平常という魅力 『しょうもないのうりょく』(全3巻) 高野 雀 / 竹書房 バンブー・コミックス
元来、マンガなるものは、激しく“熱い”ものだった。
正義の味方は宇宙を股にかけて死闘を繰り広げ、
ピッチャーは誰にも打てない剛速球を投げ込み、
バッターの繰り出す秘打は誰も抑えることができない。
瞳に星輝かす乙女は壮大な勘違いを壁ドンで打ち砕かれ、
俳優は役になりきって「なんて恐ろしい子!」
だが、いつかよくわからないあるときを境に、エントロピーは減少に向かった。
マンガははしの方から冷えていく。
ブラウン運動は静止に向かい、アボカドとアボガドはどちらが正しいかよくわからない。
(筆者、不得手なジャンルの比喩を使おうとしてランダムウォークに陥っているので、ここまで無視してかまいません。)
要は、熱くたぎる一方だったマンガはあるとき「冷めてみるのもいいものだ」と気がついた、という話。
明文化されたところでは川原泉『甲子園の空に笑え!』の広岡監督の言がそれにあたる。
さてそこで、『しょうもないのうりょく』だ。
本作の作品世界では、世の中の人それぞれが個別な「異能」を持つ。
ところがその「異能」たるや、
書類を崩さず置ける
とか
相手がさっきまで居た場所だけがわかる
とか
見るだけで食べ物のカロリーがわかる
果物の旬がわかる
釣り上げる前に魚の種類がわかる
蚊を一撃で倒せる
など、わりあいしょうもないものが多く、コンサルを動員して使える異能をフルで使おうとする企業もあるようだがあまり上手くいっている気配はない。
そんな世界で、主人公は小ぶりな会社に勤め、仕事上のあれこれや友だち付き合いをこなしていく。
絵柄は巧みだがクール、背景にスクリーントーンは多用されるが、マンガならではの効果線(キャラクターを中心に四方八方に直線が伸びるアレ)はめったになし、吹き出しも大半が穏やかな風船型で、絶叫を表すトゲトゲ吹き出しはほぼ皆無。
会社には人間がいて、人間がいる限りはそれなりに会社存続に関するトラブルや詐欺事件や恋愛にかかわるアレコレが起こる。
それでもともかく平坦に、淡々と物語は続く。続くというより、波風が小さいうちに、納まる。
春日井シトロンソーダを飲むには、かき混ぜるタイミングと落ち着かせるタイミングがあって、マンガの一部は後者は後者としてそれを読み、楽しむリテラシーが求められる時代に入った、そのような気がする。
主人公やサブキャラはそれぞれ魅力的だが、それは“熱い”マンガの登場人物だから、ではなく、こういったオフィスあるある、こういった社員いるいる、の延長での好感であり、安堵感だ。
ちなみにこの作品のキャラクターや展開に対し「ゆるい」「ほのぼの」等評価する向きもあるようだが、この作品のコマのはしばしに見られるのは厳しい「制御」であって決して「ゆるい」わけではない。「ほのぼの」と言えるほど誰もが許されているわけでもない。
たとえば
「他人の異能がわかる」異能の人間は視力が悪いと統計でも出ている
なんてセリフは甘々と出てくるものではない。
などなどパラパラ読んでいるうちに3冊目、その後半には予想外の大きなちゃぶ台返しが待っているが、それすらエントロピーは収束して宇宙は穏やかに今日を繰り返す。
などなど、本稿、妙な喩えを多用したのは、ごく一部の人に向けてであれ、「なんだそれ」「それなら読んでみよう」と動かしたかったため。
『しょうもないのうりょく』はその労力に見合う程度にはオススメだ。
3巻完結、ボリューム的な納まりもよく。
回りくどいが、実は・・・絶賛である。
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