〔非書評〕実話怪談のすゑ 『怖い話を集めたら 連鎖怪談』 深志美由紀 / 集英社文庫
少し前のNHK『チコちゃんに叱られる』に「恐怖を感じた時、どうして人は顔が青ざめるのか」なるお題があった。
チコちゃんいわく、その答えは、「命を守るため」。
つまり、人は出血しそうな危機的状況にいたると血管を細め、血流を自ら悪くすることで事前に出血量を減らす、というのである。
そこまでなら見当もつくが、最近の研究では同時に血液の凝固作用が強まることも明らかになったらしい。
(するとおサルさんも木から落ちかけたときは顔が青ざめるのか? とは気になったが、今回、その方面はパス)
かくのごとく、人体は、恐怖に対して理にかなった反応を示す。
ただ雰囲気でなんとなく青ざめているわけではない。
だとするなら、ホラーや実話怪談の類を読んで本当に怖い思いをしたなら、人は血管を細めたり、血液の凝固作用を強めたりする、はずである。
だが、、、
ここしばらく、(相変わらず発行冊数は少なくない)実話怪談系の本を手にとっても、血管を引き絞るような思いをした記憶がほとんどない。
おそらく、実話怪談短編集が世にあふれ、月日が経過した結果、集団免疫というか、読み手はいろいろな意味でスレてしまったのではないか。
最近読んだものでいえば、(悪い引き合いに出して申し訳ない)福澤徹三『S霊園 怪談実話集』(角川ホラー文庫)、これが収録40篇、深夜一人で読んでも怖くもなんともない。
念のため断っておくと福澤徹三は文章力も確かな好もしい作家の一人で、初期の怪談集にはあまた出版されつつあった実話怪談本の中でも際立って濁った凄みのようなものを感じたものだ(「厠牡丹」の最初の一文の見事さときたら!)。
その福澤本にして、もう、まったく血管が反応しないのである。凝固作用がときめかないのだ。
原因はいろいろあるだろう、集められた話が場所や落ちは違えどアングルとして過去誰かにどこかで採話されたものと大同小異である、とか、当節は心霊怪談などより怖い話が巷にあふれている、など、など。
そもそも、この慣れ、ダレは、構造的なものではないか、という考えもある。
誰かが語ったとするコワイ話を誰かが聞き集めてまとめる、それだけではもはやコワイとは思えないのだ。
もちろん、蒐集、編纂側も手をこまねいているわけではない。
場所や地域(病院、廃墟、山、沖縄、ほか)、大きな災害(地震、津波、ほか)を切り口にする、逆に書き手の職業に特色を出す(建設業、漫画家、ほか)、など、など。
それぞれ面白くは読むが、こと恐怖の水準においてかつての域には達し得ない。
よしんばかつて巷を慄かせた作品と同レベルの刺激であっても、もはや読み手の側の神経が反応しないのだ。
(ただし、怪談の朗読会や映画など映像化された作品のもたらす恐怖は別。音や映像の招く刺激、生理的嫌悪、恐怖は文字によるものとは別モノと考えたい)
もう一点、問題なのは、実話怪談がこの数十年、これほど多数の作家によって蒐集され、出版され続けたにもかかわらず、実際には語り手、書き手がさほど危機的状況に陥っているように見えないことだ。
ある話を採話したがゆえに再起不能になった、行方不明になった、病院に入院したまま出てこない、亡くなった、という作家は寡聞にして知らない。せいぜいパソコンが壊れた、体調不良になった、程度。
逆に言えば、血管が縮む怖い作品となり得るもの──ありていにいえば今後の怪談の可能性を感じるもの──は、その恐怖が直接書き手に迫りくる怪談、ということになる。
思い起こす、一つは小野不由美『残穢』(新潮社)、もう一つが郷内心瞳の『拝み屋郷内』シリーズ(MF文庫ダ・ヴィンチ)。
これらの怖さ、気持ち悪さは、実話怪談に慣れた身にもいまだ内なる鳥肌として残っている。血管が縮んだかどうかは知らないが、少なくとも何か日常的でない泡立つ歪みは残った。
これらの作品の影響を受けてかどうかは知らないが、語り手が依頼を受けて実話怪談を採話しているうちに──という設定で書かれた作品の一つが、『怖い話を集めたら 連鎖怪談』である(ようやく本題にたどり着いた。ぜいぜい)。
作者深志美由紀は、第一回団鬼六賞優秀作を受賞した官能作家でもある。道理で作中に怪談本にしては珍しい設定(あくまで設定。エロGIFを期待してはいけない)が絡んでいる。
全体には依頼に応えるライター、的な文体ではあるが、企みに満ちた実話怪談の章(つまりは創作なのだろう)とそれを採話、編集する語り手「私」の一人称の章とが相互にじわじわと違和感を高め合い、効果を上げている。
スヴィドリガイロフというか蘆屋道満的な人物まで配され、ライトな読後感にもかかわらずなんともいえない気持ち悪さが残るのだ。
この1冊をもって新しい実話怪談の方向性とか、実話怪談に新星現るとか、そういった大仰なことを表明するつもりはない。ただ、最近の読書の中では感心した次第。
品質的退潮の続く文字ベースの実話怪談だが、まだやりようがあるということを再度示してくれただけでも嬉しく推奨作としたい。いや、実際、怖いし。
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