仕え甲斐がありますな 『新九郎、奔る!(16)』 ゆうきまさみ / 小学館 ビッグスピリッツコミックススペシャル
のちに「北条早雲」の名で「戦国大名の先駆け」と評されることになる、伊勢新九郎盛時の立志伝。
烏丸は、現在連載中のコミック作品の中で、単純に「これが一番面白い!」と思っている。
ただ・・・それを人様にオススメするのはいささか難しい(面倒くさい)。そのようにも思っている。
たとえば、中学、高校で歴史を学ぶ、とする。
源氏が平家を滅ぼし、源頼朝が鎌倉に幕府を開く、まではまあわかる。その後、北条氏による執権政治が行われる・・・となると、なんとなくややこしい。権力の構造が複雑で、登場人物が無暗に多いためだろうか。
このややこしい時代を見応えのあるドラマにして示してくれたのが、三谷幸喜脚本によるNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。ただし、これにしても北条時政、義時の執権2代に過ぎない。
あるいは、戦国時代。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。この3人は合戦の勝ち負け、権力の移行もはっきりしていてそこそこわかりやすい。この3人を柱に、明智光秀、石田三成、徳川家光らのサブキャラ(か?)を脳裏に加えていけば前後100年はいける。
だが、遡って、室町幕府が衰えるきっかけとなった応仁の乱あたりはわかりにくい。細川勝元と山名宗全という名前は覚えられても、なぜ乱が起こったのか、11年も続いてどちらが勝ったのか、さっぱりわからない。
伊勢新九郎盛時(北条早雲)は、その応仁の乱(2巻から10巻。長い・・・)の頃に幕府に近い武家に育ち、無位無官無職の三冠王ながらじわじわと知遇、勢力を高め、やがて関東に大きな勢力を持つ・・・もっとも、最新刊でもまだ歴史上は無名に近い。
彼は伊勢一族の次男として幕府内、あるいは知行地の権力争いをあるときは傍観、あるときは巻き込まれ、きまじめに交渉力を身につけていく。
会社、役所といったある程度の規模の組織で働いた方にはいろいろな意味でたまらないエピソードが続く。
ただ、やっかいなのは作者であるところのゆうきまさみが「主人公を善のヒーロー、敵を悪」などとせず、それぞれ立場や考え方の違いから砂の坂道を滑るように争いやトラブルに落ちていく、そうした扱いをしていることだ。
そのため、さまざまな登場人物がさほど重さを変えず、絶えず消えてはまた現れる。それが、読み物として何度も読み返す手間がかかる、と同時に社会ドラマとしてたまらない。これこそが歴史である。
最新の16巻において、新九郎は甥の龍王丸の今川家家督相続のため、ついに武力をもって解決をはかる!
が、実は本作はそういう展開はさほど面白くない。現に16巻ではおなじみの新九郎の父・伊勢盛定、姉の伊都、妻ぬい、伊勢宗家当主にして幕府政所執事の貞宗、現将軍足利義尚、細川京兆家当主の神童・九郎政元らの登場場面がそれぞれ一場面ずつしかない。
彼らと新九郎のああでもないこうでもないの丁々発止こそが面白いのに・・・・。
おまけ。
『新九郎、奔る!』の楽しみの1つに、マンガならではの「くすぐり」がある。
たとえば新九郎の父が幕府内の勢力図を説明する際は、天井からロール型のスクリーンを引き下ろす(盛定スクリーン)。鎧師が置いていくのは表紙に「抜群の防御性」と書かれた「最新モデルのカタログ」。襖の向こうで山名宗全の屋形に連絡するに「もしもし、伊勢守貞藤でござる!」、新九郎「『もしもし』って何?」。新九郎が京都から荏原(現在の岡山県井原市の一部)に向かう際に手しているのはJR西日本のチケット。
あちこちにこっそりちんまり描かれたこういった文字群を探すのもまた楽し。
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