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2017年8月の3件の記事

2017/08/31

『夜行』 森見登美彦 / 小学館

Photo_2太陽の塔』や『夜は短し歩けよ乙女』では浮世離れした天然ヒロインと彼女を追い回しつつプライドだけ高い冴えない先輩男子の言行についつい苦笑い、『きつねのはなし』では一転、首筋に冷たい刃を押し当てられる思いに震え、などなどなど、そんなファンにとって森見登美彦の作品の酷評など読みたくないに違いない(カラスだって何もわざわざそんなものを読みたくはない)。
であるからして、森見ファンを自認される方にはこれ以降読むことをお奨めしない。ブラウザを閉じるかYahoo!ニュースでもご覧ください。

さて、『夜行』の帯にはご丁寧にも表紙と背表紙の2か所に「10年目の集大成!」とある。もちろん作家本人でなく、編集者の手による煽り文言だろうが、これが集大成だとするといろいろマズいのではないか。

内容は第一夜「尾道」から「奥飛騨」「津軽」「天竜峡」そして最終夜「鞍馬」まで全5章、それぞれ異なる登場人物が訪ねた先の地名を冠したホラーというか人間失踪を描いた短篇集となっている。
構造は非常に凝っていて、実はそれがよろしくない。各章の語り手は10年前、鞍馬の火祭りに集った青年たち、その夜行方不明になった若い女性、そこに死んだ銅版画家の残した「夜行」という連作が各章にかかわってくる。

第一夜「尾道」は、単独のホラー短篇として読めばそう悪くない。失踪した妻を追う語り手の、悪夢の中にいるようなもどかしさ、訪ねた先の家の奇態さ。ところがその幕閉めがあまりにもありきたりで拍子抜け、おまけにこれではどうにも次章につながらない。

それ以降、この連作集にはキーとなる建物がいくつか登場する。同じ建物のつもりかそうでないのか判然としないのだが、「尾道」の家を除くと、いずれも書き手が期待するほどにはそこに異界が感じられない。というか、ほとんど描写がない。
それなのに、登場人物に何度も「いやな感じがする」と語らせるのはどうだろう。禍々しいならそう描くのが作家の腕だろう。仕事、と言ってもよい。

もう一点、「尾道」がほかの章よりマシに思えるのは、ここではまだ坂の多い尾道という土地を描く努力がなされているためで、「天竜峡」では飯田線の電車の中でのやり取りが描かれるばかり、「鞍馬」でもそこに至る行程しか描かれていないに等しい。

銅版画家や行方不明になった女性は怪異に翻弄された側なのか、ただ少しエキセントリックなだけなのか。万事曖昧で、厳しく言えば適当である。
何人かの登場人物が口にする「世界はつねに夜なんだよ」「世界はつねに夜なのよ」とのセリフも大仰なばかりで、世界を特定するキーワードたり得ない。ちなみに帯に大きく書かれた「彼女はまだ、あの夜の中にいる」は正確ではない。

『夜は短し歩けよ乙女』のヒロインのほうがよほど夜に属していた、と今は懐かしく思う。

2017/08/23

『コンビニ人間』 村田沙耶香 / 文藝春秋社

Photo『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~』の主人公、森若沙名子は、経理部勤務として求められる生真面目、規則に厳しい、を少し通り越して、杓子定規、融通の利かなさ度合がやや喫水線を越えている。病的とまでは言えないが、勤務先の会社や所属部署、あるいはプライベートな人間関係によっては、いささか問題を起こしかねない。逆に言えばこのシリーズは、作者が、そんな石部金子さんさえ動揺してしまうさまざまな人間模様をテーマとした短篇連作、と言うことなのだろう。

働く女性、融通が利かない──最近どこかで読んだな、と思ったら、昨年上期の芥川賞受賞作『コンビニ人間』がそうだった。

こちらの主人公、36歳未婚の古倉恵子は、発達障害と言うのかコミュ障と言うのか知らないが、もはや明らかに病気の域である。なにしろ子どもの頃から……と引用してしまうと未読の方の興趣を削ぐだろうからここでは省略するが、その壊れっぷりはかなり凄まじい。
もとい、「壊れっぷり」などと脇の甘い表現を用いてしまったが、これは正しくない。古倉恵子は壊れているのではなく、そのように出来上がっているのである。

そんな主人公が、人の真似をして規律を守っていれば健やかに眠れるコンビニバイトに天職を見い出し、18年間の安逸を得るが、新入り男性の登場によって期せずして──というのが本作の枠組みだ。もっとも事件は予想外な方向に進むのではなく、古倉恵子という人間に素材を渡せば必ずそのようになる、という展開になる。作品としては、テイストはホラー、しかしホラーとしては追い込み不足といった塩梅となるわけである(なんだか以前読んだほかの芥川賞受賞作品もそんな印象だった気がする。最近の選考委員の嗜好なのか?)。

Amazonのレビューなど読むと、肯定的な声では「“普通”“正常”を押し付けてくる人々の“正義”へのささやかな反抗」として評価されているようだ。コンビニ勤務経験者による賛同が少なくないのも面白い。
個人的にはそういった社会的な深みはあまり感じられず、ヘンな女のヘンな話、としか読めなかった。実際、主人公古倉恵子は“普通”でないという扱いを受けることに面倒な思いはしても、とくに苦しんではいない。そんな人間は、家族や職場の部下でもない限り、距離を置いて面白がっていればよいのである(などと書いてしまうと、どんな反響があるだろう)。

2017/08/15

ウサギを追うな 『これは経費で落ちません! ~経理部の森若さん~ (2)』 青木祐子 / 集英社オレンジ文庫

Photoちょっと、狼狽(うろた)えている。

前回、第1巻も面白く読みはしたが、“経理部のOLが主人公のよくできたライトノベル”程度の読後感で、少し前に続刊が出たのは知っていてもなんとなく後回しにしてしまっていた。……危ない危ない、うっかり読み逃すところだった。

第2巻にいたって収録4話、これはもはや上質な本格ミステリである。

律儀で几帳面だがやや杓子定規で融通の利かない、天天コーポレーション経理部の事務職員、森若沙名子。
彼女はちょっとした領収書や仮払金への疑念から社内のトラブルや不正を看破し、自身の職分の中で解決を図ろうとする。だが、社内の各部署は往々にして彼女のロジックとは別の方法論で動いており、必ずしも各章は彼女の望むかたちで終わらない。否、むしろ彼女の理解を越えた、あるいは彼女を苦しめる終わり方をすることが少なくない。
これは正しく、名探偵の、名探偵ならではのジレンマである。

第2巻の最後の章は、役職のない経理部OLの手にあまる不正の露見をもって終わる。作者はその上にさらに主人公の手に負えない人間関係を用意した。それはまた、今後主人公が別のモノに変貌せざるをえないことを示唆している。
そのような第3巻は、もし出たとしても、読みたくなどない。
……いや、やはり読んでしまうだろうか。

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