フォト
無料ブログはココログ

« 〔短評〕 『短篇ベストコレクション 現代の小説2017』 日本文藝家協会 編 / 徳間文庫 | トップページ | 『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』 神田桂一、菊池 良 / 宝島社 »

2017/07/11

詩人 原子朗先生の思い出

7月4日未明、詩人の原子朗先生が亡くなられた。享年92歳の大往生であった。

先生は宮沢賢治や大手拓次の研究に尽力され、ことに宮沢賢治については花巻の宮沢賢治イーハトーブ館長を務めたこと、また『宮澤賢治語彙辞典』(筑摩書房)の編纂でも知られている。

僕は原先生の不詳の弟子で、学生時代のゼミ以来、再三にわたり叱咤激励を授かったのだが、詩についても言葉の研究についても先生の教えを守るにはいたらなかった。それでも、大学に通うことの意味すら見失っていたあの頃、先生に出会っていなければ、今ごろどこかでのたれ死んでいたに違いない(先生には卒業、就職、転職、結婚の都度都度大変なお気遣いをいただいた。左記はあながち大袈裟でもない)。

原先生には、いつか伺おう、伺おうと思いつつ、とうとう最後まで伺うことのできなかったことが一つある。
「表現演習」という先生のゼミで──これは学生が詩でも小説でも論評でもなんでも自由に提出し、まず学生どうしが読書会形式で品評を重ね、最後に先生が評を述べる、という形式のものだった──ある時短い詩を提出したところ、先生が何を思われたかその青焼きを手に「これを今度の学会で使ってよいか」と仰る、ということがあった。
なんでも次の土曜日、現代の若者の言葉遣いについて、といったようなことであったのだが、その時はなんとも思わず、その学会なるものもどこで開かれるのやら、見に行ってよいものやらもわからないままただ了解して終わった。
自分の書いたものが、果たして使われたのかどうか、使われたのであるならどのように──有り体に言えば褒められたのか、貶されたのか──ということが気になったのはずいぶん後になってのことだ。
しかし、こと詩の言葉遣いにはとことん厳しい先生のことである。そうそうよい例として使われたとも思えない。いや、悪い例として使うなら、あのゼミの当日もっと厳しい言葉でたしなめられていたのではないか……などなど、考えてもまるきりわからない。
迷っているうちに5年が経ち、10年が経ち、今さら聞いても覚えておられないかもしれない、今さら聞くのも人間が小さいように思われるかもしれない、などと思うともう聞けない。
そうこうするうちに40年、これはもう先生からの人生の宿題、と考えることにした。
そうでなくとも、先生からは山のような宿題をいただいているのだ。

原先生のもう一つの顔は講談社学術文庫から『筆跡の文化史』を上梓し、テレビで戦国大名や宮崎某の筆跡鑑定をしてのけた書家としての顔で、毎年秋になると銀座7丁目の長谷川画廊で書や書画の展示会(三戯展、墨戯展)を開かれていた。僕は会社が近いこともあってたいてい初日の昼に顔を出す。すると小さな四角い木の椅子に腰かけ、土産の菓子と茶を前に客と話をされている先生がこちらを見上げ、くわっと目を見開いて「おう、編集長」と声をかけてくださる。「いや、先生、僕はもう編集長ではなくて」と訂正しても、次の年も「来たか、編集長」。次の年もまた「おう、編集長」。
「先生、最近は編集ではなくてインターネットの仕事で」
「先生、もうずっと携帯電話の電波の仕事で」
と似たようなやり取りを繰り返すうちに先生もお年でここ数年は「墨戯展」も開かれなくなっていた。
事実とは違っていても、先生の中で最後まで編集長であったならそれはむしろ誇らしい。
仕事のうえでは、先生の仰る言葉への心遣いを貫徹できたとは言えない。ブルドーザーで言葉を運ぶようなひどい仕事ばかりしています、すみませんすみません、と賀状では何度も謝った。
それでもこの年まで一貫して言葉にかかわる仕事を続けられたのは、先生の志を受けてのことだと胸を張りたい。

ご冥福をお祈りします。

« 〔短評〕 『短篇ベストコレクション 現代の小説2017』 日本文藝家協会 編 / 徳間文庫 | トップページ | 『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』 神田桂一、菊池 良 / 宝島社 »

小説・詩・文芸評論」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/547008/65519102

この記事へのトラックバック一覧です: 詩人 原子朗先生の思い出:

« 〔短評〕 『短篇ベストコレクション 現代の小説2017』 日本文藝家協会 編 / 徳間文庫 | トップページ | 『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』 神田桂一、菊池 良 / 宝島社 »