巡りあひて 『紫式部と藤原道長』 倉本一宏 / 講談社現代新書
NHKの大河ドラマ「光る君へ」を毎週楽しく見ている。
楽しく、というのは、ドラマの評価としてはちょっと微妙なところがあって、たとえば少し前の「鎌倉殿の13人」なら、歴史ドラマとして「本当はこうではなかったのだろうが、それにしたってこれは凄い」とずっしりたっぷりのめり込む、そんなふうだったのに比べ、「光る君へ」は随所にあれこれ苦笑いが伴う、そういうことだ。
そもそも、紫式部の印象が違う。吉高由里子は女優として嫌いではないが、和歌も巧みなら漢籍にも詳しく世界に名だたる長編物語を残した、というどちらかといえばオタッキーなキャラクターには今のところ見えない。
藤原道長も、キャラは立っているし演技も達者だが、そもそも紫式部との関係がこうであったとは思えない。
散楽の直秀や宋の薬師周明などもとってつくった印象で設定そのものに無理を感じる。貴族と散楽座員が打毬するとか。
もっとも大石静の脚本に力がないとも言えず、道長の次兄道兼など、玉置玲央の演技もあってダークサイドと欲望と後悔という難しい立場を描ききって見事だった。
というわけで、我が家では、「光る君へ」はよくできたB級メロドラマとして「ここはこうなるのでは」「あああー、こうなってしまった」などと膝を抱えて楽しみつつ、たとえば定子が自ら落飾する日に吉高由里子とファーストサマーウイカが木の枝をかかげもって二条北宮に忍び込む場面など、家人と二人「大石~」とハモってしまう、そういった見方をしている。よき日曜日の宵であろう。
そんな愉快な(?)「光る君へ」の登場人物のなかで、個人的に気に入っているのがお笑いタレント秋山竜次扮する藤原実資(さねすけ)である。彼は宮中の出来事にいちいちなにかと「けしからん」「前例がござらん」とぼやきつつ日々日記にその憤りを書き綴る。
この日記は55年にわたって書き続けられ、のちに「小右記」という名で当時の日常生活、宮中の出来事の記録として重用されることになる。
さて、ようやく添付画像の本にたどり着けそうだ。
倉本一宏氏はこの大河ドラマ「光る君へ」の時代考証を担当された方で、摂関政治の歴史にたいそうお詳しい。
「光る君へ」というドラマに対しては、そのお仕事をほぼ投げたに近い印象ではあるが(まあ、脚本の大石静より、局の制作、プロデュース担当者を責めるべきなのだろう、なにしろ「まひろ」だ・・・)、本書では実資の「小右記」、道長の「御堂関白記」、そしてドラマでも史実どおり道長と天皇の間で調整役に苦労する藤原行成の「権記」を主に、紫式部、道長の時代をとことん原資料をもとに解説してくれる。
父為時とともに越前国府に向かう道のりは大変だったようだ、とか、その越前で紫式部がうたった和歌はいずれも京を懐かしむものばかり、など、史実とドラマの違いが詳細に語られるのも興味深い。
表紙カバーの「『源氏物語』がなければ道長の栄華もなかった!」というのは一条天皇と彰子の関係を深めるのに『源氏物語』が役立った、ということの一方、紫式部が長編を書き残すためには当時貴重だった和紙を入手できたのは(その紙の量を計算すれば)道長・彰子からの援助なくして果たせなかっただろう、したがって『源氏物語』が書かれた時期は・・・等々、倉本氏の実証主義が理系の域に達して実に読み応えがある。
テレビドラマとの大きな違いは、「光る君へ」では和歌のやり取りがあってもそれは紙をちらっと映すだけで読み上げも解説もないのに比べ、本書『紫式部と藤原道長』では要所要所で和歌を引用し、その背景、意味合いを丁寧に説明してくれているところだ。
合戦がない! とご不満の高齢の大河ファンには、和歌の解説があったほうがその蘊蓄を仕入れ、吐き出せる機会が得られて、よかったのではないか(まわりの家族にしたらいい迷惑だろうが)。
ちなみに道長の「この世をば~」の和歌も、実資の「小右記」によって後世に残されたが、その文によれば彰子の立后を祝う儀式の宴席で座興によんだものであり、道長の傲りたかぶった態度をあらわした、というほどのものでもないようである。
この実資は口うるさい存在ながらその学識、誠実さには道長も一目置いて、後年、70歳を過ぎてようやく従一位・右大臣にまで出世する。実資あてに祝電の一本も送りたいところだ。
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