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2024/06/03

Vorne und Hinten 『ヒトラーと退廃芸術 〈退廃芸術展〉と〈大ドイツ芸術展〉』 関 楠生 / 河出書房新社

Photo_20240603191601 5月14日、NHKのBSプレミアム4Kで「パウル・クレー 烙印を押された画家」という番組が放送された。2004年に制作されたものの再放送らしい。
スイス出身の画家パウル・クレー(1879-1940)、彼の、子どもが描いたような稚拙に見える作品(街頭で子どもの絵と混ぜてクイズにしても皆さんなかなか正解できません)に込められたものを探るとともに、彼、並びにその作品がいかにナチスから迫害を受けたか、そこに焦点が当てられていた。

曰く、「ドイツ民族の精神を損なう絵を『退廃芸術』と呼んだヒトラー。クレーの作品もまた幼稚でわけのわからぬ絵としてヒトラーから『退廃』の烙印を押されたのです」

曰く、「政権をとって5年目の1937年、独裁者となっていたヒトラーはミュンヘンに美術の殿堂『ドイツ芸術の家』を建設、お気に入りの絵ばかり集め『大ドイツ美術展』を催します」

曰く、「ドイツ民族に相応しくないとみなされた絵画や彫刻は、この年、ヒトラーの命令で強制的に没収されました。ナチスはそれらの作品をドイツ民族を腐敗させ堕落させる『退廃美術』と呼びました。没収作品を晒しものにしようとしたナチスは、『大ドイツ美術展』と並行して同じミュンヘンで前代未聞の展覧会『退廃美術展』を開きました」
(開会を宣言するアドルフ・ツィーグラーの映像! ・・・さすがはNHK)

退廃芸術展」とは、ナチスの意に添わぬドイツ表現主義、キュービズム、ダダイズムなどの前衛的な近代芸術を誹謗するため、それを全国の美術館から押収し、一望に展示、いわば「晒しもの」にした展覧会である。
一方、ナチスの美術観に添う作家、作品は着々と権威を高められ、それを一堂に集めた「大ドイツ芸術展」が開催される。
この流れの中で近代芸術に携わってきた画家、彫刻家、美術館関係者たちは問答無用で権威、仕事を奪われ、そのある者は国外に逃れ、ある者はユダヤ人であるとして収容所に送られた。
ベックマン、エルンスト、カンディンスキー、グロス、ココシュカ、キルヒナー、クレー、バルラハ、ノルデ、ヌスバウム、マルク、、、

・・・知らなかった、などというのはただカラスの怠慢に過ぎない。
実は本ブログでも、20年以上前に『[完全版]夜の画家たち 表現主義の芸術』を取り上げた際、

> ナチスから頽廃芸術の烙印を押されて消息を絶ったとされる「青い馬の塔」はことに心を洗う。

などと呑気に書いた自分がいる。詳しい経緯を調べもせずに「心を洗う」でもあるまい。ヘソ噛んで死ね。> カラス

というわけで、大慌てでネット上の古書店から『ヒトラーと退廃芸術 〈退廃芸術展〉と〈大ドイツ芸術展〉』なる書を求め、取り急ぎ読んでみた。
ナチスの「退廃芸術展」と「大ドイツ芸術展」について詳細に調べ上げた、数少ない日本語の書物の一つと思われる。
表紙こそ半端なダダ風コラージュにポップなフォント、とちょっと前までのサブカルテイストだが、いざページをめくれば本文にはナチスが政権をとるにつれて美術館や画家、彫刻家への圧迫が広がり、「ドイツ芸術の家」建設、「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」の実施にいたる経緯、そしてナチス崩壊後の反動──という流れをほぼ時系列にそってまとめられている。
当時の新聞、パンフレットなど、細かな資料を順に追ってきっちり調べ上げられており、「良書」の印象を強くもった(1992年の初版で現時点では品切れ・・・河出文庫なりにおりていればもう少し広く知られていたのではないか)。

ポイントはいくつもあるだろうが、とくに注意が必要なように思われたのが、「絵画あらし」「美術館への弾圧」は必ずしもNHKのナレーションのように「ヒトラー」「ナチス」の名で全国的に一斉に行われたわけではないということ。それが始まった時点での実行者はそれまで必ずしも重い扱いを受けていなかった美術関係者や役人たちであり、彼らの政権へのおもねり(いわゆる忖度)が同時多発的に美術界をむしばんでいったこと。そして気がついた時には抑えようのない規模で弾圧、没収が広がっていたということだ。
ミュンヘンにおける「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」は華々しかったかもしれないが、そこに至る過程の精査こそが大切だ。
現在の日本においても、政治と芸術の関係、また表現の自由の問題など、学ぶべきことは少なくないように思う。

もう一つ。
「大ドイツ芸術展」においては人種的に純粋な「北方人種」的な芸術として、働く農民、夕餉に向かう家族像、没個性的な女性の裸像などが推奨された。
10代のころウィーンの美術学校への進学を志したヒトラーの嗜好もあったかもしれない、しかし、それ以上にこの「大ドイツ芸術」にはたとえばソビエト共産主義下の芸術とよく似たモチーフ、テーマ、さらにいえばペンキ絵のような凡庸さがあるように思えてならない。
極論すれば、一党独裁下の芸術にはなにか共通する肌触りがある、そのように見えるのだ。
(「退廃芸術展」のお先棒をかついだ一派がドイツ表現主義をはじめとする当時の前衛芸術を「文化ボルシェヴィズム」と罵っていたにもかかわらず!)

ドイツ国民はナチス崩壊後、意図的に「大ドイツ芸術展」と「退廃芸術展」を再現し、過去の悪行の断ち切りをはかる。
しかも、ただ断ち切るのではナチスの「退廃芸術展」の二の舞になりかねない。
考えよう。考えて考えて、考えすぎることなどない。

「人々が思考しないことは、政府にとっては幸いだ」(アドルフ・ヒトラー)

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