だんだん浄らかになる 『美しの首』 近藤ようこ / エンターブレイン ビームコミックス
『夢十夜』紹介の際に「近藤ようこの描くものは、原作原案などなくとも」と風呂敷を広げた手前、解き放たれた近藤ようこの魅力を示す何かよいものをと思ったが、彼女の単行本は残念なことにその多くが品切れ、絶版で手に入らない。
そこで、新装刊されて比較的手に入りやすい『美(いつく)しの首』から、中編「安壽と厨子王」を取り上げることにした。
「安壽と厨子王」は中世説教節の一つ、森鴎外の小説『山椒大夫』や子供向け絵本でも知られている。
近藤ようこは原作の健気な弟、厨子王を、高貴な血筋と偽って裕福な貴族(梅津院)に寄宿する美少年に仕立て、彼がかつての主人、山椒大夫を陥れ、山椒大夫のもとを出奔する際に見捨ててむごく死にいたらしめた姉、安壽の怨霊の誘惑に溺れ、あげく梅津院やその妹、出戻りの醜女、朝日姫を死に至らしめ、金と権力を得て阿弥陀像の前でうそぶくまでを一気呵成に描き上げる。
姉の怨霊との冷たい肌の契り、稲生物怪録を思わせる化け物の俯瞰描写など、その筆は軽妙自在、赤塚不二夫のギャグに近い白い画面が、艶めかしく個人の存在の空恐ろしさを伝える。
厨子王は情けない小悪人なのだが、跳梁跋扈、悪に走るほどに仏に近づき、反省を捨てるほどに浄化されて最後には空しく透明な存在と化す。
大袈裟にいえばニーチェやドストエフスキーの超人である。だが、そんな小難しい理屈に囚われる必要はない。読み手は安壽と厨子王の運命に寄り添い、絶叫マシンのごとく時の流れの中を共に疾走すればよいのだ。
これで百頁、どうです先生、読みたくなつたでせう?
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