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2025年1月の3件の記事

2025/01/23

乱評 『最後のレストラン【ダンテ】』(第1巻) 藤栄道彦 / 新潮社 BUNCH COMICS

Photo_20250123173901 長いこと使っていれば歯の根元に膿が溜まることもある。
漫画家だって同じ作品を続けていればペンの付け根にタコができる、膿が溜まる。
人気連載のあとに「なぜこんな」と首を傾げたくなる微妙な作品、ぎしぎしアンバランスな作品が発表され、すぐに打ち切られて忘れられていくのはそういうことなのではないか。
もちろん、プロ中のプロたる漫画家ならそんな作品を描いたことなどおくびにも出さず、勇躍、新たな人気連載を開始する。

・・・藤栄道彦の心持ちなど、わかるわけがない。
わかるわけなどないが、この作品は長年『最後のレストラン』を連載していた藤栄の、セルフメディケーションな踏み外しか、と思う。

そうでなければ──歴史上の人物が次々とレストランを訪れて最後の食事をする、という前作の設定をそのままいかすのはまだしも──シェフの貌を前作から流用し、さらに主人公に「小さい頃お母さんが自殺未遂で家に放火し」その結果、全身に大きなヤケドのあとが目立つ、そういう少女を配する意図がよくわからない。彼女を慰めるに美醜の感性を失わせ、あげく車に轢かれた猫の死体を素手でビチャビチャと・・・

こういう作者のパーソナルな作品について、どうこう評してもしょうがない。
痛みは痛みとして飲み込み、夕まぐれに波が静まるのを待つばかりだ。

2025/01/20

コレクターズ 『諸星大二郎短篇集 彼方へ』 講談社 ワイドKC

Photo_20250120173401 表紙回りにも奥付にも価格記載のないこの恐ろしい短篇集(Amazonでは1,980円でした)には、たとえば諸星大二郎の代表作の1つ、『MUD MEN』の後日談が収録されている。
その作品「追跡ルポ 波子を捜して」は、そもそももともとまとまりがよいとは言い難い『MUD MEN』の一篇として悪いというわけではないが、それでも、少なくとも諸星大二郎にさほど詳しくない方なら『MUD MEN』のまとまった単行本を読むのが先だろう。

その他の作品にしても、『諸星大二郎特選集』の各巻に収録されたもの、『新装版 栞と紙魚子』の各巻に収録されたもの、『諸星大二郎スペシャルセレクション』の各巻に収録されたもの・・・など、いわば一部の選集に付録的に収録された作品をさらにかき集めてまとめた、それが本書である。
それらは、申し訳ないが、『栞と紙魚子』や『碁娘伝』、『BOX ~箱の中に何かいる~』等、かつての代表作の本編を上回るものとは言い難い。
また、諸星大二郎の作品を単行本からでなく選集や文庫で読み始めた方からすると、一部は読んだことがある、というアンバランスなことにもなりかねない。

つまるところ、『諸星大二郎短篇集 彼方へ』はコレクターズアイテムに過ぎない。
諸星大二郎の単行本、文庫本、選集本にそれなりに時間と労力と財産を費やしてきた者のための「旅行用手さげ鞄」(デュシャン)のようなものと考えるべきだろう。

逆に、そのようにはっきり見切りをつけてしまえば、「ある夜の対局」や「鳥人の森」、「神宮智恵子のハロウィン」などは諸星大二郎ならではの読み応え、、、

、、、いや、妥協は譲歩、折衷案。

諸星大二郎フリークなら満足せず、新作を待つべし祈るべし。
テケリ・リ!
テケリ・リ!

2025/01/01

恭賀新年

2024年某月某日、都内某会議場にて世界干支(えと)委員会各国代表による会合が秘密裡に開かれた。
この多様性の時代に干支が一部の動物に占有されてきたのは問題ではないか、ことに年賀状のネタにしづらいヘビをこのままにしておいてよいものか、と12年ぶりの大論争勃発。
「ネコをおいて吾輩は草枕」
「人気ならパンダ、パンダですのよ」
「人気ならコアラのマーチ」
「時代は働き方改革、ナマケモノこそ最先端」
「タイガーがあって象印がないのが問題ジャー」
「タイガースがあってライオンズがないのも」
「待て待てドラゴンがいるならゴジラだって」
「ゴジラの記録上回る大谷翔平」
「あれは十二支じゃなくて50+50」
「毎年下位3干支は二部リーグと入れ替え戦」
「サンショウウオは悲しんだ」
「サカナがいないのってギョギョギョ!」
喧々諤々尽きぬ議論、そこに届く1枚の通達書。
「皆さん、2025年はヘビ年、ヘビ年で継続となりました」
なぜ、なんで、と怒号吹き荒れる会場、しかし、議長一喝
「長いモノには巻かれろ」

風雲急を告げる令和干支騒乱、続きは次回、乞うご期待。
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