塵から生まれ、塵となり 『火葬人(東欧の想像力9)』 ラジスラフ・フクス、阿部賢一 訳 / 松籟社
来たる終戦記念日に添えて、チェコの作家のいささか気色の悪い小説(1967年)を1冊。
主人公コップフルキングル氏は「よき夫、よき父、音楽を愛する誠実な勤め人」の外面をもつ、早い話がモラハラ夫。
この夫にして父親は、四六時中空気を読まず善意の説教を垂れ流すが、そのややピント外れなモラハラトークは適当に頷きつつ聞き流していればいたって穏やかな家族の生活を送ることができる。
そんな平和な日々は捕食動物の館の豹の前での美しい妻との出会いから17年にわたって重ねられた。
しかし、多くの事例が示すとおり、モラハラ男が繰り出す倫理観や道徳概念はおおむねその場限りの思いつきか、どこかからの借り物に過ぎない。
コップフルキングル氏は妻を別の名で呼び、手に入れた肖像画を別人のものとして披露する。彼の意識では、何か、もしくはすべてがいつも上滑りしているのだ。
そんなコップフルキングル氏の倫理函にある日収まったのは、声高な知人からもたらされたドイツナチス思想だった。
チベット仏教の書物、ペストの流行を描いた蝋人形館、ボクシング観戦、展望台からの光景、クリスマス・パーティ。
コップフルキングル氏は暗くて重い生の真実、そして死の意味に出会うチャンスに何度も出会いながら、その都度言葉で説明しては流してしまう。彼は手に入れ損なう。何度も。
そしてコップフルキングル氏の職業は当時最新の葬送方式を司る「火葬人」だった。
火葬場に赴任した若者に説明する彼の言葉に耳を傾けてみよう。
焼却炉はふたつあり、故人は灰へと完全なる変化を遂げます。今はコークスからガスに変更したので、所要時間は一時間十五分です。
コップフルキングル氏の仕事が火葬人であったのは、火葬人が必要だったから、なのである。
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