『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』 H・P・ラヴクラフト、南條竹則=編訳 / 新潮文庫
触手系など、さまざまなホラークリーチャーの元となったいわゆる《クトゥルー神話》の始祖、ラヴクラフトの傑作短篇集。
ラヴクラフトのラヴクラフトたるを広く巷に知らしめる、よい企画、よい作品選択かと思う。
というのも、ここしばらくラヴクラフトの作品をまとめて読むとなると、もっとも手近なのが創元推理文庫『ラヴクラフト全集』(1巻=大西尹明訳、2巻=宇野利泰訳、3~7巻=大瀧啓裕訳)だったわけだが、これは以前にも書いたようにもともと「傑作集」として1、2巻が発行され、その後なしくずしに3巻以降の訳者であった大瀧啓裕氏が「全集」全7巻!を担わされた、大変な労作なのである。ちなみに現在は1~7巻まで通して『ラヴクラフト全集』と、タイトル、表紙ごと修正されているようだ。
ただ、労作であるがゆえに、「ラヴクラフトってどんな作家?」「クトゥルーって何?」という初心者の方にはトラックの向こう、いきなり7巻の大部にあたることになり、さすがに少しばかりハードルが高い。いやハードルどころか走り高跳び、いやいや棒高跳び、あまつさえバンジージャンプ。
その点今回の新潮文庫『インスマスの影』は、その1冊で、夢、狂気、古代をキーワードとする濃い闇のうねるようなラヴクラフトのテイストをよく伝える短篇を巧みに取りそろえ、初心者にも熱烈ファンにもお薦めできる(Amazonの書評などで訳文の優劣について二、三目にしたが、ここではそういう指摘がある、とだけ)。
収録短篇は以下のとおり。
「異次元の色彩」(4)
「ダンウィッチの怪」(5)
「クトゥルーの呼び声」(2)
「ニャルラトホテプ」(5)
「闇にささやくもの」(1)
「暗闇の出没者」(3)
「インスマスの影」(1)
もちろんラヴクラフトの熱烈ファンであれば「それならあれも」「なぜあれでなくこれが」等々思うところもいろいろあるに違いないが、《クトゥルー神話》の真珠母となった作品群を伝えるにはまず妥当なところかと思う。ほかのを読みたくなった人は素直に創元推理文庫版をポチろう。ビームコミックスからは『ラブクラフト傑作集』と題して主だった作品のコミカライズも出ているようだ。
ちなみに上の各タイトル右の数字は、創元推理文庫版の収録巻。「ニャルラトホテプ」(もちろんアニメにもなったラノベの怪作『這いよれ!ニャル子さん』の元ネタですョ?)はともかく、代表作の1つ「ダンウィッチの怪」がかなり下った5巻収録だったことなどすっかり忘れていた。
ほかにも、今回『インスマスの影』収録短篇を読み返し、ほかの作品と内容が混線していたり、実際には詳細な姿を描かれていない怪物がフルフル描かれていたように記憶していたり、など、勝手に脳内演出している作品が少なくなかった。こうしてこれを書いている間もよそ者の訪れないこの部屋には名状しがたい怪しい気配と異様な臭いが立ち込め、地面の深いところで何か揺れ動くような音、閉じきった窓の外では牛蛙や夜鳥の哭き声が耳に障るのであった。ゴゴゴゴゴ。
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