『偏愛蔵書室』 諏訪哲史 / 河出文庫
そもそも名のりが「書評」ですらない。いわく、「文学批評」、「言語芸術論」である。
1冊め、ホフマンスタールの文庫にして20ページに満たない短篇「チャンドス卿の手紙」をして、
思えば小説家としての僕の、あらゆる意味で啓示的な思考の核であり、霊的な源であり、言語的な宿痾ともいうべき病の胚胎、(後略)
要するに言葉の使用(濫用)に倦み疲れた一人の作家が、言語に致命的な疑義を抱き、ついにすべての言語活動を放擲するに至った理由、その真摯な弁明であり(中略)、切実すぎる言語的懊悩、その内的独白である。
と紹介する、たかが3ページに赤錆びた周航船一艘の重みである。
そしてその重みが容積に勝る場合があることが2冊めの梶井基次郎『檸檬』で語られる。
著者にとっての古今東西もっとも優れた文学、プルーストの『失われた時を求めて』に拮抗しうる作品として、著者はこの「檸檬」をあげる。
等々、ページをめくるにリルケ、ボルヘス、島尾敏雄、ピアス、ジュネ、シュルツ、中井英夫・・・
著者は「小説は、物語と詩(詩性)と批評からなる」という定義を繰り返し、その刃であらゆる作品を野に街に刻んでいく。
広く読みまくるということではかの「狐の書評」があるが、あらゆる書物に柔軟に身を任せる狐に比べ、諏訪哲史は自ら許す文体以外を許さず、それ以外を取り上げるおのれを許さない。
圧巻は「もっと無名の隠れた文学をこそ紹介してほしい」との読者からの要望に応えたソログープの「かくれんぼ」から秋山正美『葬儀のあとの寝室』までの24冊で、岩波文庫で手に入るソログープなどはともかく、大半は古書サイトでもヒットしないか、ヒットしても何万円もする稀覯書の類で、これはもはやただ羨ましく涎たらしてページを繰るしかない。真の意地悪とはこのことをいう。
読み手が、「ああ、この作品を読んでみたい、いや、これも。また、これも」とAmazonや「日本の古本屋」にカーソルを運んでも得られない読書体験。
なんという豪奢にして残酷な本だろう。
(暗転)
ただ、鬱蒼、精緻な言語芸術論を心掛ける1冊だけに、読み手側の欲も深い。呵々。
コミックを取り上げるに林静一『赤色エレジー』、日野日出志『赤い蛇』、徳南晴一郎『怪談 人間時計』、丸尾末広『薔薇色ノ怪物』・・・この嗜好はどうだろう、青林堂界隈とでもいうか、ぶっちゃけちゃぶ台類型的、ステレオタイプで、この著者ならもっと意外なコミック作品に「文体」を読み込み、その意味、意図を明らかにしてほしかったように思う。
Wikipediaによれば
谷川渥は『偏愛蔵書室』について、「批評家」諏訪哲史の面目躍如、と評した(図書新聞2015年1月10日付)
とのことだが、「言語芸術論」ではあっても「批評」としては若干疑問が残る。
意図的ではあったのかもしれないが、実は取り上げられた100作家、100作品について、著者は限界、問題点を指摘することがない。基本的にこれこれの意味で稀有な作品だとほめちぎってオシマイ、なのである。
著者の「言語芸術」の理想は、おおよそ象徴主義から意識の流れ、その界隈にあるようだが、この作家をほめておいて、一方同じ1冊の中でこの作品もほめる、それはどうなのだろう、と気になるところもある。ヴァージニア・ウルフはじめ、いかにも出てきそうな女流作家が含まれていないのも気になる。
同じことは、著者の名のりにも感じる。
「諏訪哲史」というのが本名かペンネームかは不勉強にして存じ上げないが、この読書傾向であるなら、違う名を名のるべきではなかったろうか。三島由紀夫、江戸川乱歩、澁澤龍彦、種村季弘。あざらかな外連味、あざとさ、ペダンティック、腐臭、アクロバティック。哲学を学んだから「哲史」では著者の求める「文体論」のハードルに至っていないのではないか。
同じ呑気さは著書名にも表れている。倉橋由美子のかの名著『偏愛文学館』の名をもじって継ぐなら、100冊の中に倉橋を取り上げるべきだった。いかにもそれが似合いの作家だけに。
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