『寝煙草の危険』 マリアーナ・エンリケス、宮﨑真紀=訳 / 国書刊行会
あちらこちらに高評価あり、取り寄せて読んでみた。
なるほど、素晴らしい本だ。
まず、装丁がいい。国書刊行会、いい仕事をするなあ。
今どき贅沢なきっちりした紙函に雲形の窓、そこから表紙絵の一部が覗く。
取り出すと、こげ茶の地に銀箔の蛾。
その表紙が布ではない何かぬるぬるした素材で被われていて、昔どこかで読んだ死人の皮膚でこしらえた稀覯本の話など思い起こす。
もう、ここまでで、並々ならぬ時間の始まりが宣言されたようなものだ。
作者マリアーナ・エンリケスは1973年ブエノスアイレス生まれの作家・ジャーナリスト。本書の英訳はブッカー賞最終候補に選出され、カズオ・イシグロにも絶賛された、とのこと・・・。
ただ、「ゴシカルな超自然的モチーフを用いて、現実の恐怖や不安を鮮烈に生々しくあぶりだす作風から、<アルゼンチンのホラー・プリンセス><文学界のロック・スター>と称され」という評価にはほんの少し首を傾げたくなるところがある。
というのは、一冊を通して読んで、得られた印象はおよそ「ホラー」ではなかったからだ。
収録された12作の多くに、「幽霊」「呪術」といった素材が登場する、そのことは間違いない。
しかし、表題作「寝煙草の危険」をはじめ、いくつかの作品においては、(文体が一人称であれ三人称であれ)そこで描かれる「奇」「怪」「異」「妖」「淫」の大半は主人公の側にある。ホラー映画によくある「無垢な主人公が怪異に恐れおののく」、そんな単純な構図ではないのだ。
要は、ここに並んでいる短篇群は、「ホラー」であるよりも、格段に「文学」なのだ。
不気味な話、奇怪な話の中で、読み手が感じるのは「恐怖」ではない。その状況に対峙してぎりぎりまで逃げもせず状況を見つめる主人公、いや、その状況を自ら引き起こし、身中のその種を身悶えせんばかりに慈しむ主人公。
この立ち位置は実はそもそもの「文学」のあり方だったに違いない。
巻末近く、作品中で比較的長い(といっても70ページにも満たない)「戻ってくる子どもたち」は12作品中では珍しく主人公の女性に特異な要素が少なく、怪奇そのものは彼女が対峙する「外」にあって、つまり従来の「ホラー」に構造が近い。それゆえ、他の作品に比べてもその怪異や事象が「怖い」印象が強いのだが、それでも円グラフで色分けするならこの作品も主旋律は「恐怖」ではない、そんな気がする。
何かもっと荒々しく主人公を突き動かすもの、おそらく作者マリアーナ・エンリケスの底で暗くぐつぐつと煮えたぎっているもの、それが闇の向こうにほの赤く見えるように思われるのである。
その簡単には説明のつかない何かに突き動かされること、それが本書を読むことに違いない。
悲鳴など甘々しい。声が出る間は読んだうちに入らない。
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