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2023/07/13

お天気祭をやったかね 『日本怪談実話〈全〉』 田中貢太郎 / 河出文庫

Photo_20230713171401 怪談本の大先達、田中貢太郎による実話怪談集である。たっぷり、ぞわぞわの448ページ、234話。

そもそもの原著『新怪談集(実話篇)』は1938年に改造社から刊行されたものだそうで、つまり作者が戦前に集めた怪談話や奇態な事件記事を集めたもの。したがって、主に大正時代から昭和初期に起こった怪談奇談がベースになっている。

名誉の戦死を夢枕で伝えた、敵陣の近くで自家の提灯が見えて助かった、など、いかにも戦時下ならではの怪談群で幕を開け、続いては石地蔵を軽んじたら祟った、天狗に攫われた、などいかにも古風な佇まいの怪談が並ぶ一方、この時期にしてすでに青山のタクシー幽霊、トンネルの怪、心霊写真、事故物件、ポルターガイスト、などなど、のちの実話怪談の定番が100年も前の怪談集にいずれも現在のそれに近い形できっちり語られているのが面白い。
そんな昔からあったとはなんだつまらない、と考えるか、それらの怪談に一種普遍性を感じられるか、人それぞれだろうが、いずれ手堅く落ち着いた日本語で書かれた234の怪談の厚み・重みは否定のしようがない。

もちろん、中には、海で遊んでいた混血児の少女が茶碗の中に「碧い眼玉」が映ったと悶え狂って亡くなり、その机の引き出しから出てきた錆びた銀の小函を開けてみると中には生々しい碧い眼玉が二つ光っていた・・・などという説明のつかない、ただただ怖い話もある(99ページ)。このあたり、「蟇の血」の田中貢太郎の面目躍如といったところだろうか。

以下、読んでいてくいっと足首をつかまれた点の一つふたつ。

何代目か知らないが、かの市川猿之助の弟(喜熨斗八百蔵)が厭世的になって船で大島に渡り、三原山に投身自殺しようとする話がある(89ページ)。結局果たさず、さらにほかの女客の怪しい投身騒ぎに巻き込まれるという顛末だが、いずれにせよ騒がしい一族であることだ。
(猿之助本人も、泉鏡花らが怪談会をやって怪異に見舞われる話(275ページ)に語り手として登場する。)

本書では147ページの「飛び交う火の玉」など、「火の玉」「ひとだま」の類がいくどか登場する。以前にも書いたが、最近の実話怪談ではこの墓場やお岩の周りを飛び交う「火の玉」「ひとだま」の類を見かけなくなった。「火球」などある程度科学的に説明がつくこと、リンが発生する土葬が減ったこと、などがその背景にあるだろうか。

本ブログの主、烏丸の本名は、珍しいというほどでもないがどこでも見かけるというほどでもない姓で、これまで、女流音楽評論家ととあるマンガに登場するJAXAの職員以外、大手メディアではあまり目にしたことがない。本書では実際の殺人事件にかかわった警視庁の係長として登場していて、ちょっと嬉しい(265ページ)。

神様や馬、狐などと結婚することになる物語を「異類婚姻譚」といい、佐々木喜善らが語り残しているが、それ以前に驚くのが233ページ「蛇屋の娘の物狂い」の一節、「下関市田中町に松山大助と云う蛇商があって」。蛇を、専門に、売るの?

かわいいと話題の北海道日本ハムファイターズチアリーディングチームの「きつねダンス」、これはノルウェーのコメディーデュオ「Ylvis(イルヴィス)」が「What Does the Fox Say?」と歌う「The Fox」に合わせて踊るものだが、本書296ページでも「昔から狐はこんこんと鳴くものだと相場がきまっていたが、ほんとにこんこんと鳴くか、ぎゃんぎゃんと鳴くか、札幌放送局では狐の本音を放送する事になって」とどこが怪談だかよくわからない大騒ぎ。

東日本大震災の折、遺体をあさって指輪を盗る輩の噂が伝えられたものだが、本書では関東大震災の際の一種の幻影としてやはり遺体から金指輪や金の入れ歯を抜き取る悪漢が登場する(301ページ)。

先にも触れたとおり、本書にはタクシー運転手の幽霊目撃談が10篇以上紹介されており、当時、その手の怪談が一種ブームだったことがうかがえる。青山墓地で女客を乗せるがその客はすでに死んでいた話(371ページ)、客の腰かけていたあたりのクッションが濡れていた話(369ページ)など、のちのタクシー運転手の怪談の主な要素がこの時期すでに出そろっていたようだ。ちょっと面白く思ったのは、本書には「タクシー」「ハイヤー」といった言葉は一切登場しないということ。「某夜、某運転手が護国寺の墓地を通っていると」「平生のように自動車をながしながら」「麻布へ客を送って往った自動車の運転手は」「三の輪の車庫前を流していた自動車は」といったあんばいで、どうやらまだ自家用車の少なかった当時は「自動車の運転手」と書くと今でいうタクシー運転手のことを指したようだ。

430ページ「自殺のできぬ青年」に「昭和元年五月三十一日午前二時半比、代々幡署へ・・・」とあるのだが、大正天皇の崩御は12月25日。つまり、昭和元年に5月31日はない。

ところで101ページ「奈良の旅館」という話は主人公が町の銭湯でやり取りして「はじめて大坊主の何物であったと云う見当がついた」で終わるのだが、これが何物であったのか、なぜその見当がついたのか、何度読み返してもわからない。誰か教えてください。

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