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2021/11/25

最近読みきれなかった本 『超常現象 科学者たちの挑戦』 NHKスペシャル取材班 / 新潮文庫

Photo_20211125175701 ※「最近読んだ本」ではなく、「最近読みきれなかった」、正確には「読むに耐えなかった本」、です。今回、ほんの少し辛めの論調になりそうなので、そういった書評の苦手な方は適当にパスしてください。
 
新潮文庫『超常現象 科学者たちの挑戦』は、NHKスペシャルのスタッフが番組制作のために取材を重ねた経緯、結果を書籍にまとめたもの。番組そのものは未見なので評価の外とする・・・が、たいがい大差はなさそうだ。
 
さて、そもそも、科学的に何かの存在を証明する、とはどういうことか。
 
よく言われることの1つが、再現性があるかどうか。
STAP細胞の論文は、同じ条件下で同じ結果が得られないことから、捏造と言われた。
これはSTAP細胞に類するものが存在しないことを証明したわけではない。その論文が適切な実験とその結果に基づいて書かれていないこと、ないし適切な手順と正確さにのっとって書かれていないこと、そのいずれかであることから、その論文自体が認められない、そういうことだ。
 
もう1つ、そもそも、証明されるべきその「何か」の定義は何か。
たとえば「血液型にともなう性格判断」という命題があるとき、A型の人が几帳面かどうか、という調査の前に、「几帳面」とはどういうことか、という問題がある。
a氏が自分が几帳面である、と主張する、ないし周囲からそう評価されているとして、たとえばa氏が「仕事場のファイルや机周りは整理整頓」できているが「自宅はゴミ屋敷」の場合。あるいはa氏が仕事の上ではスケジュール管理も細かく面倒見もよいがプライベートな付き合いとなるとルーズ極まりない場合。彼は果たして几帳面なのか、そうでもないのか。
あるいはある母集団の中に「自分は几帳面」と主張する集団がいるとき、それは「几帳面」な集団なのか「自己評価が高い」集団なのか。
要するに、「気配り型」「思いやりがある」「マイペース」「身勝手」「理想追及」「現実型」「逆境に強い」などの「性格」が定量的に定められないにもかかわらず、それを血液型と紐づけて、何を言ったことになるのか、そういうことである。
 
『超常現象 科学者たちの挑戦』を見てみよう。
 
たとえば「第一部 さまよえる魂の行方 ~心霊現象~」では、いわゆる「幽霊」や「死後の世界」について、取材陣はイギリスの科学者たちと調査に赴く。しかし、この「幽霊」や「死後の世界」について、少なくとも本書の中では何一つ定義が明らかでない。
過去に死んだ者の霊が起こすと目される心霊現象、現在生きる者による幻視、等、いくつかのオカルティックな現象やその原因は語られるが、そもそも取材班が追っているものが「何」なのかが明確でなく、その一方で古城で急に温度が下がっただの異様な雰囲気を感じただの、、、
要するに第一部全体がまるで科学の話ではないのである。
 
取材をともにするSPRという団体に所属する者たちは、いわゆる「科学者」、大学や研究施設で研究を仕事とする人々かもしれない(厳密にはそれすら明らかでない)。
しかし、彼らの本職は「超常現象」の研究なのだろうか? ほかの、人間心理、建築、あるいはまったく関係のないジャンルの研究者が、趣味、余技として「超常現象」を扱っているだけではないのか?
たとえば科学論文の評価の指標の1つに、ほかの論文からどの程度引用されているか、ということがある。この本に登場する科学者たちの「超常現象」についての論文の評価はどうなのか。
論文などまとまっていない、まとめていても権威ある雑誌に発表されていない、発表されていてもキワモノ扱いで仲間内以外からは引用されていない、なら、それはおよそ科学的活動とは言えないのではないか。
 
「超常現象」を扱う書物は嫌いではない。また、それに科学的お墨付きがなくとも楽しく読めるならそれはそれで楽しい。
しかしこの1冊が不快なのは、そこに「科学者たちの挑戦」というサブタイトルを付け、「NHKスペシャル」という権威(か?)を冠したためだ。
否、むしろ本書は、「NHKスペシャル」という番組枠が、学究的な研究によるものでなく、にぎやかしの娯楽ワイドショー枠であることを明らかにしたものであるようにさえ思われる。
 
結局、第一部を読み終えたところでそれ以上読み続ける気力を失ってしまったのだが、上記のような構造的な問題のみならず、具体的な表現として本書の関係者が科学全般を理解されていないのではないかと思われるところがいくつかあった。
 
「はじめに」の文中では、スタッフの一人が、本来まじめな(?)テーマで知られるNHKスペシャルで「超常現象」を取り上げる言い訳をあれこれ書いているわけなのだが、その中に「ありきたりの安い金属から、黄金を製造しようという」「普通に考えればありえない、いかにもいかがわしい」錬金術や「人間の運命を天体の動きで占う」が「科学的な根拠はまったくない」占星術を例にあげ、しかしこれらが「いかがわしかったり、疑わしかったりすることに蓋をせず、真摯に取り組むその姿勢が、新たな科学を生み出す牽引力となる」と主張している(つまり、自分たちがオカルトを扱うのも、いかがわしかったり、疑わしかったりすることに蓋をせず、真摯に取り組むことで新たな科学を生み出すかもしれないからだ・・・と)。
これは論理の主客がまるで逆だ。錬金術や占星術は、当時、それらこそが最新の科学だったのである。そして、最新の科学を極めようとする真摯な姿勢が、その軌跡にさまざまな成果をもたらしたのだ。
オカルトの調査、研究からまっとうな成果を残すつもりなら、それにかかわる当人たちこそがそれをいかがわしいもの、疑わしいものなどとみなさず、厳密に定義、幅広く調査、研究し、論文として発表し、広く世に問えばよい。それだけのことだろう。それができない者は、そのジャンルの科学者を名乗るべきではない。
 
また、本章ではロビーにたむろする者を「やけに体格のいい中年の男が4人。一人は頭をそり上げ、他の者も短く髪を刈り込み、盛り上がった筋肉にTシャツやジーンズがピタッと張り付いている」「異様な集団」と怪しげに描き、それが実は取材先の科学者の集団だったと驚く。
・・・科学者たるもの、青白い顔色に長髪、メガネ、白衣で片手に試験管、片手にビーカーでも持っていろとでも言うのか。
 
などなど、ことほど左様に浅はかな思い込み、決めつけ、愚説の頻出する本書はとくに「科学」という切り口について極めて悪質であり、将来を担う子供たちには間違っても読ませたくないものと考える次第。
NHKという無用なプライドを背負って自信満々なだけ、ある意味、幽霊などよりよほどタチが悪い。

 

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