〔非書評〕 『九十九怪談 第二夜』 木原浩勝 / 角川文庫
『槿』はさらさらと読み飛ばせるような本ではなかったため、読み終えるまでに、何冊かほかの本に浮気した。
『九十九怪談』は『新耳袋 現代百物語』(中山市朗と共著)の木原浩勝による実話怪談集で、とくに理由もなく読み逃していたもの。未読だった第二夜、第四夜、第五夜、また同じ編者による『隣之怪』の第一夜、第三夜、第四夜なども読んだ(読んだ順は不同)。
『九十九怪談 第二夜』を読んで、漠然と思うことがあった。
『九十九怪談』は全部で10巻、それぞれに実話怪談が100話。
つまり、『九十九怪談』だけでざっと1000話の実話怪談がまとめられていることになる。
本ブログでは、過去、実話をうたう怪談集をいろいろ取り上げてきてきた。
つまり、今これを書いている部屋の棚を見ただけでも、木原浩勝、中山市朗、平山夢明、平谷美樹・岡本美月、福澤徹三その他諸氏による数千話規模の実話怪談シリーズがあり、世間に出回っているものを考えると紙に印刷されたものだけでもすでに数万、もしかすると数十万単位の実話怪談が世に披露されていることになる。
その膨大な実話怪談のそれぞれに対し、僕たちはこれまでせいぜい「怖いか、怖くないか」「新しいか、新しくないか」程度の評価しかしてこなかったように思う。
(もしかすると、すでに取りかかっている方がおられるのかもしれないが)そろそろ実話怪談の全体に対する精度の高い分析、解析が始まってもいいかもしれない。
とはいっても、実話怪談の分析は簡単でない。
そもそも、本当に採話された怪談か、それとも編者が実話怪談ということにして書いたものか、その確証がない。
遡って、もしよしんば情報提供者からの採話であっても、それがそもそも実話であったかどうかの確認のしようがない。
また、情報提供者を特定できないように、いつ、どこで起こったか、語り手の年齢、男女の別などなど、書かれていないことが多いし、よしんば文中に書かれていてもそれがその通りであるという保証がない。
だから、「平成になったころ、Aさんという男性会社員が京都のホテルのベッドで寝ていたら」という話は、もしかしたら事実は「昭和の中ごろ、Bさんという女子高校生が静岡の自宅でテレビを見ていたら」だったかもしれない。さらには、そもそもAさん、Bさんなど存在せず、締め切りに追われた編者が過去の怪談のあわいからひらめいて書き上げた怪談であったかもしれない。
だから、もし実話怪談を分析、解析するとしても、そういった環境、条件については、「書かれているまま」を前提にするしかない。結局、怪談としての内容そのものを個別に分類していくしかないかもしれない。
たとえば、『九十九怪談』の第二夜においては、「廊下の突き当りに水の入ったガラスコップを置くと」とか「ベッドから足を下ろすとないはずの水を踏んだ」とか「鏡の前に置いた座布団がぐっしょりと濡れている」とか「お椀が川をさかのぼっている」とか「土間に置いてあった壺の回りに水溜りが」とか「寝ていると、どこからか水が流れてきて」とか、広く「水」にかかわる話が少なからず取り上げられている。あるいは、第四夜においては、神社を舞台とするものが少なくなかった。タヌキやキツネに化かされた話の多い巻もある。
言うまでもなく、神社は「神」の領域であり、死んだ者の怨みは「幽霊」の話、化け物なら「妖怪」のしわざ。そして生きている「人間」そのものの恐ろしさが怪談の主軸となる場合も多い。
そういったジャンル的な大枠、そしてその下に怪談的事象の顕れ方、そしてその際に使われるキーとなる場所や道具。たとえば「峠」「トンネル」「肝試し」「オートバイ」「タクシー」「部屋(ホテル・家)」「天井」「髪の毛」「電話」「ビデオ」「猫」「釘」など、など・・・。
『九十九怪談』の第二夜を読んでそういえばと思ったのは、匿名に使われるアルファベットである。
複数人登場する場合はAさん、Bさん、Cさんとなることが少なくないが、一人二人の場合、鈴木・佐藤・田中を抱えるSさん、Tさんは必ずしも多くない。これは、実際に実話怪談を書いてみると感じるのだが(※個人の感想です)、Sさん、Tさんとすると、人物としてなんとなく軽く感じられるのだ。さりとて、実際の姓と結びつけづらいLさん、Pさん、Qさん、Vさん、Xさん、縦の印刷では使いづらいIさん、ほんの少し重い印象を与えるGさん、Rさんなども微妙に使いづらい。
現実の市中の人口比と比べると、実話怪談ではEさん、Fさん、Mさん、Nさん、Oさん、Yさんあたりの頻度がほんの少し高いような気がするのだが、どうだろう。
そうした分析、解析が何を明らかにするかは、知らない。わからない。
もしかしたら、今後の新しい実話怪談について、まだ語られていない大きな大陸・・・は無理でも、小さな岬や湖くらいは見つかるかもしれない。
逆に、その、まだ語られていない岬や湖は、しかるべく理由があって語られてこなかったのかも、しれない。
・・・おや、誰か来たようだ。
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