カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の47件の記事

2025/01/01

恭賀新年

2024年某月某日、都内某会議場にて世界干支(えと)委員会各国代表による会合が秘密裡に開かれた。
この多様性の時代に干支が一部の動物に占有されてきたのは問題ではないか、ことに年賀状のネタにしづらいヘビをこのままにしておいてよいものか、と12年ぶりの大論争勃発。
「ネコをおいて吾輩は草枕」
「人気ならパンダ、パンダですのよ」
「人気ならコアラのマーチ」
「時代は働き方改革、ナマケモノこそ最先端」
「タイガーがあって象印がないのが問題ジャー」
「タイガースがあってライオンズがないのも」
「待て待てドラゴンがいるならゴジラだって」
「ゴジラの記録上回る大谷翔平」
「あれは十二支じゃなくて50+50」
「毎年下位3干支は二部リーグと入れ替え戦」
「サンショウウオは悲しんだ」
「サカナがいないのってギョギョギョ!」
喧々諤々尽きぬ議論、そこに届く1枚の通達書。
「皆さん、2025年はヘビ年、ヘビ年で継続となりました」
なぜ、なんで、と怒号吹き荒れる会場、しかし、議長一喝
「長いモノには巻かれろ」

風雲急を告げる令和干支騒乱、続きは次回、乞うご期待。
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2024/01/18

川之江城のこと

四国中央市といえば愛媛県の東端に位置する市で、エリエールの大王製紙など、紙の産業で知られています。
問題はそのネーミングで、

「川之江市・伊予三島市・土居町・新宮村の四市町村が平成一六年(二〇〇四)に合併したものだが、新市名称の公募の結果は『宇摩市』がダントツだった。・・・(中略)・・・いざ合併協議会二九名による全員投票をしてみると、驚くべきことに四国中央市一七名、宇摩市一二名という結果になった。協議会で何があったのか存じ上げないが、良識ある住民との間のこの大きなギャップは何だろう」(今尾恵介「地名の謎」、ちくま文庫)

と、平成の大合併の中でも際立って呆れた命名として天下に恥をさらしました。
ちなみに現地では自虐を込めて「しこちゅ~」なる通り名が使われており、2019年8月に開館した「四国中央市市民文化ホール」など、ホームページでも堂々と「しこちゅ~ホール」とうたっています。住民はもう諦めているようです。

その四国中央市、いい話といえば『とめはねっ! 鈴里高校書道部』でも話題にされた書道パフォーマンス甲子園での三島高校書道部の活躍が知られています。「大会で活躍した」、ではありません。彼らの興したイベントが、のちに書道甲子園となったのです。
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もう一つ、いい話が(笑)、2022年夏のスターバックス開店で、都会のおしゃれなカフェがおらが川之江イオンタウンに、と近隣含め大人気。
・・・ところが2024年は年明け14日からそのスタバのテラス席で暴力団幹部による銃撃射殺事件が起こってしまい、妙なところで四国中央市の名が話題になってしまいました。犯人はいまだ逮捕されていません。
(ちなみに烏丸はそのほんの数日前にそのスタバでお茶したばかり)

さて、四国中央市の旧川之江市エリアには、もう一つ、地味ながら観光ポイントがあります。
それが、今回のお題、川之江城です。
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この小ぶりな天守閣や櫓門は1986年に整備されたもので、以前はこの丘は地元ではただ「城山」と呼ばれ、鳥や鹿の飼われる公園に過ぎませんでした。

それでも、ここにかつて城が築かれ、戦乱が繰り広げられたこと、それは海側の崖に面した道に建てられた小さな碑が語っていました。
戦乱の世、城が攻め落とされた折、城主の息女年姫がこの崖から身を投げたというのです。
ちなみに、それから何百年を経てなお、「城山には崖から馬に乗って飛び降りた姫さんの幽霊が出る」と昭和の地元の小学生には語り継がれていました。
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それで話が終わると・・・それはただ歴史の悲しい逸話の一つで片付くのですが、川之江の城山の伝説はまだまだ続きます。

なんと1970年代のUFOブームのさなか、なぜかこの城山の西側にはUFOの基地がある、埋立地では宇宙人の姿が撮影された、とテレビを賑わす騒ぎがまき起こったのです(「川之江 宇宙人」デぐぐルト今デモ怪シイ写真ガ見ラレマス)。

烏丸の父もその頃、国道11号線を運転中、城山の方向に変な光の輪のようなものが空中を移動するのを見たと言っていました。テレビのUFO特番が川之江城を取り上げる、少し前のことです。

そして今、令和の時代、落ちて亡くなったお姫さまの幽霊もUFOも静かに影を潜め、川之江城は桜の名所です。
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2023/07/10

星が落ちる

Photo_20230831161101 子どものころ、ワクワクした本、勉強になる本、感動した本は山ほどあったが、その後の生きざまを決めるというか、逆にいえば底なしの迷路に招かれる、そういう本が何冊かあった。

たとえばH・G・ウェルズの何冊か、トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の冬』、マデレイン・レングル『五次元世界のぼうけん』 、アレクサンドル・ベリャーエフ『ドウエル教授の首』、それから宮沢賢治、などなど。
これらの本は、ただ、1冊1冊として面白かったというだけでなく、「自分もこういった本を書きたい、かかわりたい」という起点となった。

そんな本の中でも、ことにその後の進路の着火剤となり、さらにはそれこそ読む本の傾向から大学受験、仕事選びまで、ずっと道しるべとなり、実在の人物としてもあれこれの相談の対象だった作家が、昨日、亡くなった。
告別式は家族葬で、とのことなので、ここに名は明かさない。

小学6年の夏、その本に出会って、自分は作家になるか、編集者になるか──そういう具体的な職業はともかく、その本のようなものを形にしたい、形にするはずだ、と考えた。それはなかなかたいへんそうだが、とても楽しいことのように思われた。そして、それからずっとあとになって、形は違うが、思うものをしばらくにわたって、読者に届け続けることができた。グランフェッテ!
あの1冊がなければいろいろ人生は変わっていたに違いない。
あるいは、多少順番が違っても、結局似たようなところに落ち着いたのだろうか。

もっと話をすればよかった。もっと聞ければよかった。もっと書いたものを見せればよかった。

合掌

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ご遺族が作家の逝去を公表されたので、写真を添付します。(8/31)

2022/07/14

漢字ナンクロの謎 「特選 漢字100問 8月号」 コスミック出版

Photo_20220714175801 考えごとに煮詰まって。あるいは何も考えたくない真夜中。パズルで遊んで気分転換することがある。
好きなのは漢字ナンクロだ。

クロスワードに似た黒マス白マスの枠の中に、漢字と、番号を添えた空白が並んでいる。
たとえば一方に
  [京][5]
もう一方に
  [5][心]
とあれば、[5]には[都]の漢字が当てはまるかな? といった具合。そこでページ内の別表の[5]の欄に「都」と書いておく。
  [12][剋][13]
とあればおそらく[12]が[下]、[13]が[上]で間違いないだろうが、
  [24][粧][25]
の場合、[24]はおそらく[化]、しかし[25]は[品]とは限らず、[水]、あるいは[下]かもしれない。ほかのマスの[25]を見極めなくては。

ヒントの漢字が少なければ少ないほど、つまり空欄が多ければ多いほど、難易度は上がる。
わかりやすい熟語、「生年月日」だの「大道芸人」、「記者会見」、「後生大事」、「天地無用」だのが見つかると、そこをとっかかりに解き進むことができる。
以前、見開きのページにヒントとなる漢字が1つだけ、という素晴らしい難問を見たことがある。歯が立たなかった。

漢字ナンクロは書店の雑誌コーナーあたりに、女性週刊誌くらいの大きさ、分厚さでたくさん売られている。
いろいろな会社からさまざまなシリーズ名で出ており、パラパラめくったくらいでは品質の区別がつけにくい。
たいてい漢字ナンクロを含む何種類かの漢字パズルで構成されており、易しめで始まって後半に向けて難しくなる。

1冊を通してあまりに易しいものは、パズルというよりマス埋め作業になってしまってつまらない。
また、作問者によってはマスを埋めるために無理やりその漢字を使う言葉を使っているように見えるものがあって、そんな問題が多いとがっかりする。

 「得法」……禅などの奥義を会得すること
 「法城」……仏法が堅固で信頼すべく、また諸悪を防ぐことを、城にたとえていう
 「手理」……手のひらのすじ。手紋
 「通規」……すべてを通じて適用される規定。通則
 「下代」……下役。手代。江戸時代、江戸郷宿(ごうやど)に雇われた手代で、訴訟当事者を補佐する者

上記はiPhoneやWindowsの変換では出てこなかったり、普通の国語辞書には項目がなかったりする言葉。
現代ではほとんど見かけない仏教用語や歌舞伎用語を広辞苑や大辞林で確認できても、あまり嬉しくない。

それから、不思議なのは、先の「生年月日」~「天地無用」、あるいは
  「本家本元」
  「天下一品」
  「年中行事」
あたりまでならまだしも、ともかく頻出する謎の熟語群。
これら、日常生活ではあまりお目にかからない熟語群は、出版社やシリーズを問わず、1冊の中でも再三顔を出す。
  「人生行路」
  「道学先生」
  「意地無地」
  「明日天気」
  「行雲流水」
  「金明水」
  「家大人」
  「人国記」
  「車中談」
  「道中記」
作問者向け漢字ナンクロデータ集みたいなものがあるのだろうか?

その他、
  「一衣帯水」
  「鏡花水月」
  「花天月地」
  「山高水長」
  「知行合一」
  「世道人心」
  「気韻生動」
  「風流韻事」
  「無芸大食」
  「化石人類」
  「同行二人」
なども普段はあまり使われないが漢字ナンクロではお馴染みの四字熟語。
意味を調べ、言葉として記憶したとしても実生活で使う局面はまずなさそうなので、漢字ナンクロ専門用語として手元にメモしておくといい。 

最後になったが、添付画像はコスミック出版の「特選 漢字100問 8月号」(隔月刊)。
各社のシリーズに詳しいほど取捨選択できているわけではないが、遊んでみた限りではこの出版社の「特選」シリーズ、同じ出版社の「特盛り!」シリーズがほどよく手応えがあり、極端にマイナーなキーワードもそう出てこないので気に入っている。

ただし。漢字ナンクロというのは、同じ作問者の出題を繰り返すと同じキーワードが登場して答えが見えやすくなってしまう面がある。
同じシリーズを続けて購入すればよいわけでもないのが悩ましいところだ。

2021/08/12

訃報 『ヤンキー水戸黄門』 和田洋人 / 講談社イブニング

Photo_20210819160301 イブニングNo.17(8月24日号)に、「ヤンキー水戸黄門」の第十話が掲載されている。
好色な暴君、水戸光圀を史実を交えつつ描いたヤンキーマンガで、バカバカしいといえばバカバカしいが、強引な展開がすっきり楽しい作品である。

その作者、和田洋人氏が7月18日に脳出血等で急逝された。
第十話は絶筆。

現役マンガ家の訃報は作風、発表の場を問わず、いつもたまらない気持ちになる。
長い道、半ば。
到達できたかもしれなかった、どこか。

合掌

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(8月19日追記)
『ヤンキー水戸黄門』の第1巻が出ていたので買ってきた。添付画像参照。
奥付には「2021年 7月21日 第1刷発行」とある。
作者は7月18日に亡くなったとのことなので、刷り見本はともかく、出来上がった単行本が書店店頭に並んでいるのは見られなかったのかな、と思う。だとしたら哀しい。
自分の書いた本が店頭にあるのを見ると、体が浮き立つ。多少の苦労など忘れてしまう(売れ残って返品になったらどうしよう、という別の心配は沸いて出るにしても)。少なくとも自分はそうだった。

若い人の訃報は気が滅入る。
新型コロナにも気をつけましょう。 > おのおのがた

2021/03/02

ピアノ消音システム KORG KHP-2500S を取り付ける

Photo_20210304023101都内のマンションに住んで数年、ペット可、ゴミ出し24時間可、楽器演奏もとくに問題なしとのことで選んだはずが、最近になって突然楽器の騒音を訴える住人が現れたらしく、マンション内の掲示板に騒音についての注意書きポスターが張られるようになった。

これまでポロロンポロンと家族てんでにピアノを叩いていたのだが、よそ様にご迷惑をかけるとなると気が引ける。
ふと、「もしや、コロナ禍で在宅テレワークの働き手が増えて、それで昼間でもピアノの音が気になるようになったのでは?」と思い当たり、余計なご近所トラブルを避けるため、我が家もできる限り消音に努めることとなった。

とはいえ思い出も多い大切なアップライトピアノ、「ピアノ売ってちょーだい」に電話して叩き売り、電子ピアノに買い替えるのも気が進まない。
さりとてマンションの一室だと防音壁、防音シート、屋内防音ルームの設置なども難しいし、効果のほども今ひとつわからない。

ああでもない、こうでもないとネットのサイトをうろうろしていて、たまたまあるホームページに行き当たった。
なるほど、アナログピアノに機器を装着して電子ピアノのようにしてしまう機器もあるのか!

さっそくそのページの会社に連絡し、あれこれ詰めているうちにまず機器が届き、先日調律師の方に設置をしていただいた。

ピアノ消音システム KORG KHP-2500Sは、
・ピアノのキーが押されたことを光センサーで検出
・ハンマーがぎりぎり弦を叩く手前で止まるよう調整
・電子音源が弦の代わりに音を出す
つまり簡単にいえば、既存のアップライトピアノをキータッチやフットペダルの操作、手応えそのままに電子ピアノに変える、というものだ。

面白いのは簡単なレバーの操作でハンマーの位置が元に戻る、つまりまったく普通のピアノとしても演奏できるということ。

なお、電子楽器としての機能はわりあいシンプルで、ピアノの音色が8種類(ジャパニーズ、ジャーマン、オーストリアン、エレクトリック×各2種)から選べる、メトロノーム機能がある、演奏をデジタルデータとして保存/再生できる、などあるが、当節のキーボード型シンセサイザーのようにさまざまな楽器の音色を使う、バックにドラムやベースを演奏する、といった機能はない。あくまでピアノの消音がメインである。

設置はアップライトの前面をほぼむき出しにして、あれこれ取り外してセンサーを設置、一音一音調律するなど専門家によるおおよそ6時間の大仕事。
設置してしまえば消音は簡単で、電源を入れ、ヘッドホンをつないで演奏すると強弱、音質とも生ピアノを弾いているのとまったく遜色ない。

安い買い物とは言い難いが、逆にこの金額で思い出深いピアノが生かせるなら惜しいとは思わない。

残る懸念は、
ピアノというのはハンマーが弦を叩く際の音色だけでなく、キータッチの振動がゴンゴンと意外に大きく、この音が階下の部屋などに響いてなかったか今さらながら気になるということ、
また、ヘッドホンだと耳、首が疲れそう、ということがあって、適当なスピーカーをつなぐことも検討したい。

いずれにせよ、サイトで発見して2週間ばかりで万事解決、なかなか楽しい買い物だった。
ちなみに、烏丸にも〇十年前に途中まで練習してそのままになっている楽譜がある。ある。あるのだが・・・。

練習すれば、弾けない曲などありません

練習をすれば上手くなる。
練習をしなければ一切上達しない。

いや、あの、もちろんレイコ先生のおっしゃる通りではありますがー。

2020/12/21

本棚ナラシのジレンマ

二、三、悪いことをしてきたおかげで、自宅マンションとは別に書斎専用の別邸を持っている(嘘です。引っ越した後のボロ家を売る甲斐性がないだけ)。

その別邸に本棚を10数架買い足し、それまで家族に疎ましがられながら家内のあちこちに積んでいた小説やコミックを整理整頓した・・・と書くと簡単そうだが、それなりに満足な並びに整えるのに半年以上かかった。

数年経った今は不要不急の外出自粛要請もなんのその、週に数回県境を越えて別邸を訪れ、CD大音量で流しながら思うさま本やコミックに埋もれる至福の一時を送っている。
インスタントコーヒーを煎れるにも先にカップを温める、たかがそんな行為も閑暇の味わいだ。

本の並べ方には学生のアパート暮らしの頃から好みがあって、とくに文庫はジャンル、作家別に分け、新しく本を読み終えたらしかるべき場所に収める。極端な場合、数冊の新刊を収めるために床をいっぱいに使って数千冊を順にずらし、入れ替えることもある。
本棚には文庫が圧倒的に多いが、これは高さのそろった文庫なら整理しやすくて気持ちよいことが大きい。単行本で読んだものをのちに文庫で買い替えることも少なくない。

文庫の棚は大雑把に
  ノンセクション(宗教・哲学、児童、詩、文芸評論、芸術・音楽、コミック評論、科学、歴史、スポーツ、ギャンブルなどなど)
  国内:文学、時代小説、SF、怪奇・幻想、ミステリ
  海外:文学、SF、怪奇・幻想、ミステリ
といったジャンルに細かく分け、それぞれのジャンル内でまた作家別に分けられる。
(実際は必ずしもこの順ではない。あまり読まないSFを左に置き、動きの多いミステリを右に置くとあとあと整理が楽、といった忖度をする。)

しかし、このジャンル分け、作家並べがなかなか難しい。

たとえば・・・
「半七捕物帳」シリーズで知られる岡本綺堂は時代小説に置いているが、捕物帳はミステリではないのか。同じく岡本綺堂は奇談集で知られ、怪奇・幻想の棚、否、それ以上に漱石、芥川に匹敵する上質な文学作家と扱うべきではないか。
似た例。「金田一耕助」と「人形佐七」という人気シリーズを併せ持つ横溝正史はミステリ作家に配すべきか時代小説に置くべきか。それともそれぞれの棚に分けて収めるべきか。
阿佐田哲也はノンセクションのギャンブルに分け置いているが、そもそも阿佐田は文学作家色川武大の別名であり、また「麻雀放浪記」のあの緊張感、独自性を正統な文学と見なさないのは失礼にあたらないか(ソモソモ正統ナ文学ッテナンダ?)。
澁澤龍彦は現在「国内:怪奇・幻想」の棚に収めているが、西洋文学への蘊蓄を慮ればむしろ「海外:文学」にこそふさわしくないか。いや、そうなると「高岡親王」をはじめとする小説群はどうとらえるべきか。
一つのジャンル内に作家を並べる際、生年の順に並べるのがスジか、作家デビュー年を見るべきか、全盛期を加味すべきか、あるいはさらに細かくあれこれジャンルを分けるべきか。たとえば夭逝した作家の活動時期が隆慶一郎のように熟年・晩年にデビューした作家の活躍時期より若干早かった場合、どちらを先に置くべきか。
棚2段近くを占めるアガサ・クリスティの著作はハヤカワ文庫の解説にならってポアロ、マープルといった探偵別に並べるべきか、ウィキペディアにならって発行年順に並べるべきか。長編と短篇集は分けるべきか混ぜるべきか。邦題の異なる創元とハヤカワは分けるべきか(気になるなら両方買え)。
マーガレット・ミラーとロス・マクドナルドの夫婦は大切に並べたいが、そうするとミラーがハードボイルド作家に思われはしないか(しません)。
池井戸潤のような経済エンタテインメントが増えたらノンセクションから竹内宏、深田祐介らの本を併せて別途ジャンルを新たに設えるべきか。
中島らもや伊坂幸太郎、沼田まほかる、森見登美彦、万城目学らのようにそもそも明確なジャンルを問い難い、なおかつ好もしい作家たちはどうすればよいのか。
古書として破格の値がついているもの、のちのちつきそうなものについては自分の死後わかりやすいように分けておくべきか、付箋でもつけておけばよいのか(期待するほどの値はつきません)。

などなど・・・。

要はこういったことをああでもないこうでもないと考えあぐね、棚の中をいじり倒すこと自体が何より楽しいのだ。
たとえば以前は文庫と新書は棚を分けていたのだが、最近、スチール棚の段を調節して、同じ作家のところに文庫、新書がそろうようにした。
これによって高階秀彌の美術評論、中山佑次郎の医者本、田中芳樹の「薬師寺涼子」シリーズ、京極夏彦の「百鬼夜行」シリーズ、西澤保彦の「チョーモンイン」シリーズなどが一つ棚にそろうことになった。はーすっきりすっきり。

ちなみに、ここまで書いたのはすべて既読文庫本の棚についてであって、コミックやCDについてはまた別のロジックがあるのだが、これ以上書いてもうるさいばかりなのでここでは置く。

2019/10/15

風の向こう

あの頃の4年間、僕たちの雑誌の表紙を飾ってくれてありがとう。
新米編集長のわがままに何度もダメ出しをくらい、それでもにこにこと描き直し、最後にはいつも期待を上回る素敵な作品を見せてくれましたね。

さようなら。ありがとう。

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2019/07/01

夏の黒電話

また、もうすぐ夏がくる。

夏がくると、思い出す。学生の頃住んでいた木造アパートの2階の部屋、黒電話。
一年か二年に一度、夏になるとその電話はかかってくる。

まず、女性の声。
「〇〇です。あの、娘は、娘はおりますか」
たいてい晴れた朝にかかってくるので、いつもその時間こちらは寝ている。
寝ぼけまなこで受話器を手に取り、遠くの声に耳を澄ますような気分でただ
「もしもし」
と答える。
「娘は、娘は元気でおりますでしょうか」その女性の娘らしき女の名が何度か繰り返されが、不思議とその名前は思い出せない。
はっきりしないこちらの応答に少し興奮気味の女性、すると年配の男性が代わって出てくる。
しっかりした低い声、語り口で、その声は今でもはっきり思いおこせる。

「△△さん、〇〇です」

このあたりになるとさすがに相手が△△という人物に間違い電話をかけていることが理解される。
「あの、どちらにおかけでしょう、こちらは△△ではなくて」

すると、男性が落ち着いた口調で、しかし容赦なくそれにかぶせる。
「そうおっしゃるお立場はわかります。娘と代わってほしいとも申しますまい。
ただ、娘に、どうか、こちらは元気でやっていると、それだけ伝えてくれまいか。」

「いや、ですからこちらは」

「朝がたから突然の電話でたいへん失礼いたしました。娘を、どうか、娘をよろしくお願いいたします。」

電話の向こうでは、何か言い足りない女性と、それを押しとどめようとする男性とのやり取りがあるようだが、電話は唐突に切れる。

すっかり目が覚めたこちらは、呆然と黒電話を見やるしかない。
最近と違ってかけた相手の番号がわかるナンバーディスプレイなど、サービスそのものがまだなかった時代だ。

その電話は、その後、何年かにわたって、ときどき、こちらが忘れたころにかかってきた。

その都度、間違い電話であることを説こうとするが、納得してくれない。
こちらが騒いでも、余計に丁寧な口調で謝るばかり。

その後、結婚してアパートは引っ越したし、電話番号も変わった。ダイヤル式の黒電話そのものも、今ではもう見かけることがない。

電話をかけてきたあの人々はどうしているのだろう、連絡のつかない娘はどこにいるのだろう。

もうずいぶん昔の話だ。
夏が近づくと、ふと思い出す。思い出すだけで、どうもしない。どうにもできない。

2017/07/11

詩人 原子朗先生の思い出

7月4日未明、詩人の原子朗先生が亡くなられた。享年92歳の大往生であった。

先生は宮沢賢治や大手拓次の研究に尽力され、ことに宮沢賢治については花巻の宮沢賢治イーハトーブ館長を務めたこと、また『宮澤賢治語彙辞典』(筑摩書房)の編纂でも知られている。

僕は原先生の不詳の弟子で、学生時代のゼミ以来、再三にわたり叱咤激励を授かったのだが、詩についても言葉の研究についても先生の教えを守るにはいたらなかった。それでも、大学に通うことの意味すら見失っていたあの頃、先生に出会っていなければ、今ごろどこかでのたれ死んでいたに違いない(先生には卒業、就職、転職、結婚の都度都度大変なお気遣いをいただいた。左記はあながち大袈裟でもない)。

原先生には、いつか伺おう、伺おうと思いつつ、とうとう最後まで伺うことのできなかったことが一つある。
「表現演習」という先生のゼミで──これは学生が詩でも小説でも論評でもなんでも自由に提出し、まず学生どうしが読書会形式で品評を重ね、最後に先生が評を述べる、という形式のものだった──ある時短い詩を提出したところ、先生が何を思われたかその青焼きを手に「これを今度の学会で使ってよいか」と仰る、ということがあった。
なんでも次の土曜日、現代の若者の言葉遣いについて、といったようなことであったのだが、その時はなんとも思わず、その学会なるものもどこで開かれるのやら、見に行ってよいものやらもわからないままただ了解して終わった。
自分の書いたものが、果たして使われたのかどうか、使われたのであるならどのように──有り体に言えば褒められたのか、貶されたのか──ということが気になったのはずいぶん後になってのことだ。
しかし、こと詩の言葉遣いにはとことん厳しい先生のことである。そうそうよい例として使われたとも思えない。いや、悪い例として使うなら、あのゼミの当日もっと厳しい言葉でたしなめられていたのではないか……などなど、考えてもまるきりわからない。
迷っているうちに5年が経ち、10年が経ち、今さら聞いても覚えておられないかもしれない、今さら聞くのも人間が小さいように思われるかもしれない、などと思うともう聞けない。
そうこうするうちに40年、これはもう先生からの人生の宿題、と考えることにした。
そうでなくとも、先生からは山のような宿題をいただいているのだ。

原先生のもう一つの顔は講談社学術文庫から『筆跡の文化史』を上梓し、テレビで戦国大名や宮崎某の筆跡鑑定をしてのけた書家としての顔で、毎年秋になると銀座7丁目の長谷川画廊で書や書画の展示会(三戯展、墨戯展)を開かれていた。僕は会社が近いこともあってたいてい初日の昼に顔を出す。すると小さな四角い木の椅子に腰かけ、土産の菓子と茶を前に客と話をされている先生がこちらを見上げ、くわっと目を見開いて「おう、編集長」と声をかけてくださる。「いや、先生、僕はもう編集長ではなくて」と訂正しても、次の年も「来たか、編集長」。次の年もまた「おう、編集長」。
「先生、最近は編集ではなくてインターネットの仕事で」
「先生、もうずっと携帯電話の電波の仕事で」
と似たようなやり取りを繰り返すうちに先生もお年でここ数年は「墨戯展」も開かれなくなっていた。
事実とは違っていても、先生の中で最後まで編集長であったならそれはむしろ誇らしい。
仕事のうえでは、先生の仰る言葉への心遣いを貫徹できたとは言えない。ブルドーザーで言葉を運ぶようなひどい仕事ばかりしています、すみませんすみません、と賀状では何度も謝った。
それでもこの年まで一貫して言葉にかかわる仕事を続けられたのは、先生の志を受けてのことだと胸を張りたい。

ご冥福をお祈りします。

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