていろいろ互いに打ち消し合うことになってしまっていないか。スピンスピンスピン。

こういうのは(吹き出しでなく)地に「ぐっ」とか「ふへぇ」とか描かれてギャグとシリアスが混在しても気にならない女性向けコミックにお任せしたほうがと思うのだがさてどうだろう。最後のオチがオチだけに。ヘーアーヘブン。

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