『王朝奇談集』 須永朝彦 編訳 / ちくま学芸文庫
くるくる回転図書館、新春の1冊目は、『日本霊異記』『大鏡』『今昔物語集』『故事談』『宇治拾遺物語』等々、平安・鎌倉期の説話集、歴史書から編訳者須永朝彦が選び抜いた82編を収める、密度の高い奇談集である。
(正確には、須永朝彦急逝のため、PCに残されたデータから協力者が構成し、刊行されたもの。)
・管弦の道を極めた件の源博雅くんが蝉丸の琵琶を習い覚えた話
・花を摘み仏に奉らんと山に分け入った尼たちが茸を食べたら舞い踊った話(舞茸)
・浜に流れ着いた巨人の死体
・蹴鞠に精進した人のもとに現れたマラドーナの精(←少し違う)
・蔵人の頭に任じられなかったことを恨んで雀となった中将
・蜂に名を付けて育て、「何々せよ」「とどまれ」と従えた太政大臣の話
・平茸が始末に負えぬほど沢山生えたことがあったが、これは不浄の身を以て説法をなす法師の生まれ変りだった
・吉備真備が出世したのは、若い頃に国守の息子の見ためでたい夢をこっそり頂いたから
・ある遣唐使が現地妻に子を儲けたが捨て置いて帰朝したところ、その子が魚の背に乗って海を渡ってきた話
・人魚が釣れたので食べてしまった話
・西行法師が死体から怪物をこしらえたが色も悪く、心も備わっていなかったので捨て置いてしまった話
などなど、バラエティに富んだ選択、浦島太郎や竹取物語の原話ないしスピンオフもあれば優れた行者同士の法力合戦のような話もある。
浜に流れ着いた「巨人の屍」の話など、当然、ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』、あるいはJ.G.バラード『溺れた巨人』が想起される。ほかにもフランケンシュタインやポニョを彷彿とさせる話、坂田靖子のファンタジーを思い起こさせる話があり、洋の東西を問わずこういった物語が繰り返し語られるのは、なんらかの事実が世界各地にあった、あるいは人間社会の深いところの意識下に何かあるのか、などと考えてしまう。
編訳者の須永朝彦氏については、以前、同じくちくま学芸文庫の大著『江戸奇談怪談集』を読んだ際にも感じたことだが、なんというかよく言って艶っぽい、あからさまに言えば生臭く性的な話が少なくない。
『江戸奇談怪談集』では衆道、つまり男色にかかわる怨み、つらみから事件に至る話がいくつかあって少し驚いたが、今回もたとえば
・妻がキツネだと知っても「子までなしたる仲ではないか」と夜になると共寝する男女の話(「来つ寝」の語源?)
・吉祥天女の像に愛欲の念を生じ、夢の中で**したところ、像の腰のあたりが不浄の染みで汚れていた話
・食を絶って鬼と化した男にたぶらかされ、鬼と共に臥して、見るに耐えぬ狂態を誰憚る所もなくお見せになる藤原家出身の御后の話
・俄に烈しい淫欲が発り、瑞々と肥った蕪に穴を穿ち**したところ、それと知らずその蕪を食べた幼い娘が御懐妊
・犬を愛し玩びつつ暮しているうちに**してしまい、夏衣越しに犬の足跡がついていて主の娘に見破られてしまった乳母子
・郡司の家に宿を取ったところ、見目麗しい女がいるので近寄って傍らに臥したところ股間の辺りに痒みを覚え、探ってみるとない!ないの!という話
など、こういった奇談集にしてはややあからさまな話が少なくない。
「素朴」の域を逸脱して、いささか生々しいのだ。
そもそも原典にそういった話がどれほどあるのか、またそれが他を差し押さえて選ぶに足るような話なのか、そのあたりの匙加減はわからないが、なにかしら選訳者の趣味、趣味と言って失礼なら意図のようなものを感じないでもない。王朝期、江戸期、そして現代までに通底する「多様性の時代」の顕れ、とでも言っておこうか。
ところで、『故事談』の「花山院の前生」という話では、
花山院が御在位の時、頭風(頭痛の類)を煩い給うた。雨模様の折は、殊に痛みが激しく我慢もお出来にならぬ程で、種々の医療を尽されたが、全く験が無かったという。
なる一節があり、これを安倍晴明が「院の前世の行者の髑髏が巌に挟まれており、雨天には巌に圧されるせいですよ」と指摘して髑髏を探させ、それを広いところに置くと改善した、というお話なのだが、これぞまさに天気痛。わざわざ髑髏を探してくるより、耳マッサージを試みるとよかったかも。
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