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2018年7月の4件の記事

2018/07/26

『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』 岩波 明/ KKベストセラーズ ベスト新書

Photoそれなりの専門家による余技、アルバイトなのだろうか、最近の新書には、どうにも納得しがたいものが少なくない。

一つには、ある対象(歴史的事件なり仕事なり経済論なりダイエット法なり)について、タイトルを定義、説明する通り一遍の枠組みで1冊を埋め、まあその対象についてまったくご存知ない方には勉強にはなるだろうが、それだけといえばそれだけ、といった本。
もう一方は、その対象についての事例をなんとなく思いつくままに列挙したような本。

精神科医 岩波明氏の『殺人に至る「病」 精神科医の臨床報告』は後者にあたり、要は、著者が過去の常軌を逸した殺人事件をいくつか取り上げ、その経緯を紹介、という体裁である。

取り上げられた事件は、(前書き・後書きなどでつまみ食い的に取り上げられたものを除き)帯の惹句によれば
  サイコパス作家・宝石商銃殺
  近所の騒音幻聴・復讐刺殺
  通り魔・知的障害者・ネグレクト
  東大卒・地下鉄サリン実行犯
の4ケース。
時代・背景、犯罪の在り方もまちまちで、被害者がいるため著者のいう「悪」であることは共通するのだろうが、それ以外に共有項を見つけ出すのが難しい。

なにより不思議なのは「精神科医の臨床報告」なるサブタイトルで、著者はここに取り上げられた事件の容疑者、ないし被害者を直接診断した気配がない。「臨床」を字義どおり「実際に病人を診察し、治療すること」とするなら、甚だしく看板に偽りあり、だ。

百歩譲って当人の診断でなく、他の精神科医の「臨床」記録を元にしたとしても、上記4ケースが、必ずしも精神科医の視点から書かれているわけでもない。
後半になるほどそれが顕著で、4例めの(たまたま本日死刑執行された)オウム事件の豊田死刑囚についてなど、事件当時から最近までの報道から切り貼りしたかのような印象で、ことさらこの著者が語るべきものと思えない。
そもそもオウム事件の一被告を新書数十ページで語り切るななど、できることではないだろう。

つまり本書は、過去の残虐な殺人事件を煽情的、醜聞的に取り上げ直した、と評されてもしかたのない内容となっている(サイコパスによる犯罪などに興味を持つ方は、週刊誌的な視点では本書をそれなりに面白く読めるかもしれない)。

ここに至って、再度タイトルに注目してみよう、すると「殺人に至る病」という主題も、意味がよくわからない。
著者は精神障害者による暴力はいつの時代にも一定の割合で存在することを主張する(p.78)。それはわからないではないが、逆に、本書を読んでいると、精神病理的に正常なものでも、状況によっては殺人を犯すようにも読める。
それなら、わざわざ精神科医をタテに語る必要もない。

(追記)
同じ著者の『狂気という隣人 精神科医の現場報告』(新潮文庫)などは格段に面白く読めたので、おそらく本書における問題は企画、コーディネートの問題だったのではないかと推察する。

2018/07/23

『からかい上手の高木さん』(第9巻) 山本崇一朗 / 小学館 ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル

9夕飯のレタスとトマトのサラダを取り分けていたら、次男(23歳、大学院生)が、
「そういえば、新しいの、出てたね」
「9のこと?」
「そう。買ったけど、読む?」
「ごめん、帰りに、駅で買った」
「3も?」
「3は買ってない。あとで貸して」
「おけ」

そうしたら、妻が怒った。
「あんたたち、わけわからんことばかり話してないで、早く食べてフロ入りなさい」
「はい」
「はーい」

ちなみに、9とは、山本崇一朗『からかい上手の高木さん』の新刊。3はそのスピンアウト(後日談)、稲葉光史『からかい上手の(元)高木さん』第3巻のこと。
我が家では父子で同じマンガをせっせと買いそろえているのであった。ごめんね、妻。

2018/07/15

新しいミステリのかたち 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (4)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photo前回も書いたように、これはミステリである。
もしかすると、新しいミステリのかたちが示されているのかもしれない。

毎度そうなのだが、読み始めはライトな感覚である。経理部の森若さんをめぐるにぎやかで少しだけ面倒な日々を描いた女性向けお仕事小説……

短編四部とエピソードの掌編からなる本巻でいえば、経理部の新人との葛藤を描いた第一部や若い女性ならではのエピソードを描いた第三部までは、(森若ファンとしてはショックではあるものの)まだわかる。
第四部はまるでわからない。背中から切りつけられたのに、そのナイフがあまりに鋭利なため気がつかない、そのくらいダメージは大きい。

かつて、1980年代、若手の作家たちによってさまざまなトリックや書き方を工夫した「新本格ミステリ」が勃興し、その中に、平凡な生活を送る若者(主に少女)が日常の言葉や出来事に微かな違和感を感じ、そこに(ときに残酷な)真実を暴いていく、「日常の謎」と呼ばれるジャンルがあった。

『これは経費で落ちません!』で提示されているのは、「日常の謎」に匹敵する、新しいミステリの在り方である、と言って過言ではない、かもしれない(もちろん、一つのジャンルとして成立するためには作者のみならずエピゴーネンの追従が必要であることはわかっている)。

この作品は、まず、これが謎解き小説であることを示さない。ヒロインは探偵であることを是としない。しかし、経理部という生々しい数字を扱う部署に勤めるヒロインは、あれこれ社内の厄介ごとに直面せざるを得ない。そして彼女は、その謎を暴くことを拒否し、目をそらし、隠蔽しようとする。
読み手はそこで、ワトスンを相手に驕り高ぶる名探偵の、さらに上をいく聡明さに打たれ、冷たく刺される。ミステリはぎりぎりまで真相を語ろうとしない、ヒロインそのものなのだから。

2018/07/10

『牧神の影』 ヘレン・マクロイ、渕上痩平 訳 / ちくま文庫

Photo原題は“Panic”、このPanicのpanがギリシャ神話の「牧神(Pan)」から、と知ったのが一つ勉強。
訳者あとがきで「暗号の発展史と推理小説の暗号」をかなり詳細に学べたのがまた一つ勉強。
(ポーの「黄金虫」に出てくる単一字換字法暗号など、政治・外交の世界では16世紀にはすでに力を失っていた──などなど)

・・・と、勉強にはなるが、それが必ずしも作品の力とならないところがつらい、マクロイ

本書『牧神の影』も、解決における暗号キーの提案、また夜の森に潜む徘徊者の正体、など、推理小説としての謎と解明はなかなか面白い。
ところが、中盤のサスペンス(つまり、まさしくPanicのシーン)、ヒロインのあまりの危機感のなさにページをめくる気がなえる。作り話であるとわかったうえでも、もしヒロインが早々に殺されていたら果たしてどれほどの国家的損失か・・・などと考えるとヒロインのみならず、軍や周囲の者たちの呑気さも正直呆れんばかりだ。
作中に頻出するヴィジュネル暗号を解説するためのアルファベット表も(純粋に暗号に興味がある読み手はともかく)あまりに煩雑で読み飛ばすしかないため、何度も読書の集中が途切れる。いや、すみません先生もちろんこちらの頭が追い付かないせいではありますけれども。

訳者はあとがき中で「後年のサスペンスものでは、途中からしばしばエスピオナージュ的な展開が入り込み、ややもするとストーリーを混乱させる」等々書いているが、「脂の乗った時期に書かれた作品」たる本書においても、いろいろバランスの悪さを指摘せざるを得ない。

というわけで、まあ言ってしまえば良くも悪しくもマクロイらしさ横溢爆裂。読み切ってしまえば勉強プラス面白さで☆の数は標準越えではあるのだけれど、これが創元推理文庫でなくちくま文庫からの発刊であるのもまた納得。

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