切なさ八景 その1 『私の頭が正常であったなら』 山白朝子 / 角川文庫
最近(といってもここ半年あまり)読んだ作品のいくつかに「切なさ」という要素が通底することに気がついた。
どうやら自分はミドリムシが光につられるように、この「切なさ」に惹かれるタチらしい。
──ところが、手元の大辞林の「切ない」の項を引いてみると「(寂しさ・悲しさ・恋しさなどで)胸がしめつけられるような気持ちだ。つらくやるせない」などとあり、どうも今回取り上げたい「切なさ」と色合いが違う。それではまるで「悲痛」ではないか。
そうじゃなくて、ほら、片方の翼をなくして、(もう思い出せない誰だったかと共に)空を飛ぶこともできない、でもすぐに死ぬわけでもなく、泣きもせず、ただ冷たい水の底で静かに生きながらえていく、そんな「切なさ」があるじゃないですか。
たとえば、といってすぐ思い浮かぶのが乙一。この人はもう「切なさ専門業者」と言ってよい。
作品によって作風はグロテスクだったりホラーテイストだったり無暗に悲壮だったりするのだが、それでも予想外の展開にかき混ぜられた読み手がページを閉じると、とっぷりしたその上澄みはいずれも青く透明な「切なさ」の培養液なのだ。
山白朝子はいくつかの筆名を使い分ける乙一のペンネームの1つで、もともとは乙一名義とは異なる作風の作品を書きたいときのために用意されたものだと思われるが、最近の『私の頭が正常であったなら』にいたるともうほかの筆名と区別がつかない。
苦い話、少し苦く笑える話、不気味な話、いずれも読後には淡い「切なさ」が残る。
設定も、落ちも忘れてしまっても、「切なさ」だけは残る。
主人公夫婦にだけ見える幽霊の謎が過去の出来事にリンクし、グロテスクな真相が癒しにつながる「世界で一番、みじかい小説」、首のない鶏が少年の喪失と相似する「首なし鶏、夜をゆく」、3.11の向こうから聞こえる声が主人公をさいなみ、かつ慰める「トランシーバー」の3作がとくにつらい。
ところで、山白朝子という微妙にヘンなペンネームは何に由来しているのだろう?
(そもそも乙一などというペンネームの使い手に明確な理由を求めてもしかたないのだが。)
ヤマシロアサコ。とりあえず並べ変えてみた。殺し屋マアサ。サロマ湖怪し。
何も起こらない。
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