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2018年12月の7件の記事

2018/12/22

宣伝し続ける17歳 『6代目 日ペンの美子ちゃん』 服部昇大 / 一迅社

Photo研究・発掘本だった『あの素晴らしい 日ペンの美子ちゃん をもう一度』の刊行から気がつけばもう十有余年、今度は実作マンガ単行本だ。

作者がネット上で美子ちゃんのパロディマンガを描いていたところ、声がかかり、公式に6代目となったという。

そんないきさつなどどうでもよいくらい、この1冊にあふれるテンポ、ひねりのセンス、バイタリティはあの美子ちゃんそのものだ。
ことに応じて日ペンを紹介する、ただそれだけといえばそれだけの1ページなのに、つい読んでしまう。ほんの少し元気になる。

時事ネタ、パロディネタ、ささやかな生活の一コマ、どんな話題も強引に

  日ペンは80年の歴史があって
  先生方も超一流ぞろい!
  1日20分の練習で
  1週間もすればすぐに上達よ!

につないでみせて、考えてみればその無敵性においてマンガ界で男子は諸星あたる、女子は美子ちゃん、この二人が双璧なのではないか。

唯一気になるのは、スペシャルコメント欄に初代美子ちゃんの矢吹れい子(=中山星香)さんからのメッセージがなかったこと。
「美子ちゃんは初代しか認めない!」とまでは言わないが、自分にとって美子ちゃんといえばあくまでというかどうしても1970年代の少女マンガ誌の巻末をカラフルに飾っていたあの初代美子ちゃん。6代目はそのキャラクターをよく受け継いでいるだけに、初代作者の感想を聞いてみたかった。

2018/12/19

最近読んだミステリから ヘレン・マクロイ『悪意の夜』、田南 透『翼をください』、ディック・フランシス『興奮』

Photo『悪意の夜』 ヘレン・マクロイ、駒月雅子 訳 / 創元推理文庫

概して主人公(語り手)が

  催眠術
  記憶喪失
  夢遊病

のいずれかに陥る類のミステリは苦手だ。これらが通るようならほとんどもう「何でもあり」になってしまい、探偵がどんなに理屈を唱えても「ほんとかな?」の疑念が晴れなくなってしまう。

加えてかの『バーナード嬢曰く。』にも

  ディックが死んで30年だぞ!
  今更 初訳される話がおもしろいワケないだろ!

の名文句があるが、こちら『悪意の夜』はウィリング博士、最後の未訳長編。バーナード嬢にならえばおもしろいワケがない

……だが、それだけ足を引っ張る前提満載の割には、楽しんで読めた。否、むしろ東西冷戦を背景に、苦い動機、苦い殺人という、マクロイらしさに溢れたお得感のある読後感でもあった。いやほんと。

解説の佳多山大地氏は本作が最後まで訳されなかった理由(つまり作品の欠点)についてある展開の物足りなさを指摘しているが、もともとマクロイの長編にその程度の瑕疵は珍しくない。それどころか、その欠点とされる展開は本作のスピード感や明確さにつながっているようにも思う。

つまるところマクロイの作品は「名手」とか「円熟」とか「巨匠」とかいった煽りは気にしないで、少し古めの海外サスペンスドラマを見るつもりで楽しむといいように思う。無理に重くとらえる必要はないし、現代に引っ張ってくるべきものでもない。

Photo_2『翼をください』 田南 透 / 創元推理文庫

プロフィール非公開の作家によるデビュー作。新人にしては手慣れたところがあって、既存のプロによる覆面作なのかな、とも思う。

愛らしい笑顔と親身な気遣いの裏に計算高い本性を隠し持つ女子大生石元陽菜。彼女はストーカーに付け狙われ、その無言電話に対して憂さ晴らしに周囲の者から打ち明けられた「秘密」を暴露してしまう。ところが、その中にはストーカー本人の「秘密」が含まれていた……。
この展開はなんだか新しい。文庫カバーの粗筋にワクワクするなんてそうそうないことだ。実際、陽菜、陽菜に夢中な男子大学生、ストーカー本人、それぞれの登場人物に順に語らせる前半はスピーディかつ人物紹介も巧みで読ませる。

ただ、大学のゼミの関係者から捜査陣まで皆それぞれ「わけあり」にしてしまったため、どんどん話が煩雑になって、終わってみれば全員ヘンな人、全員病人。というか、心の病気合戦で一番アブない奴が勝ち残る、そんな話になってしまった。
さらに最終章の決着はいくらなんでも警察の鑑識能力をバカにしすぎ。あの人物とあの人物の遺体を取り違えるとか、あり得ないでしょう。

前半は読ませる、と書いて、後から気がついたのだが、本作の物足りなさは上の『悪意の夜』について佳多山大地氏が指摘した内容に相似する。最後に笑うのが石元陽菜でもよかった。石元陽菜の活躍するスピンオフ青春ミステリ。どうだろう。

Photo_3『興奮』 ディック・フランシス、菊池 光 訳 / ハヤカワ文庫

古典中の古典。ごめんなさい、読んでいませんでした。
今回は長年本棚に積んであったものを1冊クリアした、という報告だけ。

解説で石川喬司氏がディック・フランシスを持ち上げに持ち上げているが、まあこの方は「馬家」で知られる大競馬ファンでもあったので……。

2018/12/17

大団円 『そこをなんとか』(最終15巻) 麻生みこと / 白泉社 花とゆめCOMICS スペシャル

15素晴らしい。

相続、親権、結婚詐欺、少年犯罪、自己破産、民事再生法、不当解雇、モラハラ、などなど、さまざまな法律事務、訴訟に片をつけてきた『そこをなんとか』、最終巻では(表紙にあるので書いてしまうが)「薬害訴訟」「弁護団結成」というこれ以上ない大ネタ。主人公楽子の成長も感じられ、モヤっていたアチラのほうもきっちりランディングして、ダイ・ダン・エーン!!

ということで、褒めよ讃えよで終わればよいものを、ついつい細かいことまでつついてしまうのがカラスの悪いくせ。
麻生みことファンの方はこの後は読みませんように。

たとえば、有能、優秀、とこれ以上ないほどに切れ者扱いされてきた先輩弁護士東海林の、今回の扱い──もう少しなんとかならなかっただろうか。
いや、もちろん東海林が勝ったのでは話にならないし、テレ朝「リーガルV」の向井理、NHK「炎上弁護人」の小澤征悦らの例を引くまでもなく、ヒロインの元パートナーのエリート弁護士なんて毎度こんな扱いなのだけれど。

も一つ、これはこの作品の最初からずっと靴下の中に入り込んだ砂粒みたいに気になっていたこと。
楽子が司法試験を受けるための収入源としてキャバ嬢だった──この設定は必要だっただろうか。外国人を含む大勢と同居、という設定も、生かす生かさないの前に妥当だったかどうか。
キャバ嬢であったことが最終巻の薬害訴訟の伏線となった、これはわかる。だが、そもそも、男女の機微に疎い楽子のキャラとキャバ嬢という仕事がかみ合わない印象が強いのである。
(ちなみに薬害訴訟の準備の中で楽子は現役キャバ嬢たちを「彼ら」と呼び、彼女たちから「先生」と呼ばれて訂正しない)。

作品中随所にみられる楽子の自問自答、心の中のボケ、ツッコミでいえば、

  あたしが夜の嬢? ないない
  誰があたしに金落とすって?

こちらが自然な気がする。
そう、不自然なのである。

2018/12/10

『Acrobatic 物語の曲芸師たち ミステリー傑作選』 日本推理作家協会編 / 講談社文庫

PhotoLifeだのLoveだのProposeだの、ミステリー傑作選のサブタイトル、内容としてこれはどうなの──が数冊続いて空漠たる思いにとらわれていたが、今回は、なんというか、踊れるものがあった。

『Acrobatic 物語の曲芸師たち』は2015年に講談社から刊行された『ザ・ベストミステリーズ2015』を2分冊にして文庫化したものの1冊で(もう1冊が既刊の『Propose 告白は突然に』)、2014年に発表されたミステリー短篇から秀作6篇が収録されている。

玄関のベルに応対すると、妻を亡くして間もない近所の老人だった。座敷童が家にいるようだ、というのである。
  (加納朋子「座敷童と兎と亀と」)

人を殺した罪を抱えて刑務所の門を出た男。そこに現れた三人の若者たちは金を求めて男を強請り、執拗につきまとう。彼らの嫌がらせに再就職もままならなくなって男は……。
  (下村敦史「死は朝、羽ばたく」)

人形のような顔でガムを噛みながらロシアンルーレットに連勝する少年。友はすでに敗れて入院した。勝ち運を失ったギャンブラーは神に愛される少年に勝てるか。
  (両角長彦「不可触」)

川沿いの公園で開かれる“ゆるキャラ”コンテスト。そこには恐ろしいテロリストたちの陰謀が隠されていた。SATを辞め、捜査権のない主人公はいかにして爆薬のありかを探り、殺戮の午後から市民を守るのか。 ←嘘々
  (東川篤哉「ゆるキャラはなぜ殺される」)

名家を継ぐ一人暮らしの老婆をめぐる、ひったくり、名画盗難、放火事件……不埒なコンビが暴く相次ぐ奇妙な事件の真相は。
  (若竹七海「ゴブリンシャークの目」)

念願かなってもつことのできた自分のカレーショップ。開店の朝、最初の客は、子どもの頃母親に失踪された青年。唯一覚えている母親の作ったカレーの味の秘密は。
  (葉真中 顕「カレーの女神様」)

と、つらつらあらすじ風に内容紹介してみせても、おそらくほとんど決着への案内にはならないだろう。

どうなることかとはらはらさせておいて、文字通りアクロバティックに世界をひねってみせる「死は朝、羽ばたく」が一押し。フェアな本格推理作品でもある。
他のいずれの短篇も、一見ゆるめのユーモア小説や警察小説ふうに始まりながら、後半、骨太に論理的解決をしてのけて巧い。この興趣はミステリーならではで、ほかの何物でもない。

しいていうなら会社の命運をロシアンルーレットの強者にたくす「不可触」、ギャンブラーの苦い推理を描く短篇として過不足こそないが、いかんせんこの設定は鈴木マサカズ『ラッキーマイン』に前例があり、あの生臭く濃い世界観の後ではどうしても淡泊にしか感じられなかった。残念。

2018/12/06

〔ネタバレ御免〕 『スマホを落としただけなのに』 志駕 晃 / 宝島社文庫

Photo1980年代、カラスはあることに激しくイラついていた(雑誌にも何度か書いた記憶がある)。
ファミコンはすでに当時の子供たちの必須アイテムとなっていた。パソコンも8ビット、16ビット、32ビットと機能を高め、ビジネスに、ゲームに、右肩上がりにシェアを高めていた。もちろんパソコンが圧倒的な市民権を得るには90年代後半のインターネット普及を待つ必要があったが、それらデジタル機器が生活に何か全く新しいものを持ち込もうとしていることは明らかだった。
……にもかかわらず、人間を、社会を描くことに貪欲であるべき文学は、ほとんど、全くといってよいほど、それらを扱うことがなかった。振り返れば、黒電話、茶の間のテレビさえ、正面から描けなかったのではないか。

『スマホを落としただけなのに』は、その意味で、携帯電話、SMSというデジタルツールの現在を、それも小道具でなく、主たる素材(ある意味、登場する人物より重要なテーマ)として取り上げたサスペンス小説である。その意気は高く評価したい。
描かれた個人情報暴きにかかわる技術的側面も、概ね納得できる。とくに重要な携帯電話、SMSのセキュリティ破りについて、登場人物のやっていることは実は大半がアナログかつアナクロニスティックな作業であり、ハッカーだのクラッカーだのいうレベルの技術がなくとも根気さえあれば実行できるものである。

(これ以降、作中の展開にかかわることを書くので、未読の方はご注意ください。)

 

ただ、全体にあまりにも「偶然」の要素が多い。

たまたま誰かがスマホを落とした。それをよりによって猟奇殺人犯が拾った。
たまたまそのスマホの待ち受けには殺人犯好みの若い、長い黒髪の女性の写真が使われていた。
しかもその待ち受け画面には女性の名前まで書いてあった(ヲイヲイ)。
そのスマホのパスコードは持ち主の誕生日。
その若い女性と殺人犯はたまたま……? なんで殺人犯はその動画を知っていたのか。その動画を知っていたなら、なぜヒロインは彼を、彼はヒロインを知らないのか。

いっぱしの猟奇殺人犯なら、こんな偶然に頼らず、自らの目と足で犠牲者を選んでほしい。

ターゲットとなった女性が、また、実にいろいろ悩ましい。

あなたは現在の恋人について、のほほんと上から目線で語るべきではなかった。
あなたはそもそも間違ってもFacebookなど使うべきではなかった。
あなたは間違っても恋人に生々しい写真を撮られるべきではなかった。
あなたは昔の恋人になど絶対に会ってはいけなかった。
あなたは恋人や知人の触れるパソコンにその動画データを置いておくはずはなかった。
そんなあなたがクライマックスで突然「いい人」扱いだったキープ君を「一番知られたくなかった」人に棚上げしてしまう。動画データも昔の恋人とのキスもどうでもよいことになってしまった。もう、一から十までわけがわからない。

思い起こしてみると、何人も若い女性を殺害し、その隠匿に成功してきた殺人犯の最大のミスは、そんなヘンなヒロインをターゲットにしてしまったことにある。
つまるところ、作者の最大の失敗は、上に書いたあれこれの矛盾点などではなく、映画化を連呼されたその作品タイトルだったのかもしれない。
そう、正しくはこうあるべきだった。
『スマホを拾っただけなのに』

2018/12/02

〔短評〕 『ひらけ駒!return(1)』 南Q太 / 講談社 モーニングKC

Photo_4主人公の少年、宝が奨励会試験を1回だけ受ける、と決意したところで掲載が途絶えていた『ひらけ駒!』の復活。金の駒がさかさに立った! そんな驚き、喜びだ。
ただし、ストーリーは少しさかのぼって、宝が将棋と出会うところから始まる。

当然、宝は最初から将棋に強いわけでも熱中しているわけでもない。ママの奨めるほかの習い事を断れず、ことあれば将棋から離れそうにもなる。読み手としてはその都度、あっいけない、と声をかけたくなる。
おかしな話で、これは南Q太の描いた架空の物語であり、また宝がこのあと将棋の世界にどんどんハマっていくのは既刊の単行本で明らかなのに、それでもはらはらは止まらない。

本作(return)は子育て系のWebサイトで連載されているらしい。
そういえば8巻の最後の回にも、「子育ての極意ってかんじ」というセリフがあった。
確かに子育てってこんな感じだ。詰将棋じゃないのだから、正解なんてない。枝分かれのどこを選ぶか、どちらから選ばれるか。正解は、ない。

2018/12/01

〔短評〕 『きょうのカプセル』 黒田硫黄 / 講談社 ワイドKC

Photo_3黒田硫黄久々の(なのかな、よく知らないが。たぶん、『アップルシードα』以来)単行本。
あちこちに発表した小編を集めたもので、1冊としてのまとまり、コンセプトといったものはない、ないのだが、それでも、、

たとえば巻頭の「男と女」を読んだだけで、脱がされる。待て待て待て待て。目の前で、世界が、めくれる。自分がめくれ上がる。そして、己も何か書かねば、何か起こさねば、という気になる。
黒田硫黄の不思議さ、異様さは、前衛不条理劇等にはない、このポジティブさにあるように思う。
絶望する前に走れ。試みろ、流し、飛べ。

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