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2020/10/12

隅の若さま 『菖蒲狂い 若さま侍捕物手帖 ミステリ傑作選』 城 昌幸 / 創元推理文庫

Photo_20201012140101 普通に何十年か生きていると、目の前で起こっていることでさえ歴史なんてものはいくらでも歪曲されていくことがわかる。
慰安婦問題、モリカケ、上級国民の起こした交通事故。
どちらが正しいか、なんていう簡単な問題ではない。
互いが主張をゆずらないとき、真実などというものは本当にあるのかどうか、という話だ。

さて、『若さま侍捕物手帖』シリーズについては以前にも書いたので、今回は小ネタ。

今回発売された『菖蒲狂い』の編者、末國善己氏の「編者解説」によると、

『若さま侍捕物手帖』の形式が、オルツィの〈隅の老人〉シリーズの影響を受けたと最初に指摘したのは、おそらく『大衆文学辞典』〈青蛙房、一九六七年十一月〉を書いた真鍋元之である。(中略)ただ「隅の老人」と呼ばれている謎の人物が、女性記者から聞いた話だけで事件を解決する安楽椅子探偵ものの〈隅の老人〉シリーズは、『若さま侍捕物手帖』との共通点も多い。

とのこと。そしてその言に軸を置いてしまった末國善己氏は

初出誌から訳出した作品を編年体で並べた『隅の老人【完全版】』(平山雄一訳。作品社、二〇一四年一月)の登場で、「隅の老人」が必ずしも安楽椅子探偵ではないことも明らかになったので、事件現場で検証を行ったり、関係者から話を聞いたりする若さまは、より「隅の老人」との類似性が強まったといえる。

と見事「オ前ハ何ヲ言ッテイルンダ?」化し、そのウイルスに感染してはっちゃけたか、創元編集部はこともあろうに帯の惹句にでかでかと

「五大捕物帳」の一つにして、〈隅の老人〉に連なる伝説の安楽椅子探偵シリーズ、満を持して登場!

と書いてしまう。

しかし、待て。
若さまが現場に向かわない、いわゆる「安楽椅子探偵」を演ずるのは、今回収録された25編のうちでは「からくり蝋燭」ただ1篇。本書以外ではお家騒動に巻き込まれた若さまが長旅に出る、そんな長編もある。
若さまはそもそもが「安楽椅子探偵」などではないのである。

つまるところ、『菖蒲狂い』1冊における〈隅の老人〉云々の指摘は、若さま侍シリーズを過去の名作になぞらえて持ち上げんとする編者、編集部の煽りに過ぎない。しかし、この惹句を目にした読者の意識、記憶に果たして正しい情報は残るだろうか?

『菖蒲狂い』1冊は、何やらご立派な出自と文武の才溢れる若さまが、御用聞きの遠州屋小吉から謎の事件の相談を受け、

「親分、わしも行ってみよう」
「えッ? 若さまご出馬ですか、これアどうも」

と現地に向かい、些細なヒントから鮮やかに謎をとく、そんなショートストーリーのカタマリである。
どう転んでも、〈隅の老人〉などより元祖〈ホームズ〉との類似点のほうが圧倒的に多いのだ。城昌幸はオルツィを読んだかもしれない。〈隅の老人〉の影響を全く受けなかった、とも言わない。
だが、本筋はそこではないだろう。

若さま侍シリーズに満ち溢れる楽しさ、闊達な精神性は、そんな、1つ2つの作品にこだわる狭量さでなく、さまざまな捕物帳、またミステリ作品、あるいは源氏物語に始まるさまざまな貴種流離譚から美味しい要素、楽しいアイデアをすいすい取捨選択し、再構築した城の自在さにあるのではないか。

船宿に遊び、事件が起これば気楽に現地にかけつけ呵々大笑の若さまを隅に押し付けてどうする。

1つの作品の影響に窮屈に拘泥するのは、こののびやかで楽しい若さま侍シリーズを令和の時代に読む、薦めるにあたってむしろ野暮の極みでは? と思ってみたりするのだが、如何。

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