怪談の高み 『稲川怪談 昭和・平成傑作選』『稲川怪談 昭和・平成・令和 長編集』 稲川淳二 / 講談社文庫
学生の頃の、私の体験なんですけどね。
まだフジテレビの深夜放送に元気があった頃でしたよ。オールナイトフジっていう番組をやっていたんです。
近所に妹が住んでいて、その夜は私のアパートで一緒にそれを見ていたんです。
女子大生が大勢参加して、流行りもの紹介したり、ミニコンサートやったり、若手の芸人が出てコントやったり、それで女子大生がおバカなこと言ったらそれをからかったり。そんな番組だったんですけどね。
その夜は怪談トークの稲川淳二が出演してたんです。それで妹と怖い怖いと言いながら見てたんですけどね。
家族が死んで、埋葬したのに朝になるとまた家の蒲団に遺体が戻っていて、埋葬したのにまた朝になると戻っていて、しかたがないのでカメラを設置して写そう、ってけっこう怖い話だったんです。
次の日に、やっぱり蒲団に遺体が戻っていて、ってところで、
急にアパートの天井の蛍光灯が消えたんです。
(停電かな?)
と思ってテレビを見たら、テレビはちゃんと映っているんですよ。妹も横にいて、テレビ画面、じーっと見てんの。
で、稲川淳二が、遺体が戻ってくるその理由を明らかにするんですね。それが怖いんですよ、すごく。
これはやばい!と思ったら、妹もよっぽど怖かったのか、ギャーって悲鳴上げてドア開けて出て行くんだ。
カタカタッてサンダルの音がして、自分のアパートに帰っていくのがわかったんです。
おいおいと思ってこっちも道に出て追いかけていくと、通りの斜め向かい側にあるアパートの二階の妹の部屋、電気がついているんです。
でも、おかしいんですよ。よく考えたら、妹はその前の週から夏休みで田舎に帰っているはずだったんですね。
じゃあ、さっき、大声あげて部屋を出ていったのは誰だったんだろう。
もちろん、妹の部屋をノックしても返事はないし、電気も消えているんです。
あ、これはなんかまずい、と思って自分の部屋に戻ったら、ずっと前から誰もいなかったみたいに蛍光灯は消えてるし、テレビもついてないんですね。
でも、妹の飲んでたオレンジジュースの缶がこたつの上にあるんですよ。私、オレンジジュースは飲まないもの。
そういうことって、昭和の時代、そのあたりのアパートではけっこうあったんですよ。
・・・稲川怪談ふうに書き起こしてみました。
この、学生の頃に住んでいた木造アパートというのは、ちょっといわくつきというか、ご近所含めていろいろあったんですが、それはまたいずれかの話として、
『稲川怪談 昭和・平成傑作選』
『稲川怪談 昭和・平成・令和 長編集』
の2冊が講談社文庫から同時発売です。
ちなみに2冊目は「長編集」なんて書いてありますが、こちらも長くて20ページ程度の、短いお話が中心です。
短い怪談を取りまとめた本がブームになってずいぶんになります。それを語る怪談会も盛んなようです。
この怪談を楽しむ風習の先祖は歌舞伎なら「東海道四谷怪談」とか「播州皿屋敷」、あるいは三遊亭圓朝「怪談 牡丹灯籠」、また文化人の間で流行したっていう「百物語」あたりでしょうか。ただ、現在の実話怪談ブームの根っこのところにあるのは稲川淳二さんの怪談語りだったのではないかと思います。
ラジオやテレビ番組、そんなにしょっちゅう出ていた記憶はないんだけど、一度見ちゃうともう忘れられない、それで誰もが怪談といえば稲川淳二、と、そんなふうになった。
特徴は、知り合いの話なんだけど、という切り口から、ともかくどんどん先へ話が進む。因果応報とかその土地は昔、とかいった説明にあたる部分もなくはないけど、ともかく話が転がっていく。その話に乗せられて、聞き手は逃げようもなく怖い落としどころまで連れていかれてしまう──そんな感じです。
今回の2冊は、そんな稲川怪談の傑作集。いつもの調子、いつもの文体で、有名な話もいくつか(「生き人形」シリーズは入っていません)、逆に初めて読むものもいくつかありました。
意図的なのかどうか、『稲川怪談 昭和・平成傑作選』の前半はあまり怖くない、小噺のようなものがいくつか並んでいて、まあそれで安心させておいて、後半、そして2冊目にかけてだんだん怖い話が、といった構成になっています。
稲川怪談が気持ちがいいのは、怨念、地縛霊、みたいな話でも、霊が悪なんじゃなくて、そうなるのは気の毒なことがあったせいだ、という思いやりがどこかにある。また、怪談を語る人について、『稲川怪談 昭和・平成・令和 長編集』の「おわりに」に書かれた、
私がいなくなっても、誰かが語りついでくれて楽しんでもらえたらいいですね。私のことは忘れてしまっていいんです。噺が残っていれば、怪談は昔からみんなのものなんですから。
この「私のことは忘れてしまっていいんです」、これが稲川怪談の怖さと温かみの芯だと思います。
(おまけ)
今回、稲川淳二本を久しぶりに買ったわけですが、過去にも彼の怪談本は何度も買った記憶があります。
でも、なんとなく手放してしまうんですね。それは、彼が直接怪談を語るのに比べると、文字にしたものは今ひとつ、怖くないからです。
あの、ゆったりと状況を説明する人のよさそうな語り、そしていよいよ怪異が明らかになる、その際のあのヒヤッとする「間」、あれこそが稲川怪談を稲川怪談たらしめているのかな、とも思うんです。
だから、稲川怪談本は手放すのに、このCD5枚は手放せない。
これ、水天宮のコンビニで、食玩(ガム1個!)として売ってたんです。
仲間がいるところで何度か聞いて、、、
でも、もうずっと聞いていません。一人ではとても聞けない。
第5夜の1話、「海に潜む者」は、あの有名な「長い死体」(今回の『昭和・平成傑作選』にも収録)なんじゃないかと思うんですけど、怖くて確認できないんですね。
収録タイトルを列記して、雰囲気だけお伝えします。
第1夜
1話「真夜中のエレベーター」 4分35秒
2話「樹海からの誘い」 17分3秒
第2夜
1話「手のトンネル」 7分55秒
2話「最後のダイビング」 9分25秒
第3夜
1話「引越しの怪」 12分7秒
2話「声がきこえる」 7分28秒
第4夜
1話「魔界の踏切」 6分36秒
2話「死の旅館」 11分1秒
第5夜
1話「海に潜む者」 9分14秒
2話「つける足音」 3分40秒
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