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2018年4月の3件の記事

2018/04/30

エピゴーネン 『タラント氏の事件簿』 C・デイリー・キング、中村有希 訳 / 創元推理文庫

Photoときどき、こういう困った本に出会う。

内容は、有能な日本人執事(実はスパイ)を従えた謎のディレッタント紳士が次々と怪事件を解き明かす、というもの。
1935年に発表された短篇集に同じ主人公が活躍する短篇4作が増補されている。

その謎、といえば、
  博物館の一室から忽然と消えたアステカの古写本
  ペントハウスで起きた密室殺人
  乗る者を死に追いやるボート
  路上で次々と発見される首なし死体
  古詩のとおりに消失と出現を繰り返す竪琴
  レストランで起こった加害者を特定できない殺人事件
など、など。

本シリーズを「クイーンの定員」に選んだエラリー・クイーンは「当代に書かれた中でもっとも想像力に富んだ探偵小説の短篇である」と高く評価したそうである。びっくりだ。

謎はそれなりに面白い。展開もそこそこサスペンスフルだ。しかし……。
密室殺人らしきものがあったらまずそこを建てた大工さんに聞きなさい、だし、ボートが危険なら自身で湖に乗り出す前にすみずみまで調べてみてはいかが、と忠告したい。首なし死体の凶器は、どう使ったら首が切り落とせるのかさっぱりわからないし、竪琴の隠し場所は気づかれないほうがどうかしている……。
さらに、最後の数篇は物理学すら放棄してオカルトに走っていってしまった。読み手への嫌がらせか?

この短篇集を読み終えて、しみじみと感心したのは、ドイルのシャーロック・ホームズがいかに時代を越えてきたか、ということだ。
(すべて、とまでは言わないが)ドイルの残した事件、トリック、推理の多くは、現在、小学生が読んでもそれなりに理解できる。
ガス灯の代わりにLED、馬車の代わりにハイブリッドカー、電報の代わりにスマホが使われたとしても、骨子たるストーリーはさほど崩れない。

結局のところ、ホームズのストーリーは人間性の観察から組み立てられたものであり、『タラント氏の事件簿』はすでに隆盛を迎えていた探偵小説を見よう見まねで再生産しただけだった、ということか。だから、不可能犯罪のアイデアをこねくり回すうちに、安直にオカルトに負けてしまうのだ。

2018/04/12

『三面鏡の恐怖』 木々高太郎 / 河出文庫

PhotoKAWADEノスタルジック探偵・怪奇・幻想シリーズ」の新刊。
想定外の面白さ。

殺人事件が起こるのは本文のおよそ3分の2、147ページにいたってから。そこまでの人物描写になんとも言えない味わいがある。

日本全土の電化を志す電球会社の社長、真山十吉
十吉の最初の妻は三升財閥の有力者の娘だったが、結婚2年後に亡くなっている
その妻の母 川辺友子、妹 川辺辰美は今も十吉と同居している
かつて十吉に捨てられた恋人、尾崎嘉代子
嘉代子は十吉と親しい弁護士平原勝之助と結婚、のち離婚、病死

物語は、この電球会社の社長十吉のもとに、亡くなった尾崎嘉代子の妹を名乗る尾崎伊都子が訪れることで動き出す……。

人間関係は結婚、死別、離別がからまってやや煩雑だが、文章で読む分にはすんなり腹に収まる。
たとえば十吉はかつての恋人の妹、伊都子と再婚するにいたるのだが、その過程がほとんど描写されなくともとくに気にならない。
出会った日の伊都子、十吉それぞれの言葉が豊かな水気をたっぷりと含んでいるため、その後二人が惹かれ合って結婚しようが、憎み合って殺し合おうが、なんら不思議に思われないのである。

タイトルにある「三面鏡」は、言うなればこの事件を女性目線で語るものといえようが、作品全体を電気事業の在り方や経営陣と組合活動の軋轢を(あっさりとながら)描いた企業小説と読むこともできる。さらに、終戦直後の1948年に書かれながら、ドライでクールな展開が妙に「昭和」を逸脱して不可思議。

事件解決はやや無理やりトリックを組み立てた印象で、推理小説としてかならずしも最上のものとは思えないが、ともかく読書の楽しみを味わうことのできる稀有な1冊。
なにより、登場人物の誰に感情移入するかによって、これほど意外性、サスペンス色の変わる作品も少ないのではないか。

2018/04/04

漆黒 『蟇の血』 近藤ようこ、『フラジャイル(11)』 恵 三朗

黒いマンガを、2冊。

Photo『蟇の血』 近藤ようこ、原作 田中貢太郎 / KADOKAWA BEAM COMIX

田中貢太郎による原作は創元推理文庫『日本怪奇小説傑作集』の第1巻に収録されている。そのままでも十分気色悪いが、転がるような展開の中に読み手の想像力に委ねる部位がまだ微かに残され、どこかしらファンタジーの気配があった。
近藤ようこはその原作に忠実にストーリーを展開しながら、妖異を描くことに容赦がない。
追い詰められる悪夢のようであり、また悪い夢では片付かない絶望感。
この十年、二十年に読んだマンガの中でも図抜けて気持ちが悪い。怖い。

『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(11)』 原作 草水 敏、漫画 恵 三朗 / 講談社 アフタヌーンKC

容赦ないといえば『フラジャイル』の新刊も凄い。
かつて新薬の開発をめぐって主人公と対立した元・製薬会社の幹部を主人公に、医薬界のダークサイドを描く。
描かれる「黒」は、色の三原色を混ぜ合わせることでできる濁った黒ではない。漆のような、まごうことなき「黒」であり、それはもはや敵味方、善悪などという生ぬるい評価とは途絶したところで読み手を魅了する。
スピンオフという扱いらしいが、ある意味、(子供の病気を扱った一つ前の巻などよりよほど)このシリーズを代表する1冊かと思う。

Photo_3

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