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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の38件の記事

2017/07/11

詩人 原子朗先生の思い出

7月4日未明、詩人の原子朗先生が亡くなられた。享年92歳の大往生であった。

先生は宮沢賢治や大手拓次の研究に尽力され、ことに宮沢賢治については花巻の宮沢賢治イーハトーブ館長を務めたこと、また『宮澤賢治語彙辞典』(筑摩書房)の編纂でも知られている。

僕は原先生の不詳の弟子で、学生時代のゼミ以来、再三にわたり叱咤激励を授かったのだが、詩についても言葉の研究についても先生の教えを守るにはいたらなかった。それでも、大学に通うことの意味すら見失っていたあの頃、先生に出会っていなければ、今ごろどこかでのたれ死んでいたに違いない(先生には卒業、就職、転職、結婚の都度都度大変なお気遣いをいただいた。左記はあながち大袈裟でもない)。

原先生には、いつか伺おう、伺おうと思いつつ、とうとう最後まで伺うことのできなかったことが一つある。
「表現演習」という先生のゼミで──これは学生が詩でも小説でも論評でもなんでも自由に提出し、まず学生どうしが読書会形式で品評を重ね、最後に先生が評を述べる、という形式のものだった──ある時短い詩を提出したところ、先生が何を思われたかその青焼きを手に「これを今度の学会で使ってよいか」と仰る、ということがあった。
なんでも次の土曜日、現代の若者の言葉遣いについて、といったようなことであったのだが、その時はなんとも思わず、その学会なるものもどこで開かれるのやら、見に行ってよいものやらもわからないままただ了解して終わった。
自分の書いたものが、果たして使われたのかどうか、使われたのであるならどのように──有り体に言えば褒められたのか、貶されたのか──ということが気になったのはずいぶん後になってのことだ。
しかし、こと詩の言葉遣いにはとことん厳しい先生のことである。そうそうよい例として使われたとも思えない。いや、悪い例として使うなら、あのゼミの当日もっと厳しい言葉でたしなめられていたのではないか……などなど、考えてもまるきりわからない。
迷っているうちに5年が経ち、10年が経ち、今さら聞いても覚えておられないかもしれない、今さら聞くのも人間が小さいように思われるかもしれない、などと思うともう聞けない。
そうこうするうちに40年、これはもう先生からの人生の宿題、と考えることにした。
そうでなくとも、先生からは山のような宿題をいただいているのだ。

原先生のもう一つの顔は講談社学術文庫から『筆跡の文化史』を上梓し、テレビで戦国大名や宮崎某の筆跡鑑定をしてのけた書家としての顔で、毎年秋になると銀座7丁目の長谷川画廊で書や書画の展示会(三戯展、墨戯展)を開かれていた。僕は会社が近いこともあってたいてい初日の昼に顔を出す。すると小さな四角い木の椅子に腰かけ、土産の菓子と茶を前に客と話をされている先生がこちらを見上げ、くわっと目を見開いて「おう、編集長」と声をかけてくださる。「いや、先生、僕はもう編集長ではなくて」と訂正しても、次の年も「来たか、編集長」。次の年もまた「おう、編集長」。
「先生、最近は編集ではなくてインターネットの仕事で」
「先生、もうずっと携帯電話の電波の仕事で」
と似たようなやり取りを繰り返すうちに先生もお年でここ数年は「墨戯展」も開かれなくなっていた。
事実とは違っていても、先生の中で最後まで編集長であったならそれはむしろ誇らしい。
仕事のうえでは、先生の仰る言葉への心遣いを貫徹できたとは言えない。ブルドーザーで言葉を運ぶようなひどい仕事ばかりしています、すみませんすみません、と賀状では何度も謝った。
それでもこの年まで一貫して言葉にかかわる仕事を続けられたのは、先生の志を受けてのことだと胸を張りたい。

ご冥福をお祈りします。

2016/12/30

2016年、東海道四谷怪談 お岩めぐり

Oiwa_2実は、2016年の上半期は「四谷怪談」にハマっていた。

春先のある日、家人が人形浄瑠璃に誘われて国立劇場に赴き、前進座が5月に「東海道四谷怪談」を演るというパンフレットをもらってきた。

そこで、ふと、幽霊といえばお岩さん、恨めしやといえば四谷怪談、なのにそのお岩さん、四谷怪談について自分がほとんど何も知らないことに気がついた。
小学生の時分に映画で見た記憶はあるが、子供どうし映画館そのもので遊ぶのに夢中になって、肝心のお話の記憶がない。なにやら青々した竹林に人魂の揺れる場面が思い起こされるばかりで、それが本当に四谷怪談の映画だったかどうかすら、怪しい。

というわけで、さっそく前進座のチケットを買い求めたが、いきなり歌舞伎を見てもわからないことも多いだろうと、まず佐藤慶が伊右衛門を演ずる「四谷怪談 お岩の亡霊」のDVDを観た。ディアゴスティーニから「大映特撮DVDコレクション」と銘打ってガメラ、大魔神シリーズが出ていたのを発行の都度購入していたのだが、折よくそのラインナップに入っていたのだ。

次いで鶴屋南北の原作を岩波文庫であたったが、原文は難しいので、高橋克彦が子供向けに翻案してくれたものを平行して読んだ。
一方、お岩については鶴屋南北とは別の流れがあり、高橋衛、小山内薫がまとめた作品を読んだ。
国立劇場で歌舞伎を観劇した折には、幕後の抽選で当選し、役者さんのサインはじめいろいろ記念品がパックになったものをいただいた。
後日、家人とともに四谷のお岩稲荷(於岩稲荷田宮神社)にも参詣した。

Oiwa2_3通して感じたことは、南北のお岩は、必ずしも恐ろしいばかりの存在ではないということだ。彼女はまったき被害者であり、その恨みは彼女を貶めた夫伊右衛門と彼をそそのかした輩に向かった。しかも、モデルとなったお岩は、南北が書いた時代より200年も前に健全な一生を終えた美徳の女性だった。その高名を南北が利用したのである。

しかし、だとすると、高橋衛や小山内薫が書き残したお岩はどこから出てきたのか、そこが今ひとつよくわからない。こちらのお岩像が時代的には南北より早いとする説もあるらしい。
小山内の描くお岩は暗鬱で、お岩が行方不明になったあと、疫病のようにかかわるすべての者に怨念が伝播していく。子供にいたるまで誰一人救われない。言うなればお岩個人を離れ、害をなす怨霊装置と化しているのだ。

などなど、この1年に読んだもの、観たものをざっくりでも書いておきたいと思っていたのだが、手を付ける前に年末になってしまった。
いずれ箇条書きででもまとめておきたいと思う。これが来年の抱負。

今年1年、おつきあいありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

2015/12/01

水木先生、さようなら。ありがとうございました。

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2012/01/21

お父さんホットカーペット、届きました

帰ってみると荷物が届いていた。何だろう?

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見覚えのある顔が、「カッター厳禁だぞ!」と。……そうですか。

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では、手でバリバリと。……おわっ。なんだなんだ?

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ケータイのポイントでゲットした「お父さんホットカーペット」でした。
思ったよりずっと大きい。まさしく想定外。

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左上のティッシュボックスが小さく見えます。
もっとも実際のホットカーペットはカバーより少し小さい、長方形。
コントローラーは温度調整もできて、なかなか上等です。

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「お父さんグラス」も届いた。こちらも大きい。
もちろんごくごく牛乳を呑むときは左手は腰だ。

2011/12/31

2011 総括

申し訳ないが形骸化した「がんばろう」「元気をもらった」には少しうんざりしている。
それより全国から寄せられた義援金の収支決算をそろそろ明らかにしてほしい。いくら集まったのか。いくらどこに渡したのか、何に使われたのか。
誰もがすぐに見えるところに結果を公開するのは集めた者の最低の務めだと思うのだが違うだろうか。
コンビニの1円募金だって1円単位で報告されている。それが自然かと思う。


僕は静かに本を読んですごしたい。そんな心持ちでなければ読めない本がある、そんな本ばかりが棚に手つかずで残る。

来年。
(戦闘モードは解除できるの?)
さあね。
さてね。

2011/09/26

二度あることはハチが飛ぶ

 読んだ本2冊連続ニホンミツバチのことが出てきてね、と家人と話していると(義父は養蜂に手を出したこともあったらしい)、玄関のベルが鳴る。隣家の青年だ。
 出掛けに出会えば挨拶する程度のこの若い父親が何の用かと出てみると、
「そこにスズメバチの巣が」
おやおや。
 我が家と隣家と裏のもう一軒の家の、境界線がTの字になったあたり、裏の家の軒下に20センチばかりのがぶら下がっているらしい。我が家からは庭の先で気がつかなかったが、彼にすると駐車場に向かう通用口の目とハチ、もとい鼻の先、赤ん坊もいて笑い事ではない。
 困ったことに裏の家の主婦は縁戚の家に赴いたとやらで久しく姿を見せず、連絡先もわからない。とにかく隣家の青年が市役所に駆除を頼むことになったが、住人の了解なしに立ち入ることはできるのか。どうなることやら。
 
(追申)
 ハチにマークされると怖いので写真はナシ。

2011/07/17

いらっしゃい、お掃除ロボット「ルンバ560」

Image071  過日迎えた本年の家人の誕生日のプレゼントは、アメリカはアイロボット社のお掃除ロボ、「ルンバ560」とさせていただいた。
 正直に言えば自分が欲しかったからなのだが、そのようなことはもちろん家人には内緒である。とはいえ家人にはバレバレである。

 どのモデルを選ぶかはあれこれ迷った。
 国内販売向けモデルは修理保証は安心だが、その分かなり売価が高い。比べて廉価な直輸入モデルも最近では修理専門サイトなど出てきており、その点はまあ安心だが、モデルによって長短がある。
「バッテリー残量が少なくなったら自分で探して充電しに戻るホームベース機能、これは必須!」
「リモコンは当面なくともよろしい(後で追加購入できる)」
「丸い形は持ち上げにくそうなので、取っ手(右写真の本体上面の『』形の部分)はあったほうがよい」
「白いモデルは今イチロボットらしくない」
「曜日、時間を設定できるスケジュール機能は我が家で使うとは思われないが試してはみたい」
「世界16か国語のアナウンスも、あると楽しそう」
 などなど、あれもほしいこれもほしいで、かなり機能豊富な「560」に注文ボタンぽち。デザインもシルバーに黒で、いかにもメカメカしい。

 さて家人の誕生日当日、帰宅してみると子供がもう箱を開いていた。というより、マニュアルを読んで、あらかたの機能はお試し済み。これはね、ここはだね、とちゃきちゃきボタンを押して示してくれる。ルンバの担当は次男ということになった。
 さっそく動かしてもらう。
 スイッチを入れた場所から、円を描きながらだんだん広い範囲を探っていき、壁や家具にあたると、今度はそれにそって小さくなめるように動いていく。動く速度、ちょっと停止して考え込む感じ……おお、これはあたかもスターウォーズのR2D2。

 高さ2cm程度の障害物なら乗り越えて突破するが、そのうち椅子の下にはまり込んで、4本の脚のどれかにぶつかって出られなくなってしまった。ソファの下はぎりぎり高さが足りず、このままでは入り込めないようだ(10cmの高さがあれば大丈夫とのこと)。ソファの下はぜひ掃除してほしいところなので、そのうちソファには何か適当な上げ底をかませてやることにしよう。

 吸引力はあまり強くない。ハンディ掃除機レベルか。それでも、ブラシで搔き出しながら何度も往復するので、フローリングがつるつるきれいになったような気がする。ダストボックスが少し小さいので、ゴミはこまめに捨てる必要がありそうだ。

 溜まったゴミを捨てるために、お腹の側を開けてみる。狭いところにこちゃこちゃ機能を詰め込んでいかにも故障しそうな危なっかしさを感じる。家電製品としての完成度、メンテナンスの面倒を考えると、一般家庭に普及するのはしばらく難しいかもしれない。しかし、こういうものをオモチャとして楽しめる方にはそれはもうお奨め。可愛いアニメキャラをペイントしてイタ車ならぬイタルンバなんてどうかと思ったりするが、「誰の誕生日プレゼントでしたっけ」と白い目で粗大ゴミ扱いされると困るのでそれもまた内緒である。

2011/04/20

読書について

 ここ数年、どうだろう、もしかするとこの十年くらいで、本の読み方というか選び方が変わってきたかもしれない。

 かつては、自分の生きる道をがつんと覆す、そんな本を求めていた。自分を撹拌し、再構成してしまうほどに強い本。そういう本と出合うことこそ読書の真の目的。

 このごろは少し違ってきていて、自分を飲み込んだ泥をまるごとかき混ぜるのではなく、それから少しおいて、泥やいろいろなものが底のほうに沈殿して、その上のさらに上のほうに静かに透き通った冷たい上澄み、そんな本を読みたいと思っている。
 とはいえ、そのように思える本などめったにありはしないし、これかと思えば実はえてして読むには退屈、いや正しくは苦痛なので、そういった本ばかり読むこともできやしない。

 なので相変わらずあれやこれやと乱雑に読むしかないのだけれど、以前のように何を読んでも読書は楽しとつぶやくにはもうこちらがこちこちの壁のようになってしまっているので、海に向かう窓のような気持ちにもなれない。

 気がつけば何か読んでもどこかで読んだような気がしたり、かつて精妙絶妙と思われた作家の文体がただ小賢しく思えたり、1冊分の楽しみを得るために妙に苦行を重ねて、いったい何をやっているのやら。
 その分、これぞと思える本と出会えたときには……いや、その感動も、十代、二十代のころにはかなわないか。

2011/01/26

宇宙人ジョーンズ「BOSS」CMが留めようとするもの

 サントリー缶コーヒー「BOSS」のCMでは、米俳優トミー・リー・ジョーンズ扮する宇宙人ジョーンズが、地球調査のためさまざまな職業についてみせる。寡黙だが少しKYでドジな宇宙人をユーモラスに描き、同時に「この惑星」現代日本の暗黙のルールを皮肉にあぶり出す……というのがこのシリーズのおおかたの評価かと思われる。
 しかし……それだけだろうか。

 最新の「とある老人」篇では、タクシー運転手のジョーンズに、同じく宇宙人調査員の老人(大滝秀治!)が語りかける。
 「この惑星で起きることはむかーしからわけのわからんことばかりじゃった」
 「とくに最近はまったくわけがわからん」
 「いや〜、ずっと見てきたけど、今ほど皆が下を向いてる時代はなかったかもしれんな」
 そこで一転、カーラジオから坂本九の「上を向いて歩こう」が流れ、建設中の東京スカイツリーを見上げる人々のカットが次々と示される。
 (ナレーション)「ただ  この惑星の住人はなぜか上を向くだけで元気になれる」

 ちょっと見夢と希望にあふれた展開だが、この「上を向くだけ」の「だけ」が味わい深い。
 東京スカイツリーは、決して昭和期における東京タワーのごとく希望と繁栄(リア充)の約束として描かれているわけではない。誰もが下を向かざるを得ない右肩下がりの時代に、希望も根拠もないけれどせめて顔「だけ」上を向こうとするための単なる目印にすぎない。虚の指標とでも称すればよいか。

 さらにシリーズ全体を振り返ってみよう。
 ジョーンズの働く仕事の多くは、いわゆる日雇い派遣労働である。周囲にばらばらと登場するのは疲れ果てて眠る者、やみくもに働く者、年老いた者などなど。このシリーズが扱う職業や場面のいくつかが、「秋葉原無差別殺傷事件」など最近の一連の無差別殺傷事件の犯行にいたる道程と重なるのははたして偶然だろうか。

 このCMが言葉少なく、しかし強く止めようとしているものは(他者を巻き込むものも含む)「自殺」ではないか。
 制作陣がどれほど明確に意図しているかはわからない。だが、このシリーズは、(とくに経済弱者と老人に対し)愚かな時代でも顔「だけ」は上を向いてはどうかと静かにメッセージを送る。「せめて、缶コーヒーを飲む間だけでも、踏みとどまろう」。

2006/03/23

パペットマーケット

 微妙にプライベートなことを書く。

 全国の人形劇のイベントや団体を紹介する手作りの情報誌「パペットマーケット」というものがある。全ページ手書き文字でぎっしり綴られたこの小冊子,2002年の夏から途絶えていたのだが,つい数日前,郵便受けにひょいと届いていた。4年ぶりだ。
 「パペットマーケット」の発行者は和気瑞江さんといって,たいへん巧みな人形劇の実演者である。
 東京学芸大在学中に「麦笛」というサークルで人形劇に手を染め,その後いくつか小さなグループを組織したり,大きな劇団と合同公演したり,プロとして活躍して久しい。電話を受ければ素材をかかえて幼稚園などを訪ねる「一人人形劇団」としてNHK教育テレビで取り上げられたこともある。
 東京の中野を拠点としていたが,数年前,ご尊父の入院にともない郷里の香川に戻り,それとともに「パペットマーケット」も届かなくなっていた。ご尊父の和気俊郎先生は香川県の私立校で長年生物の教鞭をとられた方だが,県内の植物の研究でも知られ,新種の発見も少なくない。先生は,2003年に亡くなられた。
 和気さんがその間,どのような思いでいたのかは,賀状以外とくにやり取りがあったわけではないのでよくわからない。復活した「パペットマーケット」は,表紙から裏表紙まで休刊のお詫びだらけで,発行できなかった間,当人がずいぶんと心を痛めていたことがわかる。
 妙な言い方だが,とりあえず当方に限ってはまったくノープロブレムだ。「パペットマーケット」が復刊して和気さんの独特な手書き文字が見られるだけで嬉しい。表紙のイラストカットのぽこんとした丘のような山のようなものが彼女の郷里に穏やかな姿を見せる飯野山,通称讃岐富士なのも楽しい。
 なにしろ僕は……和気さんが人形劇と出会うよりもっとずっと以前,正確にいえば1970年の春以来,そこらの少女マンガ家より美麗な彼女のイラスト,躍る手書き文字,切ない詩文集,アクロバティックな切り紙,ユーモアあふれる話術,それらを合わせたキャラクターの大ファンなのだから。

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