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2018年8月の5件の記事

2018/08/27

『短篇ベストコレクション 現代の小説2018』 日本文藝家協会 編 / 徳間文庫

Photo大雑把に区分するなら、
・花火大会の町の歴史から商店街の人間関係、かかった総費用から当日の天気の案配、そして打ち上げ実施から後片付けまで微に入り細を穿って綴る「長編小説
に対し、
・パンと打ち上がってドンと鳴る花火の一瞬を描くのが「短篇小説
として大きく外れはないのではないか。

※もちろん、たった16ページの短篇マンガにNHKの大河ドラマの1年分にも匹敵する大きな歴史のうねりと人々の悲哀を細部まで描き上げた「グレン・スミスの日記」(萩尾望都)のようなバケモノもあるにはある。

※ちなみに「長」「短」と漢字の不統一があるが、昔、木簡に穴を空け、ヒモを通して束ねて保管したことに由来する「編」と、竹で出来た木簡そのものに由来する「篇」の字を鑑みるに、ついつい「長編」「短篇」と書き分けてしまう、これは個人的なシュミ、コダワリの類なのでどうかご容赦願いたい。

さて、なぜ「長編小説」と「短篇小説」などという遠回しなことから書き始めたかというと、今回の『短篇ベストコレクション』の選評の加減が、どうも、起承転結のはっきりしない、つまり花火でいえば打ち上がって、のところで〆てしまって後を曖昧にした、そんな印象の作品が多かったためである。

文芸雑誌を読まないので、選者の好みなのか、2018年の作品の傾向なのか、そこは判断がつかない。
以下、収録作について、未読の方のお邪魔にならない程度にさっくりと。

川上弘美「廊下」
味な作品。ただ、昔の恋に対するこういうこだわりは、むしろ男性寄りの感性ではないか。
雪舟えま「りゅりゅりゅ流星群」
いわゆるBLの小説版なのだが、読後感は昔(1950~60年代)の少女小説に近い。
河崎秋子「頸、冷える」
北海道のミンク養殖を題材にした、起承転結が明確、かつ骨太な作品。強いて難点を探せば、タイトルが?
小川洋子「仮名の作家」
作者がときどき見せるテクニカルな逸品。とはいえ短篇集『海』収録の「バタフライ和文タイプ事務所」にはやや及ばず。
野崎まど「精神構造相関性物理剛性」
老夫婦の交錯する思いを描く穏やかな好篇だが……こんなもの(?)を掲載した「SFマガジン」はどうなっているのか?
高野史緒「ハンノキのある島で」
古典指定、保存書籍指定を受けられなかった新刊は六年をもって廃棄される、という「読書法」の施行された世界を描く近未来SF。興味と期待をもって読んだが、世界はもはやこのような法律を求めるほどには「本」に頓着していない。
いしいしんじ「おとうさん」
ほのぼの、なのか? よくわからなかった。
小田雅久仁「髪禍」
ある宗教団体のイベント……その描写は凄い。だが、小説として、こんなふうに解き放ってしまってはダメなんじゃないか。
澤村伊智「コンピューターお義母さん」
暴走しすぎた「髪禍」に対し、こちらは端的に怖い。現在の技術で十分賄っておつりのくる恐怖。ただ、攻撃を受ける側も同じ技術をもって防御ないし反撃に出るかもしれない。いずれにせよ夫の出る幕はない。桑原桑原。
恩田陸「皇居前広場のピルエット」
絶妙なスケッチ。ただしあくまでスケッチ。
深緑野分「緑の子どもたち」
ニューウェーブ(死語)のSF長編を切り抜いたような作品。この短篇が終わった後、穏やかで健やか日々が始まるのか、それとも凄惨な出来事が待っているのか。わからないが、それはそれで仕方がない。
藤田宜永「土産話」
視聴者の高年齢化の進むテレビは、イケメンと美少女がキャッキャウフフする青春ドラマなどより、こういった中年、老年のしみじみした哀歌をもう少し扱ってもよいかもしれない。ただ、この「土産話」、ちょっと考えると実に酷い話。
唯川恵「陽だまりの中」
孫のいる世代の母親を描いた作品。上の「土産話」同様、酷い話なのだが、酷い話を酷いとわかったうえできちんと着地させ、好感がもてる。
青崎有吾「穴の開いた密室」
ゴミゴミしたギャグが煩わしいが、事件(謎)と推理は本格派。座布団一枚。
三崎亜記「公園」
世界を裏返す三崎亜記の得意技は「公園」については有効だが、「子供たち」の描き方はやや凡庸。一本ならず。
勝山海百合「落星始末」
こちらもシリーズものの一部。雰囲気や言葉遣いは上質だが、描かれた肝心の「落星」そのものがちょっとよくわからない。え、それで本当に終わりなのか? と、この『短篇ベストコレクション』一巻全般に肩透かしの感あり。

わかるわけ ないだろ 『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(12)』 原作 草水 敏、漫画 恵 三朗 / 講談社 アフタヌーンKC

12苛烈さが加速する。
手に負えないほど面白い。

12巻では2つの病理診断が描かれる。いずれも、、その所見が直接、患者の生死にかかわるものだ。

医療マンガ数あれど、「医者は人の生き死にを扱う」という事実を抜き身で描く作品は案外少ない。
フラジャイル」は、人が面白がってはいけない領域を描いているに違いない。

逆に言えば、だからこそ面白い。読む価値がある。

歪んだ見方だと断った上で書いておこう、ここには(病理医に限らず、あらゆる)仕事の一つの真実が描かれている。
ある種の仕事は、ののしり合い、相手を叩き潰し、自身の体を壊すまで頑張っても、頑張っても、足りない。届かない。
それでも諦めない。答えを出し続ける。
そういうことだ。

2018/08/23

いしいひさいち蔵の中

もう2年ほど前に撮った写真(Twitterに公開)だし、現在ではさらに様子が変わっているのですが、せっかくなのでこちらにもアップしておきましょう。

都内に引越し、埼玉の木造家屋は本棚立て並べて書斎、というと聞こえがよいが要は本の倉庫にした当時の「いしいひさいちコーナー」。
持っている本の中で、楳図かずおや坂田靖子、アガサ・クリスティーを抑え、作家個人名ではいしいひさいちの本が一番多い。単行本とのダブりが少なくない双葉文庫版も揃えるかどうかが今後の悩みどころ。

Photo

下は1978年、1986年の漫画アクション増刊。
バイト先のデパートの休憩室に無造作に置いてあった左の1冊が、いしいひさいちにハマるきっかけ。夏の甲子園は100回100回とうるさかったけど、僕のいしいひさいち暦はもうすぐ40周年ということで。

Photo_2

2018/08/20

舌、出さない。 『ののちゃん全集⑪』 いしいひさいち / 徳間書店 GHIBLI COMICS SPECIAL

Photo終業式、校長先生の挨拶。
「水の事故に気をつけましょう。」
その後のクラス会、藤原先生。
「水の事故に気をつけましょう」
帰宅後、母・まつ子、学校からの注意事項を読む。
「『水の事故に気をつけましょう。』」
そこでののちゃん、
気をつけるからどこか、
水の事故に気をつけに行きたーい
。」

……ほとんどウィトゲンシュタインの問答集である。

朝日新聞 2016年1月1日~2017年12月31日掲載の全711作。
アルマイトの弁当箱より分厚い、重い。
その上、1作1作の密度が上記の如し。さらりと読み流すことなどできやしない。

いしいひさいちについて書きたいことは山ほどあるが、過去書いたことにダブりそうだ。こちらをご参照ください。

なお、本11巻には、キクチ食堂での食堂ライブ、市立南高校の文化祭ライブなど、あの吉川ロカも幾度か登場している。ファンは必ずチェックのこと。

2018/08/02

『ハコヅメ ~交番女史の逆襲~』(現在2巻まで) 泰 三子 / 講談社 モーニングKC

2カバーによると作者は「某県警に勤めること10年」とある。安定・安心の公務員の身分を捨てて専業マンガ家を選んだのだ。ほとんど犯罪である(
内容はというと、現場経験に基づくブラックな警察署勤務の本音、裏話を愚痴愚痴と……これが実に面白い。

作画はお世辞にも巧みとは言い難く、とくに若い女性警官が「目」で区別がつかない(同じ制服を着ていると、髪型やセリフで人物を区別しなければならない)。しかもその「目」の外側に余計な線があって、怒っている、嘆いているの区別がつきにくい。さらにコマ展開にリズムがなく……
とかとか、そんな弱点をテイヤっとちゃぶ台返して余りある魅力が本作にはある。

マンガは「絵」によると同時に、「言葉」による創作物だと思い知らされるのが、こんな作品に出会ったときだ。

  ちゃんと
  言わなきゃ
  いけないこと
  あるでしょ

とか

  とても
  きれいな
  ご遺体
  でした

という、ただこう引き写してしまえばなんてことのないセリフが、作中でどれほどの重みを伝えるか。

(連載を毎号楽しみに読んでいるので知っているのだが)8月末発売予定の第3巻も間違いなく大切な1冊になる。確約する。

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