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2018年2月の5件の記事

2018/02/27

〔短評〕 『乙嫁語り』(10巻) 森 薫、『ふしぎの国のバード』(4巻) 佐々大河 / KADOKAWA HARTA COMIX

Photo異国情緒溢れる(とはいえ後者は明治期の日本が舞台なのだが)『乙嫁語り』、『ふしぎの国のバード』の、それぞれ新刊。

『乙嫁語り』第10巻の前半は、アミルの夫たるカルルクが強さ、男らしさを身につけるためにアミルの兄アゼルたちと冬の野営地で生活し、弓やイヌワシ狩りを学ぶ話。後半は久々にイギリス人旅行家スミスに視点が戻り、砂漠の花嫁タラスと再会を果たすまで。
カルルクの一族とアゼルたちは一度はいくさを起こした仲だったはずが、アミルを介した親族どうしとはいえ、いつの間にこんな間柄になったのやら?

一方、『ふしぎの国のバード』第4巻、こちらは探検家イザベラ・バードの越後街道~山形への旅程に、かつて仕えたプラント・ハンター チャールズ・マリーズとの契約を巡る通訳 伊藤(イト)のドラマを交える。加えて英国公使夫人ファニー・パークスを主人公にしたスピンオフ一篇。

2冊とも「展開」より「いきさつ説明」色の濃い、箸休め的な内容ではあるが、通底するのは一人の人間が生きていくためにどうしても必要なプライドとか誇りのようなものだ。
カルルク、スミス、バード、伊藤らはもちろん、冷徹酷薄に描かれたマリーズでさえ、周囲からは理解しがたいプライドのためにそれぞれ状況の継続、先への前進を心がけてやまない。
その象徴として2冊ともに猛禽類の飛翔が美しく描かれる。これは偶然ではないだろう。

Photo_2・・・とはいえ、この2冊の中で本当に自在な精神のありようを示すのは、親戚の紹介でタラスと結婚した当日に「好きな人がいる」「(その人は)アンカラに向かうと聞いた」と言われて「困っちゃって」「仕方ないね」「だってかわいそうだろ?」とタラスをアンカラまで連れてくるとぼけた旦那、その人である。
少なくとも、肩に力の入りすぎたカルルク君がこのおっさんの域に達するにはまだまだ時間と経験が必要そうだ(早くしないとロシアが攻めてくるよ)。

2018/02/20

『神の値段』 一色さゆり、『天才株トレーダー・二礼茜 ブラック・ヴィーナス』 城山真一 / 宝島社文庫

ともに2015年の第14回「このミステリーがすごい!」大賞、受賞作。
雑誌記事を読んだ家人に乗せられて手にしたのだが、粗削りな面も含めて楽しく読むことができた。

『神の値段』 一色さゆり

Kamiあってないような現代美術(いわゆるコンテンポラリー・アート)の「値段」というなかなか難しいテーマに、その作品を扱うギャラリスト(画商)殺しをからめたミステリー。
まず、ギャラリストの若いアシスタントを語り手にしたことが好感を招く。その結果、マーケットにかかわるさまざまな蘊蓄を描いても押しつけがましさにつながらず、新鮮な読み応えが最後まで維持される(原田マハが『楽園のカンヴァス』にて主人公を伝説的な有能キュレーターに設定したがゆえ、全体に上から目線となってしまったのと好対照)。
ストーリーは、墨を使ったインクアートで知られる現代アートの世界的巨匠の作品をめぐり、やり手ギャラリストの女性が殺され、やがて背景にアートビジネスの仕組みが見えてくる、というもの。
その巨匠がなぜ作中にあるようなアートの作り方をしてきたのか、また、それによって決まっていく「値段」とは何かという点については、正直よくわからない。つまるところ、男性便器に「泉」と書いて展覧会に持ち込んだマルセル・デュシャンの作品に付く「値段」とは、ということなのだが、工業製品たる便器に特別な価値があるわけではないので、それに付加価値が付くなら著名人のサインが高価でやり取りされるのと変わらないのか?
この『神の値段』が不徹底なのは、その一方で巨匠の作品に見る者を圧倒する力を持たせてしまったことかもしれない。
ミステリーとしては、(世の書評にもあるように)最後の証拠が弱い。が、本作においてそれは些末なことだろう。

『天才株トレーダー・二礼茜 ブラック・ヴィーナス』 城山真一

Blackタイトルどおり、「黒女神」と呼ばれる天才トレーダーが依頼主の利益を獲得するお話。
興覚めなことを言うなら、いくら天才でも、リスクヘッジを考慮しないこの買い方買わせ方は無理、無謀。素人でもわかることだが、株なんてものは(以下略)。
だが、現実味のない話を読ませるからこそ小説、という逆説もまた真で、その意味でこの作品は正しくよくできた小説である。
興味深く感じたのは、主人公とワトスン役の青年が、ある著名マンガの登場人物2人をなぞって描かれていること。残念ながらその設定は作品全体の面白さや価値にさほど影響を及ぼさないが、それでもかつてはキワモノ扱いだったマンガが文字文化の側に影を落とす、そのことに遠い感動を覚える。
主人公の無敵ぶりや「雨の日に傘を貸さない人間にはなりたくない」という主旋律もやや子どもっぽくてマンガ的といえばマンガ的。だが、それが作品のリーダビリティを助けているのだから、いいのである。

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一点、余計なお世話だろうが、作品の評価とは別のところで、気になったのが作家名。
本名かペンネームかは知らないが、「一色さゆり」は往年の名ストリッパー、「城山真一」は経済小説家を思い起こさせる。ビッグネームをリスペクトして、というならまだしも、単に「調べていない」「気にしない」でこうなら、それはせっかく自分の本を出版する機会に軽薄すぎやしないか。
架空の物語を編むというのは、作品名、作者名含め、一言、一文字にいたるまで最大限に神経を遣い、工夫を巡らせるべき仕事のはず。違うだろうか。

2018/02/17

本棚にかけろ 『ビブリオ漫画文庫』 山田英生 編 / ちくま文庫

Photo「次は、えーっと、ビ、ビブリオ漫画文庫?」
「本、より狭く言うと古本屋がテーマの短篇マンガを揃えたアンソロジーですね」
「えらく堅いタイトル」
「内容も、堅いといえば堅い。水木しげる、永島慎二、つげ義春、松本零士、楳図かずお、辰巳ヨシヒロといった古豪、大家から、諸星大二郎、いしいひさいち、西岸良平、近藤ようこ、山川直人、豊田徹也ら現役中堅。加えて湊谷夢吉、つげ忠雄、うらたじゅん、南日れん、おんちみどり、Q.B.B.などちょっと変わった描き手まで」
「うう、ガロの青林堂が教科書こさえたら、みたいな?」
「なぜか山川直人が2作選ばれるなど、バラエティより編者の嗜好を優先したのでしょう。それはそれでスジが通った印象」
「久世番子『暴れん坊本屋さん』とか混じってたら、も少し突き抜けたかもしれない」
「それでも、誰が編もうが、古本屋をテーマにしたら最後、ノスタルジック、センチメンタルな昭和テイストが先に出て、友情・努力・勝利!の少年マンガや少女マンガの出番はないでしょうね」
「芥川賞選者と直木賞作家がリング上でディベートして、必殺技が決まると相手が体育館の屋根突き破って飛んでく、とかはないの?」
「ありません」
「ビブリオテカ マグナーム!!」
「(無視して)水木しげる、松本零士、辰巳ヨシヒロあたりの作品もそれぞれの作家にしてはやや凡庸で、こういったアンソロジーでなかったら選ばれたかどうか。それだけ本をテーマにしたマンガの傑作は少ないということかもしれませんが」
「そんななか、空気読まず楳図かずおのまっしぐら落っこちるキレキレ具合はさすが」
「つげ義春『古本と少女』は、貧しい学生と古本屋の少女の淡い恋を描いた佳編」
「あ、これ知ってる。昔、『紅い花』の文庫版で読んだ。懐かしー。でも、これ、“絵描きの青年が払った1500円はどうなるの?”とか“学生君が手にした1000円はどうするの?”とかが気になって気になってもう」
「諸星大二郎の作品は『栞と紙魚子』シリーズから」
「あー、あの栞ちゃんが水着で変身して悪の古本王と闘う」
「適当なウソをつかない」
「痛い痛い、本の角で叩くのは反則」
「豆腐の角で頭打って死んでください」
「あ、豊田徹也も選ばれてるのね。この人は、単行本『アンダーカレント』が面白かったから好きな作家なんだけど、はっきりしないものを追い詰めてこその作風。だから短篇集では長編ほどの手応えがない。今回の2ページも、アンソロジーに選ぶほどのものだったかねえ?」
「ど、どうしたんですか先輩。なんだかまっとうな人みたいですよ」
「ふふふ、こう見えてその正体は謎の青パンツ古本王」
「巻末の永島慎二『ある道化師の一日』は、作家の遺族の方の編んだ遺稿集(非売品)に掲載されたものだそうですよ。なんということのない6ページですが、いいですねえ。道化師の老人の、言葉を明らかにしない『・・・・・ ・・・・・』の吹き出し、永島慎二がほかの作品で使った手法ではありますが、本作ではとくに心に染みます」
「・・・・・ ・・・・・」
「先輩が同じことやっても、エロいこと考えてるとしか見えませんね」
「うう。毎度のオチなのに反論できん」

2018/02/12

『からかい上手の高木さん』(現在8巻まで) 山本崇一朗 / 小学館 ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル

Photo書店で平積みの人気作。
正直、手に取る前は、この年になって中学生のラブコメなんてなー、とあなどっていた。
ところが、高木さんがかわいい。尋常ならざるかわいさである。時計をキリキリ巻き戻し、どこかの平行世界で高木さんの隣に座りたい。

主人公、西片君は中学1年生。隣の席の高木さんが授業中、学校の行き帰り、なにかとからかってきてはいつも負けてしまう。今日こそは! とあれこれ企むが、結局見破られて失敗に終わる。
高木さんは実は西片君が好きなのだが(ときどき正直にそれを口にすることさえある)、西片君はドキドキするものの「まさか」、そこに高木さんのクリティカルヒット。今日も二人は──。

作者はかなり頭のよい人に違いない。少なくとも次から次と小さな「勝負」を挑み、西片君をからかう高木さんと同程度には頭が働かないと、これは描けない。さらに、一歩間違えるとしつっこい「いじめ」とも捉えられかねない設定を、西片君を(ドジで女の子の気持ちには鈍感だが)負けん気の強い、気持ちの良い少年に描くことですり抜ける展開も簡単ではないだろう。

と書いて、ところで本当にすり抜けられているのか? と気になってきた。
広辞苑で「からかう」を引いてみる。
「冗談を言ったり困らせたりして、人をなぶる。じらし苦しめる。揶揄(やゆ)する。」
なぶる、じらし苦しめる。……ちょっと怖いよ、高木さん。

2018/02/08

『赤い指』 東野圭吾 / 講談社文庫

Photo年明けから個人的にいろいろありまして、今も落ち着いたとは言い難い状況です。当ブログを楽しみに覗きにきていただいた方(がどれほどおられるのか存じませんが)には申し訳ありませんでした。

PCのキーボードに向かうのも久しぶり、でいきなり東野圭吾とは我ながら無謀な気もしますが、ここは短評でさらりと。

阿部寛主演『祈りの幕が下りる時』の映画がヒットと見聞きし、そういえば初期の『卒業』や『悪意』、『私が彼を殺した』などは別として最近の加賀恭一郎シリーズは読んでいないなと思い立った次第。
まず短編集の『新参者』で肩慣らし、それから遡って選んだのがこの『赤い指』です。

家庭内不和にいらだつ平凡なサラリーマンがある夜妻からの電話に急ぎ帰ってみれば、自宅の庭に少女の遺体……といういささかエグい始まり方から怒涛の終盤まで、話の、つまり読み手の転がし方が実に上手い。

冷静に考えてみれば最後に明らかになる真相は「いくらなんでもありえない!」レベルだし、その真相をわずかなきっかけで見抜き、思い通りの大団円に誘う加賀の手腕もいくら名探偵とはいえ「できすぎ」。さらにその事件の外側に描かれた加賀のプライベートも「ないない」。
──にもかかわらず、読み始めるや冒頭からついつい引き込まれ、真相に驚かされ、なにやら凄い人生ドラマに立ち会ったような気分にさらされる。いやほんと頭の半分では「ありえない」ランプが黄点灯しているんだけど。

東野圭吾という作家は、デビュー当時は同期の「新本格」に比べて地味な扱い、ミステリマニアからはさほど話題にされず、宮部みゆきほどには売れず……それがいつの間にかテレビも映画もヒットして、ベストセラー作家となってしまいました。
加賀恭一郎という探偵はガリレオシリーズの湯川学に比べても特徴のない、黒子、狂言回しな印象で、先にあげた初期の作品群についても加賀シリーズとして読んだという認識がそもそもありません。

もしかすると、それがいいのかもしれない。つまり東野圭吾という作家は、一部の特異なシリーズを除き、「謎解き」「意外性」「キャラクター」「人情」「読みやすさ」などをレーダーチャートにまとめると、一つの項目が突出することなく、まんべんなく3ポイントか4ポイント取る、そういった作品を産む技術を手に入れた、と、そんな塩梅ではないかと。
逆にいえば、本作の弱点は、本質的には犯行と無関係な「真相」を終盤にバランスよく配置したことにより、肝心の犯人像やその動機はほとんど捨て置かれてしまったことにあります。通ぶってその弱点を突くのも一興ですが、ここは素直に転がされるのが加賀シリーズの愉しい読み方というものでしょう。

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