『幽霊の書』 ジャン・レイ、秋山和夫 訳 / 国書刊行会
『偏愛蔵書室』に取り上げられていた一冊。
諏訪哲史による本書の紹介文にかのローデンバック『死都ブリュージュ』が触れられており、同書に近しい読み香が得られるかも!と古書サイトから取り寄せてみた。
結論から言うと『死都ブリュージュ』、さらにクノップフ描く「見捨てられた町」ともあまり縁のない作風、むしろ収められた短篇のいくつかは幽霊を題材としつつも因果応報のドタバタに終始する奇譚、寓話の類で、しんと背後の冷えるような怪異譚は期待すべくもなかった。
巻頭の「私の幽霊(赤いスカーフの男)」はじめ、作者は「これは作り話ではない」と自身の経験、ないし親しい者から聞いた話であることを強調するのだが、その分、舞台や登場人物についての説明が回りくどく、読みづらい。
「マーシャル・グローブの話」にいたっては、作者自身が展開のくどさを作中であれこれ言い訳しているほどだ。
さらに、主人公が謎の動物に姿を変えて失踪する話や、叔父がなんと死神だった話、12人の若者が13人になって「そして誰もいなくなった」話など、恐怖小説、怪談というよりはお化けの出てくる落とし噺とみなすほうが妥当かもしれない。
そんな中、怪談として「従弟パスルゥ」は秀逸。
ターミネーターのごとく執拗な怨霊に従弟パコーム・パスルゥが復讐される、それだけならともかく、美味しい食事ばかりが楽しみな人の好い主人公ジョー・ジェレールまで巻き添えくらってあんなことになろうとは。
もう一篇、「通り」、これは『偏愛蔵書室』でも話題にされていたが、これは時代を越えて読まれるべき作品かもしれない。
なんでもない日常の中、そこを通ることに理由なき恐れのわくさまざまな「通り」を扱うもので、日本でいえば、土地に対して地鎮祭が必要、とか、そういった感覚だろうか。
菓子店に入ると「日本風の呼鈴の音が切れ切れに鳴って」とあるのも楽しい。
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さて、ここからは、烏丸のシュミのお時間。
この『幽霊の書』という「本」は、どこか、おかしい。微妙にタガが外れているのだ。
本や雑誌の編集用語で「ノンブル」「柱」というのをご存知だろうか。
「ノンブル」はページ数、「柱」は書名、章名などを記したもので、いずれもページの余白に置く。
縦書きの文庫でなら、見開き右ページの右下に偶数の「ノンブル」、左ページ左下に奇数の「ノンブル」、左ページ左上に作品名などの「柱」、といったあんばい。
ところが『幽霊の書』では、下の画像のとおり、左右の「ノンブル」を左ページ右下に「51|50」と列記、右ページ左下に短篇タイトルの「シュークルート」という「柱」を配置している(画像をクリックすると大きくして見ることができます)。
珍しいパターンではあるが、これはこれでオシャレで悪くない。合理性はともかく、「ノンブル」も「柱」も、あれば便利、余白のどこかにあればよい、程度の存在なのだから。
問題は・・・次の画像は本書の目次ページ。
上の画像で「シュークルート」に続き51ページから始まる短篇「ヴォールミュート氏とフランツ・ベンシュネーダー」のタイトルが・・・ない。
まだまだある。次の画像は143ページ、「従弟パスルゥ」の一部。なんだこれ。
この後のページでも、パスルゥ君は「従弟」になったり「従第」になったり大忙しだ。
さて、上記のような誤植の類はさておき、『幽霊の書』で一番の不満は、本文以外、この作品についての資料が何一つない、そのことだ。
訳の秋山和夫氏は、巻末の「ジャン・レイについて」という解説でジャン・レイの人となり、代表作について16ページにわたり熱く語る。
しかし、「本書はベルギーの作家ジャン・レイJean Rayの短篇集『幽霊の書』Le livre des fantomésの全訳である」と書き起こすのを最後に、肝心の『幽霊の書』にはそれっきり戻ってこない。
主な代表作についてはその収録作の一つひとつまであらすじ、あらましを説明する、その丁寧さの一方で、ついに『幽霊の書』が作者何歳の作品で、どのように書かれ、どのように発表されたか等々は何一つ明らかにされないのだ。
ジャン・レイは1964年まで生きていたそうだから、1979年発行の『幽霊の書』にはCopyright表記だって必要だったと推察するが、それもない。
ハードカバーできっちりかっちり刊行されていながら、情報においてまるで幽霊のよう。それがこの『幽霊の書』なのである。
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