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2025年8月の6件の記事

2025/08/28

真夏のホラー特集 その6 『耳袋秘帖 南町奉行と百物語』 風野真知雄 / 文春文庫

Image1_20250828165101 ホラーという枠組みからはちょっと外れるが、続いてはこれを。

風野真知雄の『耳袋秘帖』シリーズというのは、江戸時代に書き残された雑話集『耳嚢』の著者、南町奉行根岸鎮衛を主人公に、怪談の謎解き、お江戸の悪党狩り、下町の人情噺などを盛り込んだ(強いてジャンルを唱えれば)捕物帖。

だいわ文庫に始まり、文春文庫に移った初期の10冊から20冊くらいまでは『耳嚢』の記載された怪異の謎解きと捕物帖を重ね合わせ、そこに江戸情緒や人情噺を加えた重厚かつ絶妙な物語だったのだが、最近は『耳嚢』も人情噺もすっとばした南町奉行とその部下たちの活躍の1.5倍早送りモードといったライト時代劇になり果てた。
(根岸の前に現れ事件解決への糸口を与える根岸の亡き妻おたか、深川の船宿ちくりんで根岸を待つ芸者の力丸、根岸家家臣の坂巻と彼が思いを寄せる元盗賊のおゆうなど、いずれも最近すっかりお見限りだ。)

率直に言って、最近のとくに『南町奉行と・・・』と題された数冊のどれかを読んで、最初の1巻に遡って全巻読みたい!と考える読み手はそうはいないのではないか。

・・・ただ、すっかり妙味も薄れ、新刊の出るたびにパラパラと流す「耳袋秘帖」ではあるが、こうして新しい1冊を読み終わってみるとやはり面白い。

今回は本作では松平定信が開いた百物語、その当日に起こった事件を根岸らが解決する。

見事なのは、その百物語に参加した者が語る短い怪談を、根岸が次々と喝破してみせるそのことである。さすがに百話とはいかないが、主たる殺人事件とはあまり関係のない怪談を無造作に提供し、さらにその謎解きをすらすらしてのける作者の手腕はなんというか一種・・・羨ましい。

「耳袋秘帖」シリーズというのは、シリーズのタイトルを冠した何十という事件を扱う文庫それぞれに短篇数篇にあたる小話が内包され、さらにその小話それぞれに怪談とその謎解きが織り込まれているのだ。

なんというサービス精神。書かれたものは最初の1巻から始まる百物語であり、作家当人が化け物なのである。

2025/08/22

真夏のホラー特集 その5 『英国幽霊屋敷譚傑作集』 コナン・ドイル、ラング他 夏来健次 編訳 / 創元推理文庫

Image2_20250822172301 シックでアンティークの香り豊かな怪奇小説や推理小説の翻訳・集成で知られる夏来健次によるアンソロジー、『英国クリスマス幽霊譚傑作集』、『ロンドン幽霊譚傑作集』に続くヴィクトリア朝怪談集の3冊め。

いずれも起承転結のしっかりした、じっくり出汁の滲みた幽霊譚が並んでいる。
「雷鳴のもと、目の前に突然巨大な」「逃げても逃げても」といった当節ホラー映画風の嚇かしに頼らない、じんわり重厚な風味が心地よい。

今回の『英国幽霊屋敷譚傑作集』、1冊の本として面白いのは、収録短篇がいずれも小さな対決パッケージに分けられていること。

たとえば巻頭の2作はエマ・ホワイトヘッド、マーガレット・ヴァーンという女流作家2人による「幽霊屋敷」対決。
いずれも凶暴邪悪な亡霊でなく、失われたものへの哀切な思いが背景にたゆたう。好編。

続いてやはり女流のシャーロット・リデル、マーガレット・オリファントによる「開いた扉」競作(もちろん競作といっても意図してそうなったものではない)。
一種、主人公による謎解き挑戦ホラーだが、そのターゲットが古い屋敷の、閉めても閉めても開いてしまう扉というのが面白い。

ウィリアム・マッドフォード「ブレイクスリー屋敷の幽霊談義」、アンドルー・ラング「奇談の屋敷」はいずれも登場人物が幽霊談義をしていくとやがて、、、というもの。
つまらないわけではないが、こういうのは、連作短篇集として1冊にまとめられ、最後の一篇で暴走してなんぼ、という気もしないでもない。

その他、J・E・プレストン・マドックという作家による幽霊屋敷譚2作、幽霊登場には個別の怨みによるものとただただ理不尽なものがある、という(つまるところノンセクション?)チャールズ・オリア、ダドリー・コステロ、フランシス・ブラウンの3作家による幽霊屋敷譚3篇。

最後の組みは「異色競作/無名作家と巨匠」というタイトルで未詳作家チャールズ・F・F・ウッズ「岩礁の幽霊灯台」、対するにアーサー・コナン・ドイルの「ゴアソープ屋敷の幽霊選び」とあるが、これはどうやらドイルを載せるための適当な言い訳か。別にこの2作に競作といえるほどの要素はない。

さてその巻末のドイルの作品だが、、、「珍しいお土産」をどうもというか、、、なんでこうイギリス人のユーモアって奴あ。

2025/08/14

真夏のホラー特集 その4 『日めくり怪談』

Image3_20250814174501 『日めくり怪談』 吉田悠軌 / 集英社文庫

以前、松岡修造の日めくりカレンダーが売れに売れたことがあったが、そのホラー版である(違う)。

吉田悠軌は『一行怪談』、『禁足地巡礼』、竹書房の『恐怖実話』シリーズなど、地名や建物に紐づいた実話系の怪談と、巧みな言葉運びと省略テクニックを駆使した創作怪談、その両輪車を自在に活用して我が家の本棚を侵食しつつある気鋭の怪談作家の一人である。

最近文庫化された『日めくり怪談』は7月1日から8月31日にかけて、1日1話、3~4ページの創作系怪談を配列したもの。
全体に、もうひとひねり加えるとさらにヒリヒリ怖くなりそうなものを意図的にその直前でナイフを収めているような印象。
茫洋と取り残される、そんな印象の怪談に妙味がある。淡々と終わる話のほうが怖い。巧い。

ちょっとよくわからないのは、単行本の発行は2019年7月、文庫は2025年6月発行。
ところが巻頭の日めくり、「7月1日」は「水曜日」、巻末の「8月31日」は「月曜日」とあり、どちらも発行年にそぐわない。

さらに、この日付の欄にはさまざまなアイキャッチが置かれ、そこに日めくり暦に書かれているような短い標語のようなもの(「米をとぐ手がつかまれる」「海藻まみれの女が訪ねてくる」「枕をちぎると耳だらけ」「卵の中から母親の声がする」など)が書かれているのだが、それに続くショート怪談にはその標語はあまり関係ない。

加えてないものねだりをするなら7月7日の七夕、17日の祇園祭山鉾巡行、8月6日、9日の原爆記念日、15日の終戦記念日など、日付けに怪談を結び付けられそうな日はいくつもあるのに、そこはスルーしているため、そもそも何のために「日めくり」かということになる。

とはいえ、7月の自分の誕生日の怪談はなかなか薄気味悪い話だったので、ああいやだいやだと読み返しては喜んでいる。

そうそう、この本のもう一つの工夫として、ページの地に文字に重ねて、ときどき波や影の点画が描かれていること。どこそこに手のあとが、というお話のページに子どもの手のあとがペタペタ描かれている、など。
ある作品のところで、ある(怪異ではない)実体験を想起させる線が描かれており、思わず悲鳴を上げた。ごめんなさい、許してください。

2025/08/13

真夏のホラー特集 その3 『幽霊物件案内』『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』

Image5 『幽霊物件案内』 小池壮彦 / 文春文庫

毎年竹書房から山のように発行される怪談文庫。あれはあれでもちろん嫌いではないが(訂正、大好きです、すみません)、あれら実話怪談が青春フォークから歌謡曲だとするなら──小池壮彦の『幽霊物件案内』はハードロック、ヘビーメタルであろうか。少なくともドラムやベース、つまりリズムパートの迫力が違う。

「怪しい物件」について書かれた冊子は古くからあり、あれこれ手にしてきた。さらに箱組みとして、知人から話を集めてまとめるという「実話怪談」の仕組みは本書においてもそう変わるわけではない。それでも『幽霊物件案内』が「ガチ」に感じられる理由は、根っこのところにドキュメンタリーの作法を感じるためだ。要するに、「行けるものなら行く」「泊まれるものなら泊まる」という前のめりな姿勢がある。覚悟がある。デスボーイス。

「出る」という話を聞いて、書いて、それで終わりにするつもりなど最初からない。「出る」が噂になるなら、「何が」出るのか、「なぜ」出るのか。
知り合いの知り合いから聞いたどこからのホテルの話、ではなく、この本の著者は少なくとも現地の住所、部屋番号を知っている。知らずに書けようか。

そのくせ面白いことに、著者の基本的スタンスは「そんなことあるはずがない」なのである。
それなのに、いや、それだからこそ、それは「ある」。隣にも。後ろにも。天井にも、ベッドの下にも。

おまけ。
この『幽霊物件案内』の単行本を担当した「編集の三津田さん」というのが、ホラー作家の三津田信三だというのが愉快。
三津田信三は読むのがしんどくて凄く好きな作家というわけではないが(失礼)、一種尊敬は感じている。編集業務を経験したと聞くとその密度の高い作風の理由がわかるような気がしないでもない。

さらにおまけ。
先ほど気がついたのだが、ちくま文庫の『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』(朝宮運河編)というホラーアンソロジーでは、この小池壮彦と三津田信三の作品が2作並んで掲載されているようだ。詳しくはリンク先をご参照ください。

Image4 『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』 三津田信三 / 角川ホラー文庫

その三津田信三の連作短篇集。「亡者」は「ぼうもん」と読むようだ。

帯の惹句によれば「刀城言耶の助手×拝み屋の祖母を持つ女子学生が怪異と謎に挑む!」とのことだが、申し訳ない、スピンもとの刀城言耶を読んでいないのでそのあたりはよくわからない。

作家・探偵として知られる刀城言耶の助手の天弓馬人は怪異民族学研究室に(おそらくただ一人)所属しながら怖い話が苦手で、女子学生の瞳星愛の持ち込む怪異に及び腰。今日も今日とて・・・
という、お話。

要は、ホラーとその謎解きをセットにした、コメディである。
と、どうなるかといえば。各短篇、前半の怪異味は曖昧で、さらにそれが後半の謎解きのために取り消される。ギャグも含めていろいろ互いに打ち消し合うことになってしまっていないか。スピンスピンスピン。

こういうのは(吹き出しでなく)地に「ぐっ」とか「ふへぇ」とか描かれてギャグとシリアスが混在しても気にならない女性向けコミックにお任せしたほうがと思うのだがさてどうだろう。最後のオチがオチだけに。ヘーアーヘブン。

2025/08/11

真夏のホラー特集 その2 『秋雨物語』『梅雨物語』『怪談狩り 逆さ煙突』

Image7 『秋雨物語』『梅雨物語』 貴志祐介 / 角川ホラー文庫

貴志祐介が上田秋成の『雨月物語』を頭の正面、斜め上に意識しつつ中・短篇集を編んだ。
ホラー、ミステリ、SF、それぞれの亜空間を自在に飛翔しつつ、博覧強記の知識引き出し、かき回し、またまき散らす。

これはいったい何の話なのかー、といぶかっているうちに驚愕の結末にいたる『秋雨物語』巻頭の「餓鬼の田」、「フーグ」に始まり、百科全書的な語りの上にこぼれ出る『梅雨物語』の「皐月闇」、「ぼくとう奇譚」、「くさびら」3編。

ことに若者の俳句の評価合戦から忘れられた真実がひた重く暴かれる「皐月闇」が凄い。こんなものは、見たことがない。
最後の「くさびら」にいたっては、ここまでキノコ尽くしにすることはなかったのではサルマタケサルマタケ。

この2冊に難点があるとすれば、中・短篇の中に膨大な情報やテクニックが押し込められ過ぎたがゆえに自分が何を読んだのかよくわからくなってしまうことだろうか。
読み終えたそのときから鼻や耳から内容がこぼれ落ちてしまう。した、した、した・・・。

Image6 『怪談狩り 逆さ煙突』 中山市郎 / 角川ホラー文庫

新耳袋』シリーズにおいて木原浩勝とともに従来の「幽霊」「妖怪」路線とは一線異なる日常の怪奇を取り上げ、怪談界隈を文字通り仰天させた中山市郎だが、この『怪談狩り』シリーズではオーソドックスな実話怪談の収集に落ちついている。

いくつか、河童やキツネのしわざ、という話まであり、さすがにそれはどうなのか。
人の死を予感した話や廃墟に霊らしきものが現れる話も今さらもはやいかがなものか。

ただ、「創作」ならそれは問題だが、市井の声を集めたものとするなら、それはもしかしたら「そうなのかもしれない」。

だから、湖畔に白い女が立とうが、キツネが走ろうが、僕たちはそれを読んで繰り返しほんの少しキモを冷やす。
たびたびではないにしても、人生のとなりに、ソレはいるんだし。

真夏のホラー特集 その1 『営繕かるかや怪異譚 その参』『怪談小説という名の小説怪談』

雨上がりの7月の早朝が好き──などという長年の思いを嬲るように、今年は6月からずっと夏で、7月、8月とさらに夏だ。きっと9月、10月も夏に違いない。

夏といえばホラー、足首をくいっと掴み、背中をずるずると這うホラーですわ。ということでポツポツと文庫ホラーを読んでいる。
いずれも楽しい。美しい。心が洗われるようだ(←表現としては少し間違っているような気もする)。

以下、順不同。敬称略。いくわよ。追ってきなさいひろみ。

Image9 『営繕かるかや怪異譚 その参』 小野不由美 / 角川文庫

(個人的な話だが)少し前に、古い土壁から現れる血まみれの女の幽霊が立体でなく平面なので、家族4人、幽霊に垂直になる角度で食事しくつろぎ布団を敷くと幽霊を見ずにすむようになった──そんな怪談を思いついたことがある。もちろん、この家族4人それぞれにその後どんな悲惨な末期を迎えさせるか、それをあれこれ考えるのが楽しいのだが。ふひひ。

かるかや』シリーズの作者、小野不由美はご安心、そのような意地悪はしない。
城のある町、さまざまな家屋。その家で起こる怪異は心底怖い。建物に、壁に、箪笥に、怪異がしがらむ。救いがない。
そこに営繕屋・尾端が招かれ、くるりと頭を振るう。
すると・・・最後の1ページ、そこまでの真正ホラーが突然すとんと落とし噺になる。
けたけたと暮れの空に笑みを沁みつける、作者後ろ向きの着物姿が見えるような快作揃い。

ふと思う。
夫の骨』や『ぞぞのむこ』、『拝み屋怪談』らの怪異に営繕屋・尾端が向かうと、どうなる。
どちらが勝つと思う? ね、あなた。

Image8『怪談小説という名の小説怪談』 澤村伊智 / 新潮文庫

シャープな創作怪談集。

小説家自身が巻き込まれる巻頭の「高速怪談」、なるほどこの奇妙なタイトルの1冊はその手の趣向、かと思いきや、続く「笛を吹く家」は独立したホラー。と油断したら「苦々陀の仮面」や「枯れ井戸の声」、「怪談怪談」はやはり作品内作品、いわゆる“メタ構造”の怪談で。

つまり、読み手は「怪談」を怖がると同時にその「怪談」が「小説」として書き手にどう書かれたかに動揺し、怯える。
しかも、作品内怪談も、その怪談を内包する外枠の怪談も、いずれも切れ味がいい。巧い。

『怪談小説という名の小説怪談』という頓狂なタイトル、これは本書巻末の大森望の解説にもあるとおり往年の大家、都筑道夫の『怪奇小説という題名の怪奇小説』という書物からとったものだが、都筑の本に言及するならそれと同時期によく似た内容で発表された小松左京の『題未定』も併せて説明がほしかった。
これはその2作がほぼ同時に発表されたことについて長年首をひねりっぱなしの烏丸の個人的な要望です。
なんだったんだろう、あれは。

なにはともあれ夏のホラー特集、「まだまだいくよー!」(by BABYMETAL 'Catch me if you can')

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