右腕がほしい足がほしい 『怪談狩り 葬儀猫』 中山市朗 / 角川ホラー文庫
このブログを長年継続的に読まれている方(いないいない)にはおわかりと思うが(わからんわからん)、以前は浴びるように読んでいた実話怪談に、最近、少し倦んでしまった。
結局のところ『新耳袋 現代百物語』の初期4巻あたりまでの新鮮味を上回る妙味は得られず、というのが自分の中での納まりだったのだけれど、今回、中山市朗『怪談狩り』シリーズの新刊を久しぶりに読んでみたところ、一つひとつの怪談には新味こそ感じられないものの、それでも1冊を通じてはさすがの語り手の力量が感じられた。そこで、書店で手に入る近刊も遡って何冊か読んでみることにした。
以上が、前提。
もう一つの前提。
新刊(通しでは第9巻)の『怪談狩り 葬儀猫』には、『新耳袋』当時から何度も遠回しに扱われてきた八甲田山の英霊にまつわる怪談が掲載されている。これは、それを語り、著そうとするとテープの音声が消えたり、パソコンが壊れたり、取材をセッティングしても会えなかったり、というトラブルが頻発する怪談として有名だ。真相を怪談として書き収めることすらタブーとなる、恐ろしい話なのである。
もう一つの前提。
第7巻にあたる『怪談狩り 黒いバス』には、「書き換えられた原稿」という短い話が載っている。これは芥川賞を受賞したNさんという作家が体験した話で、あるとき諫早藩の歴史について資料を読み込み、現地取材を重ねた労作を雑誌に掲載しようとしたところ、肥前佐賀藩の重臣R家について書かれた部分がまるきり書き換わっていた。文体はNさんのもののまま、資料にない部分が詳細に書かれていた、というのである。
そして、実現象。
第7巻『怪談狩り 黒いバス』の193ページに掲載された「呼ぶ声」という2ページに満たない短い話が、細かい表記(S子さんがA子さんになっている、など)は異なれど、介護の必要となった義母を施設に入居させたその後に隣の義姉にその義母の呼ぶ声が聞こえたという話の流れは同じまま第9巻『怪談狩り 葬儀猫』の160ページに載っている。
実話怪談の、ましてベテランともなると、何千、何万という取材データから、何百、何千という怪談を書き起こす。
上記の「呼ぶ声」なども、うっかり同じ話を書き起こしてダブって載せてしまった、と考えるほうが普通だろう。
だが、怪談本などというものは、そもそもが普通でない。
著者、編集者のうっかりミス、などと読むより、本当は『怪談狩り 葬儀猫』のその2ページには本来載るはずだった別の話があって、原稿の段階まではそちらが書かれていたのだけれど、いつの間にか既刊の「呼ぶ声」に差し代わってしまった、と考えるほうがずっと楽しい。
どこか鄙びた田舎の小さな書店の店頭には、いかな怪異の手も差し替えの間に合わなかった『怪談狩り 葬儀猫』が静かにほこりをかぶっている。その160ページに記された本当の「呼ぶ声」こそは、読み手を闇に招く・・・・・・。
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11月16日 追記
『怪談狩り 葬儀猫』においては、「大黒柱」という収録怪談において、事件の当事者たる「M子さん」の表記が途中、数ページにわたって聞き手であったはずの「Sさん」になってしまうという誤植も起こっている。
これなど、単純な誤植に過ぎないのだろうが、それより気になるのは標題の「大黒柱」だ。大阪、生駒山の麓のマンションの話なのだが、M子さんの家族は10年以上そこに住んでいたにもかかわらず、そのマンションの詳細な記憶も写真も何もないという。住所もわからず、たどり着くこともできない。
そして、この怪談には、どこにも標題の「大黒柱」にあたる内容がないのだ(M子さんのご主人という人物は登場するが、ことさら「大黒柱」と標題を付するような設定ではない)。
これもまた、なんらかの力で書き換えられ、闇にまぎれていく怪談の一つなのだろうか。
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