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2026年3月の2件の記事

2026/03/23

おお、まみあな 『旅情夢譚』 岡本綺堂 / 光文社文庫

Photo_20260323185501 昨年の秋から抱えごとが続き、気ぜわしくてあまり本が読めぬ。

リハビリ目的にいろいろ軽めの本を試してみるのだが、軽ければ軽いなりに目が上滑りしてどうもいけない。
とくに意図もなしに久しぶりに岡本綺堂を手に取ってみたのだが、これは、なかなか、よかった。

綺堂作品として必ずしも名作とされてはおらぬ気配の本作だが、これは語り手の誰それが旅先で遭遇した不可思議な出来事を筆者が聞き記す、つまり昨今なら「実話怪談」に類する短篇集。
「実話怪談」としては、なにぶん古さが否めないが、「奇ッ怪な出来事が起こり、あとからそれにかかわる人物がその時間に亡くなったことが知れた」など、現在でもよく聞く怪談が少なくない。
ちなみに伝聞がもととなっているぶん、怪異と直面した死者の数は当節の「実話怪談」本よりよほど多いかもしれない。

怪談としての内容以上に不思議なのは、綺堂の文章が大正、昭和初期、つまり現在から100年ほど昔に書かれたものにもかかわらず平明かつ円滑、早い話が読みやすい。
ごく一部(「出来(しゅったい)」や「結句」など)を除き用語熟語も今とさほど変わらず、なにより語り手、書き手の細かい心理の流れが時代を越えて違和感がない。それが心地よい。

一つ、巻の中盤に「狸尼」という短篇があり、これについては少し疑義というか別解を書いておきたい。

これは修行の旅の途上、通りがかりの村の石地蔵に突然言い知れぬ信仰心を抱き、その村に住み着くことになった尼が、その石地蔵の足元で死んで発見された。その尼が犬を極端に嫌っていたこと、石地蔵にしがみついて泣いているところをたびたび見うけられたこと、などのことから「狸尼」でないかと噂された、という話である。
語り手の医師は彼女を一種の色情狂患者と断じ、犬を嫌うのはかつて犬に噛まれたせい、死んだのも犬に驚くかどうかして心臓が破れたか頭を打って脳震盪を起こしたのではないか、尼の墓を掘った狸が犬に噛み殺されたのもまあ関係なかろう、と、身も蓋もない解釈の連発で話は閉じる。

しかし、、、
まったく確証もない憶測に過ぎないが、この尼にはかつて愛しい子があったのではないか。若くして仏門に入ったのはその子を亡くしたため。子が亡くなったのは野犬かなにかに噛まれたため(尼の脛にも犬に噛まれた跡があった)、石地蔵に惹かれたのはその面影が子の姿に似ていたため。
・・・よくある話なのは重々承知だが、「お宗旨ぐるい」「色情狂患者」(いずれも本文より)と語り継がれるよりは尼も穏やかに成仏できるのではないかと思う。囲炉裏しゅうしゅう、囲炉裏ぱちぱち。

2026/03/02

『一次元の挿し木』 松下龍之介 / 宝島社文庫

Photo_20260302191701 感じたことをバラバラっと書く。

『一次元の挿し木』という魅力的なタイトルの文庫の帯の惹句によると、本書は

第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作

銭湯の「ここではきものをぬぐ」とよく似た構文ではある。
「ここで履物を脱ぐ」なのか、「ここでは着物を脱ぐ」なのか。

実のところ巻末の解説によれば惜しくも「大賞」は逃し「文庫グランプリ受賞作」となったらしい本作だが、それでもたいへんに売れているようでけっこうなことだ。
あちこちの書店に平積みを見掛けたので、売れているのは間違いないと思う。
紙の本のパッとしないこの時代、素晴らしいことだ。

では、ネタバレにならない程度にストーリーを見てみよう(すごいよ)。
文庫カバーの紹介文は以下のようなものだ。

「ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果を担当教授の石見崎に相談しようとした矢先、石見崎は何物かに殺害された。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室から古人骨も盗まれた。(以下略)」

この大風呂敷を、作者は伏線含めて強引に畳んでみせる。天晴れだ。

ただ・・・この違和感の砂粒は何だろう。
山のような「偶然」やハイパーテクノロジーの魔法はこの手のエンタメ作品のお約束、ご愛敬だからさておくとして、

かつて、ミステリを語ろう、書こう、できればプロになりたい、と志す、たとえば大学のミステリ研究会のようなところでは、おそらく、コナン・ドイルはもちろん、クイーンやヴァン・ダイン、クロフツ、あるいはクリスティのあのあたりの特殊な作品などが必読書であったに違いない。それとは別にチャンドラーや乱歩を旗幟に掲げる者もいただろう。
それらの書物は始祖であり、聖書であり、手本だったはずだ。それらに焦がれて書かれた数々のミステリ作品は、また、その後継者の手本となっていったことだろう。

しかし、『一次元の挿し木』にそうした系譜の気配はない。
謎があり、事件があり、主人公がそれを追うという枠組みは似ているが、こまごました「縛り」が違う。

では、ヒマラヤ山中、標高五千メートルの地に実在するという「ループクンド湖」、異なる時代の、膨大な遺骨が残されたこの湖の謎についてなんらかの新たな推察が提示されるかといえば、そういうわけでもない。
つまり『一次元の挿し木』は小松左京や山田正紀、ホーガンらの末裔でもない、ようなのだ。
(70年代の日本SFを読みなれた者なら、文庫カバーの紹介文から本書のプロットのおおむねは予測できてしまうかもしれない。)

まあ、『一次元の挿し木』が、マンガ、アニメ、ゲーム、あるいはそれ以外・・・いかなる系譜の「挿し木」なのかはよくわからないが、登場人物が自在に動くならそれでよい。この作者の次回作も、きっと楽しく読まれるに違いない。

おまけ。
強酸や強アルカリで人体を溶かすのは不可能ではないだろうが、ある程度溶かすと薄まるため相当量の薬液が必要となること、あるいは容器をどうするか、廃液をどうするか、などなど、いろいろ問題があって、骨だけきれいに残すのは簡単ではないように思う。



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