ロシア人のお名前(敬称略)
ロシアの方のフルネームは
ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン
ロジオン・ロマーヌィチ・ラスコーリニコフ
アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ(*)
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
のように「名前・父称(父の名前に「~の子」の語尾を付けたもの)・姓」の組み合わせとなっている。
*『罪と罰』に登場するラスコーリニコフの妹。女性の場合、父称の語尾が「~ヴナ」や、姓の語尾に「~ア」などがつく。兄妹で世界ランキング1位をなしとげたテニスプレイヤーのマラト・ミハイロヴィチ・サフィンは兄、ディナラ・ミハイロヴナ・サフィナが妹。
この三段構成がロシア文学、とくに長編小説のハードルを高くしていることは否めない。
作中で登場人物の呼び名が「ラスコーリニコフ」であったり「ロジオン」であったり、「ロマーヌィチ」であったり、さらに家族には愛称で「ロージャ」と呼ばれたり。ロシア文学はただでさえ登場人物が多いので、大変だ。
ところで、以前から不思議に思っていたのだけれど、たとえば、ラスコーリニコフという人を僕はドストエフスキーの作品の中でしか見聞きしたことがない。小説のためにこしらえた姓だったのだろうか。
だが、気がついたらプーチン、スターリン、フルシチョフ、ゴルバチョフ、エリツィン、彼らの姓も、政治家としての当人しか知らない。
作家ではプーシキン、ドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフ、チェーホフ、ガルシン、
作曲家ならチャイコフスキー、ストラビンスキー、ムソルグスキー、プロコフィエフ、、、
いずれもワンアンドオンリーで、たとえばツルゲーネフの小説にゴルバチョフやストラビンスキーという人物が登場するという話は寡聞にして存じ上げない(アレクセイ・トルストイという作家がいるが、これは『戦争と平和』のレフ・トルストイのまた従兄弟で、いうなれば同姓の親族)。
対して、日本だとどうだろう、鈴木、佐藤、田中はそれぞれ政治家、小説家、タレントにいずれも少なくないし、小説やドラマ中の架空の人物にも鈴木、佐藤、田中はあちらこちらに登場する。
アメリカでも、スミス、ジョンソン、ウィリアムズという姓がコアにあって、著名人、作品中をとわずこれらの姓に出会うことは少なくない。
ロシアには鈴木、佐藤、スミス、ジョンソンにあたる多数派の姓はないのだろうか?
調べてみると、ロシアにもたとえばイワノフ(イワンの子の意)という姓の方はたくさんおられるらしいのだが、それでも鈴木、佐藤、スミス、ジョンソンほど高確率で見聞きするわけでもない。
集中的に特定の姓を使う国(韓国なら金、李、朴など)、逆にロシアのようにてんでばらばらな姓を使う国、そのお国柄にはなんらかの歴史的な違い、理由はあるのだろうか。












