おお、まみあな 『旅情夢譚』 岡本綺堂 / 光文社文庫
リハビリ目的にいろいろ軽めの本を試してみるのだが、軽ければ軽いなりに目が上滑りしてどうもいけない。
とくに意図もなしに久しぶりに岡本綺堂を手に取ってみたのだが、これは、なかなか、よかった。
綺堂作品として必ずしも名作とされてはおらぬ気配の本作だが、これは語り手の誰それが旅先で遭遇した不可思議な出来事を筆者が聞き記す、つまり昨今なら「実話怪談」に類する短篇集。
「実話怪談」としては、なにぶん古さが否めないが、「奇ッ怪な出来事が起こり、あとからそれにかかわる人物がその時間に亡くなったことが知れた」など、現在でもよく聞く怪談が少なくない。
ちなみに伝聞がもととなっているぶん、怪異と直面した死者の数は当節の「実話怪談」本よりよほど多いかもしれない。
怪談としての内容以上に不思議なのは、綺堂の文章が大正、昭和初期、つまり現在から100年ほど昔に書かれたものにもかかわらず平明かつ円滑、早い話が読みやすい。
ごく一部(「出来(しゅったい)」や「結句」など)を除き用語熟語も今とさほど変わらず、なにより語り手、書き手の細かい心理の流れが時代を越えて違和感がない。それが心地よい。
一つ、巻の中盤に「狸尼」という短篇があり、これについては少し疑義というか別解を書いておきたい。
これは修行の旅の途上、通りがかりの村の石地蔵に突然言い知れぬ信仰心を抱き、その村に住み着くことになった尼が、その石地蔵の足元で死んで発見された。その尼が犬を極端に嫌っていたこと、石地蔵にしがみついて泣いているところをたびたび見うけられたこと、などのことから「狸尼」でないかと噂された、という話である。
語り手の医師は彼女を一種の色情狂患者と断じ、犬を嫌うのはかつて犬に噛まれたせい、死んだのも犬に驚くかどうかして心臓が破れたか頭を打って脳震盪を起こしたのではないか、尼の墓を掘った狸が犬に噛み殺されたのもまあ関係なかろう、と、身も蓋もない解釈の連発で話は閉じる。
しかし、、、
まったく確証もない憶測に過ぎないが、この尼にはかつて愛しい子があったのではないか。若くして仏門に入ったのはその子を亡くしたため。子が亡くなったのは野犬かなにかに噛まれたため(尼の脛にも犬に噛まれた跡があった)、石地蔵に惹かれたのはその面影が子の姿に似ていたため。
・・・よくある話なのは重々承知だが、「お宗旨ぐるい」「色情狂患者」(いずれも本文より)と語り継がれるよりは尼も穏やかに成仏できるのではないかと思う。囲炉裏しゅうしゅう、囲炉裏ぱちぱち。



