『ドイツ幻想小説傑作集』 種村季弘=編 / 白水Uブックス
澁澤龍彦の『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(学研M文庫)に「夢みたいな雰囲気のものを書けば幻想になると信じこんでいるひとが多いようだ。もっと幾何学的精神を! と私はいいたい。明確な線や輪郭で、細部をくっきりと描かなければ幻想にはならないのだということを知ってほしい」「幾何学的精神は、また論理と構築性といいかえてもよい」との言説がある。
この上なく明晰かつ爽快な指摘で、真夏に熱いシャワーを浴びたような気分になれる。
そうなのだ。ぐじゃぐじゃ、何を描いているのかわからない絵画や文章を人はよく「シュール」と評するが、おそらくその大半はシュルレアリスムの精神につながるものではない。
クリアな線や面で何が描いてあるかきちんとわかって、それにもかかわらず簡単には説明のつかない不安あるいは高揚を招く、それがシュルレアリスムの効果ではないか、と思う。
それは広く「幻想絵画」「幻想小説」においても同様である。
種村季弘(たねむらすえひろ)編『ドイツ幻想小説傑作集』は、上記のような意味では身にフィットする読みものとは言い難いものだった。
収録された短篇18作の多くで、ストーリー、あるいはトピック、あるいは文体による効果がわかりにくいのだ。
作者はその一篇をもって読み手を不安にさせようとしているのか? 恐怖? 風刺? 諧謔?
もちろん百戦錬磨の季弘翁がそのあたりわかっておられなかったとは思えない。
実際、解説はエドマンド・ウィルソンによる「幽霊小説はもはや時代遅れの、追いぬかれた形式になった」という主張から書き起こされ、
「本書では既訳で読むことのできる代表的幻想小説はあらかじめ出来るだけ省くことにした」とあり、
その真ん中あたりでは収録作について「そこに『追いぬかれた形式』のある種のうしろめたい照れを読みとるか、それともアナクロニズムを楯にした潑剌たる知性のパフォーマンスをたのしむかは、読者各位の好みにお任せすることにしたい」、と。
つまるところ季弘翁は本アンソロジーについて、そのまま読んで必ずしも作品として面白いとは限らない、それを幽霊小説、幻想小説の系譜の中でいかなるものとして捉えるか、それこそがこれらの幻想小説を読む楽しみ、と、そういうことを言っておられるわけである。
それはわかった、だが問題は、その中で「巻末あたりにまとめたもっとも若い世代に属する四人の現代作家(ペーター・ハントケ、トーマス・ベルンハルト、ゲアハルト・アマンスハウザー、ペーター・パングラッツ)の短篇小説」など、本書で推されるべく作品群が先に引用した澁澤龍彦の提言にならえば「幾何学的精神」に欠けるように思えてならないことだ。
たとえばハントケの作品における時間や因果を細かく反転させる表現など、実験的試みは面白い。面白いが、そういうのが延々10ページを超えると、さすがに苦痛が興趣を上回る。
こういうのは、吉田悠軌の『一行怪談』のように、切り詰めて切り詰めてそれで読み手をぶら下げたり振り回したりするのがいいんじゃないか(限界なんじゃないか)。
試してみよう。今この場でこしらえてみた。
少女は交差点に小さな花束を飾った。その花束に触れようとしゃがんだ男の子は老人の運転する暴走車に跳ね飛ばされる。悲鳴を上げて駆け寄る母親のお腹にはもうすぐ誕生する少女が息づいていた。
こんなものが10ページも続いていたらそれはもう苦行だろう。
・・・・・・などなど、ずっと前に買った本を読んで勢いでヘンな感想を書いてしまった。季弘翁も40年も前に編んだアンソロジーについて今さらこんなことを言われても幽冥界で苦笑いされるほかないだろう。
だが、こんなふうにああでもないこうでもないと弄くりながら読むのが先生がたの本の楽しみなのもまた一興。
午後です。曇ってきました。
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