『五本指のけだもの W・F・ハーヴィー怪奇小説集』 ウィリアム・フライアー・ハーヴィー、横山茂雄 訳 / 国書刊行会
文句のつけようのない、実によく出来た短篇、というものがある。
たとえば、
芥川龍之介と中島敦、作家としてどっちが大物か、みたいなことを考えてみると、なんとなく芥川かなーと答えてしまう。
ところが中島の「山月記」「名人伝」などを読むと、芥川のどの作品より恐るべきキレがあってコクがあって、実は「言葉」と「世界」を語ってそこらの短篇より桁違いに深いのではないか・・・そんな気もしてしまう。
ホラー、怪談にもいろいろあって、傑作短篇集を何冊も組めるような怪奇小説の名手が古今東西何人もいる中、なにはともあれシャーリイ・ジャクスンの「くじ」とW・F・ハーヴィーの「炎天」、この2作は群を抜いてすごい、そう思う。
(ブルワー・リットンの「幽霊屋敷」やW・W・ジェイコブズの「猿の手」、F・マリオン・クローフォード「上段寝台」などももちろんすごいのはすごいのだが、「くじ」や「炎天」の神がかり的な存在感、無駄のなさと比べるとちょっと函が違うような気がする。)
今回紹介する『五本指のけだもの』は、その「炎天」で知られるイギリスの怪奇小説作家、ウィリアム・フライアー・ハーヴィーの短篇集。
「炎天」(原題“August Heat”)は、
「炎天」(平井呈一訳) 創元推理文庫『怪奇小説傑作集1 ブラックウッド他』収録
「八月の炎暑」(宮本朋子訳) 河出文庫『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談 憑かれた鏡』収録
「八月の暑さのなかで」(金原瑞人訳) 岩波少年文庫『八月の暑さのなかで ホラー短編集』収録
「炎暑」(横山茂雄訳) 国書刊行会『五本指のけだもの W・F・ハーヴィー怪奇小説集』(本書)収録
と、我が家の本棚だけでも探してみればこのようにいくつかタイトル、訳者をたがえて見つかる超のつく著名作。
語り手の絵描きの思い付きから何かが起こる直前の最後の1行まで、全編、真夏の熱波が覆い、悪夢のようで夢とすますことのできない、強烈な圧力が読み手の前に展開していく。
そのほか、今回の標題作「五本指のけだもの」など、いくつかの作品がすでに翻訳されてはきたが、今回の本が「本邦初の短篇集」とあることからも、ハーヴィー本人は「炎天」以外の作品ではさほど評価が高くなかったことが窺える。
しかし、本書収録作には、なんとも言えない気持ちの悪さを湛えた作品が少なくない。
それぞれの作品にいく人か怪しい人物が登場するが、その禍々しさの正体は最後まで説明されず、それによる害悪も明らかではない(語り手が怪しい事態に対して「馬鹿な」「そんなはずはない」と考えるとき、その対義は必ずしも「科学的説明」ではない)。
そんなふうに雰囲気(アトモスフェア)に主眼を置いたため、「炎天」を除くと大向こうにウケる、ということはなかったかもしれないが、逆に、実は我が国向きの作家だったのではないか、とも思う。
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