とらえて離さない 『19世紀ロシア奇譚集』 高橋知之 編・訳 / 光文社古典新訳文庫
(編者による本書の「解説」でも引用されているが)ロシアの怪談・幻想小説の先駆的なアンソロジーで知られる原卓也氏は創元推理文庫『怪奇小説傑作集5』の「解説(ロシア編)」で
ところで、民話や民間伝説の中でこれほどさまざまの魔物や妖怪を生んだロシアにも、文学の分野では、いわゆる『恐怖小説』のジャンルに属すべき作品はきわめて少ない。
と語っているし、河出文庫の『ロシア怪談集』では編者の沼野充義氏が「編者あとがき」の冒頭を
──へえ、ロシアにも怪談があったとはねえ。普通、ロシア文学っていうと「リアリズム」と相場が決まっていますよね。
と対談形式で書き起こしている。
プーシキンの「スペードの女王」やゴーゴリの「外とう」で産湯をつかった身としては「そうなのか?」と違和感が強いが、専門家が言うのだから・・・
いや、しかし、沼野氏の『怪談集』の目次を見るとプーシキン、ゴーゴリ、A・K・トルストイ(『戦争と平和』のレフ・トルストイとは別人)、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、チェーホフ、ナボコフなど、錚々たる顔ぶれが並んでいる。この面々が少しずつであれ怪奇小説を残していて、それで怪奇小説不毛の地と蔑まれるとはこれ如何に。
(おそらく、ヴィクトリア朝前後のイギリスと比較しているのだろう。あそこは、ほら、ちょっと、特殊だから)
さて、今回発刊された『19世紀ロシア奇譚集』、上記のような事情によるものか、「怪談」でなく「奇譚」、また「本邦初訳」にこだわったのだろう、全体にやや窮屈な印象を感じた。
たとえば冒頭に置かれたA・K・トルストイ「アルテーミー・セミョーノヴィチ・ベルヴェンコーフスキー」、編者によると作家の「ユーモアの才が発揮された滑稽譚」で「一種のマッドサイエンティスト物としても読める」とのことだが、財産をすりつぶして動かない機械を作りまくる奇人が裸で散歩し、雄叫びをあげる話のどこがおかしいのだろう?
初訳でなくとも同じ作家の吸血鬼モノを一つ二つ交えておいたほうがよかったのでは・・・余計なお世話ですね、すみません。
まあ、この作品を含め、収録7作のうちいくつかは「奇譚」としか言いようのない「へんてこりん」な話であって、資料的価値はいざ知らず、これを21世紀の日本で読む意味ってなんだろう? と、そんな残念な方向に考えがいたるのは、要するに今一つつまらないということなのだろう。
もう一点、せっかくのロシア文学!なのに、フセヴォロド・ソフォヴィヨフ「どこから?」の冒頭の
私は家を出た。頭は重く、逃れる術もない憂鬱が胸を圧し、疼かせていた。
(中略)
濃い霧と都市特有の蒸気が一面に漂っている。
みたいなロシア文学おなじみの描写が少なく、半地下の下宿も、サモワールも出てこない!
いや、それでも、巻末に、少し長めのイワン・トゥルゲーネフ「クララ・ミーリチ──死後」が新訳で収録されているのはいい。
クララは死んで怨霊と化すが、実はこの作品が怖いのはそこではない。
彼女は、生きているうちから少し異常で、すでに十分に怖いのだ。
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