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2017/04/13

真相はCMのあと 『出版禁止』 長江俊和 / 新潮文庫

Photoミステリではない。フェイクドキュメンタリーなるジャンル、とのこと。
(言い換えれば、ドキュメンタリーでもなければ、小説でも、ない。)

7年前に起こった心中事件の真相を追うノンフィクション作家が、生き残った女性へのインタビューを重ねるうち、やがて──という枠組みに、騙し絵的描写やアナグラム、アクロスティック(折句)などの言葉遊びを駆使して表向きとは異なる真相を想起させる、そういう仕組みである。

ただし、二つの意味で、帯に煽るほどには面白くない。

第一、言葉のトリックで読み手を幻惑させる点において、『不思議の国のアリス』など、過去の怪作奇作に類する緊張感がない。言葉遊びに傾倒する書き手には、いずれもそれなりの必然性があるのだ。
第二、表向きの展開はもちろん、作品内作品が出版禁止にいたった顛末にもさほど感心しない。隠された情報をすべては読み取れてない、ということもあるだろうが、いずれにせよテクニック、ストーリー、ともに仰天するほどのものではなさそうだ。

作者は「奇跡体験!アンビリバボー」や「放送禁止」などの番組、映画を手掛けたテレビディレクター、ドラマ演出家、脚本家。
以前、秦建日子『推理小説』を取り上げた際にも感じたことだが、一部のテレビ関係者、脚本家による作品は、ただ刺激を付与することにのみ重点を置く傾向があるようだ。
映像なら、それで許されるかもしれない(YouTuberの人気作品など、冷静に考えればなんということもないのに、見ると驚く、楽しい、というだけで閲覧数が跳ね上がる)。
だが、似たような内容が文字、文章として提示されたなら、おそらくそれだけではまず通用しない。人は、文章に向かうとき、自動的にその情報を思索を司る脳の部位に紐づけるのではないか。

さらに、本作に好感がもてないのは、作中のノンフィクション作家の文章(そもそもの取材も)がだらしないためかもしれない。
その点、ノンフィクションとしてどうなのですか? いやこれはフェイクドキュメンタリーだから。
そもそも、ミステリとして体をなしてないのでは? いやこれはフェイクドキュメンタリーだから。

つまり、新しいジャンルに挑む気概より、甘えばかりが感じとれてしまうのである。
それは作者として、許してはいけないことだろう。

ちなみに、出版界は自粛自制で硬直したテレビに比べればまだよほど無神経無頓着で、よほどでなければ「出版禁止」などという扱いはない。A社でダメならB社、C社に持ち込めばよいのだ。それでもダメなとき、それは「出版禁止」でなく、単に「」という。

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