30行でゆがむ 『現代百物語 終焉』 岩井志麻子 / 角川ホラー文庫
岩井志麻子による実話怪談集『現代百物語』、10巻をもって終焉。
このシリーズでは1巻につき99話、10巻合わせて990話がすべて文庫書き下ろしで発表されてきたわけだが、掲載怪談はいずれも2ページ見開き、本文30行にきっちり納められている。
その30行の中で、話者紹介、本文、それに著者の感想ないし後日談が添えられてその密度、品質に各話揺るぎがない。
たとえば、ある話で、語り手は
同世代の彼は、ある地方の開業医の息子だ。
と紹介される。
読み手の誰しもが岩井志麻子の年齢を詳細に知っているわけはない。『ぼっけえ、きょうてえ』が話題になってからでも久しいので、「同世代」といえば中年、といったところか。
「ある地方」とあるからには東京、大阪など大都会ではないのだろう。とはいえ、怪談を語る際、極端な田舎、過疎地域ならそう断りが入ることが少なくないので、地方都市、といったところか。
「開業医の息子」という言葉から比較的裕福に育ったこと、また本人は医者ではなさそう、と窺える。
──どうだろう。たった20文字で、その後に続く怪異(というほど怖い事件があるわけではない)への導入に過不足なし。
これは、個々の怪談を見開き2ページに畳む作業的な意味のみならず、こうした巧みな凝縮性が、語られた人物、出来事への漠然とした恐ろしさを膨らませる、そんな効果にもつながってはいないか。
ほんの少し会話がかみ合わない、あるはずのない写真があった、など、その程度の出来事が著者の削ぎ落とした文章で語られるとき、もしかすると本当は凄まじく恐ろしいことが起こっているのでは、と怪しいものがこちらの手元で広がるのだ。
さらに、多くの話において、最後の2、3行が怖い。
著者は、幽霊が、生霊が、謎の出会いが、といった直接的な怪談を聞き語った後、話に応じて以下のような感想を述べる。
それを語ったその人のほうが怖い。
その話をした女性が誰だったか、その場にいた誰も思い出せない。
それを語った彼は、実は事件の当事者ではなかったか。
などなど。
そのとき、『現代百物語』は、聞きかじった(あるいは無理やり創作した)凡百の実話怪談と、薄皮1枚隔てて全く別のものと変容する。
語られる怪異そのものはそう新味でもないのに、『現代百物語』各巻が捨てられず、もしかして何年かのちに読み返すと思いもかけない新たなイやなものになぶられるのではないか、そんな気がしてならない所以である。
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