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2017年3月の5件の記事

2017/03/29

メールは忖度し 『紙片は告発する』 D・M・ディヴァイン、中村有希 訳 / 創元推理文庫

Photo待望、D・M・ディヴァインの新訳。ディヴァインは生涯に長編を13作品遺したそうだが、これで未訳はあと2作となった。

とはいえ、『バーナード嬢曰く。』で神林しおりが

  「ディックが死んで30年だぞ!
   今更 初訳される話がおもしろいワケないだろ!」

と喝破したように、13冊中11冊めともなるといかにディヴァインでも多少のダレはある。真犯人は読み進むうちなんとなく見当がついてしまうし、解決にいたっても「してやられた!」感は薄い。それどころか、殺害方法に大きな疑問がある。中盤に出てくる犯行方法では、被害者が犯人名のダイイングメッセージを残す可能性があるので、絶対に顔を見られてはいけないはずなのだ……。

等々で本ブログで取り上げる気にもなれず、『紙片は告発する』は読み終えてすぐ本棚に片づけてしまっていた。しかし、昨今の国会証人喚問報道を鑑み……いや、別にここで政局を語るつもりなどないのだけれど、気になることがあったのでまた取り出してパラパラめくっている次第。
それは、ここしばらくあちこちで目にする

  「忖度(そんたく)」という言葉は英語にしづらい
  そのため事件のニュアンスを海外の特派員に伝えにくい

との論調である。その背景には「日本の行政はルールや論理でなく上への忖度で動く、だからダメ」という批判の色合いもあるようだ。

だが、日本人だって大半が読めない、書けないに違いないレアな熟語、そんな言葉が翻訳しやすいはずがない。
そもそも、欧米には「忖度」にあたる行動パターンはないのか? ぴったりなワードこそないかもしれないが、どうだろう?

ここで話題はディヴァインにダル・セーニョ。
工業都市として発展しつつある町の町政庁舎を舞台にした『紙片は告発する』は、公共事業の不正入札疑惑に上司との不倫に悩む書記官をからませた、ディヴァインにしては社会派風味豊かなストーリーなのだが(もちろんあくまで趣向はフーダニットにあり、間違っても地方政治の闇を暴こうとかいうものではない)、この町議会の面々がなかなか巧みに描かれていて、町長選出にともなってそれぞれの思惑がからまり、一見正論を口にしつつ、実はのちのち上司になりそうな者の意向を慮り、、、、まさしく「忖度」、「斟酌」、「阿吽の呼吸」の世界ではないか。

つまるところフィットする訳語があろうがなかろうが、欧米でも「忖度」にあたる組織内コンタクトはありそうだ。
いや、思い起こせばディヴァイン作品の多くは、明確な犯罪を犯したわけでもないのに周囲の反発を買い、無言の「忖度」によって沈められていた者たちの苦い蘇生の物語であり、だからこそフーダニットの楽しみを越えて読み手の胸を打つのである。

2017/03/27

『負け組ハード列伝 ホビーパソコン編』 前田尋之 / オークラ出版

Photo錦糸町アルカキットのくまざわ書店で店員さんに尋ねたところ、コンピュータのコーナーではなく、マンガ本のコーナーにあるようだと仰る。探し出してくれたのが、この表紙。一瞬、これはハズしたかと思ったが、実はココロザシの高い1冊だった。

本文はざっくり256ページ、取り上げられた“負け組ハード”は目次の順に
  FUJITSU MICRO 8
  JR-100
  パソピア
  マックスマシーン
  MULTI8
  FP-1000/1100
  ぴゅう太
  PHC-25
  JR-200
  M5
  パソピア7
  SC-3000
  PV-2000 落がき
  SMC-777
  S1
  ファミリーベーシック
  RX-78ガンダム
  テラドライブ
の18機種(この機種名を聞いて半分でもメーカー名を答えられたならエラい!)。
本文には表紙の姉弟妹は登場せず、カタログスペックを中心に、ハードウェアの強み、工夫、弱点についてじっくり調べ上げ、語り尽くした印象だ。本体の写真もカタログからの引き写しでなく、新たに撮り下ろしたものが少なくない。
著者がパソコンゲーム誌に従事したのが1990年とのことだから、本書で扱われた機器の大半はそれ以前に登場、退場してしまったものである。それをこれだけ詳細に調べ上げるにはたいへんな労力がかかったと思われるし、またそれぞれの機種の浮沈について大きな勘違いがないように見受けられるのも凄い。

そうした評価はしたうえで、いくつか気になった点を挙げておきたい。
なお、本書は同じ著者による『ホビーパソコン興亡史 国産パソコンシェア争奪30年の歴史』など何冊か(未読)の姉妹編である。そちらを併読すれば下記はクリアされている可能性もあることをお断りしておく。

・そもそも、“勝ち組”“負け組”をどう切り分けるべきか、その定義が明らかでない。一世を風靡したPC-9801にしても初代機だけで圧倒的シェアを得たわけでもないし、開発費をペイできたわけでもないだろう。その意味では著者が“勝ち組”扱いしているFM-7シリーズの先駆けにあたるFUJITSU MICRO 8を“負け組”とするのは少し疑問だ(FMシリーズをすべてNECの後塵を拝した“負け組”とするならまだしも)。
・それぞれの機種には目標となる数字やシェアがあったはずで、たとえばファミリーベーシックは「自分でオリジナルゲームを作りたい」というファミコンユーザーの(実は無謀な)要望に対するガス抜きオプションハードと考えると相応の価格、出荷数だったのではなかっただろうか。少なくともSMC-777やパソピア7の退場とファミコンベーシックを“負け組”として同列に扱うのはいかがなものか。
・やむを得ない気もするが、ハードウェアに標準添付された開発環境についての解説が中心となる。結果、BASICの提供のしかたについてはある程度詳細だが、アプリケーションを開発しやすかったかどうかはこの1冊を読んでもわからない。当時の8ビット機においては、開発メーカーとアマチュアアセンブラプログラマ、BASICプログラマとの間隔は極めて狭く、アマチュアとして魅力的なゲームを開発できればそのままパッケージ化、ソフトハウス起業、ということも少なくなかった。開発環境の是非はパッケージのスペック以上に評価に影響したものである。
・細かいことだが、パソピア7の項に「ソニーの松田聖子を対抗として睨んだのか、(中略)岡田有希子を起用。この路線は東芝に限らず各パソコンメーカーが追随し、NECの斉藤由貴、富士通の南野陽子、シャープの荻野目洋子といった具合に、以後しばらくの間、各パソコン雑誌やテレビCMでアイドルの笑顔が溢れることとなった」とある。実はそれ以前にFUJITSU MICRO 8のイメージキャラクタには伊藤麻衣子が起用されており、水着やテニスウェアのポスターが家電ショップに配布されていた。
・FUJITSU MICRO 8についてもう一点。バブルメモリを装着する窪みを「灰皿」というのはあくまで無駄なスペースへの揶揄であって、コネクタが剥き出しになったスロット部を本当に灰皿に使う豪傑がいたわけではない……。
・M5の出荷台数が10万台とあるが、これは当時としては“勝ち組”の数字ではなかったか。のちに滅んだから“負け組”というのなら、国産オリジナルアーキティクチャのパーソナルコンピュータはすべて“負け組”ということになる。
・「SMC-777」の「777」はスリーセブンと読む、との記載がない。こういった要素は当時のパーソナルコンピュータの世界ではけっこう重要だったように記憶している
・「プライベート16ビット」と銘打って発売され、森進一を起用しての大々的なテレビCMを打って出たものの、マニアからもゲーム業界からもほとんど相手にされず消えていったIBM JXが扱われていないのは惜しい。初年度発売実績2000台、とか、社員に無償配布するにコーヒーカップセットと二者択一だった、など逸話の多いハードウェアだった。
・著者あとがきに、これら使用目的のはっきりしないパーソナルコンピュータが登場した背景には当時提唱されていた「ニューメディア構想」が、とある。それはどうだろう。当時、何社かパーソナルコンピュータの開発部門と話したことがあるが、「ニューメディア」という言葉は耳にした記憶がない。それより、アメリカでのIBM PCやMacintoshのビジネスユース、ホビーユースの成功例が目線の先にあった(目先の金儲けより、技術的な可能性が重要視されていた)。

いずれにせよ、これら“負け組”ホビーパソコン、決して魅力がなかったわけではなく、むしろ限られたハードウェア環境の中でさまざまな夢を見られる楽しい機器であったという点については著者に同感だ。また、WindowsやiOSに、当時のBASICのような簡易開発環境があればちょっとした楽しいことがすぐ、簡単にできるのに、と思ってしまうのもまた事実である。

2017/03/22

『またたかない星』 小泉喜美子 / 集英社コバルト文庫

Photoクレイグ・ライスやP.D.ジェイムズの翻訳仕事の一部以外、ほとんどの作品が品切れ、絶版だった小泉喜美子だが、『弁護側の証人』に続き、文庫の新装刊がポツリポツリと進んでいるようだ。
「そうでしょうそうでしょう」という嬉しい気持ちと、けっこう手間ヒマかけて古本屋あさってきたのにナ、という口惜しさ半々で、今夜はおそらく復刊の対象にならない、なったとしても最後の最後と思われる集英社コバルト文庫版の短篇集『またたかない星(スター)』を取り上げることにした。
(プライベートなブログとはいえ、わざわざ読み手が手に入れにくい本を取り上げてどうする……)

収録は7篇。
初出は1972年から77年にかけての「小説ジュニア」、「小説現代」、「小説サンデー毎日」、「小説推理」(2作)、「マーガレット」(!!)、「小説クラブ」。案外大人向け雑誌が多い。
内容も、エロティックな関係、グロテスクな殺人がさらりと持ち出され、大人が読んでも違和感のない読み応えだ。
小泉喜美子作品ではときにワルぶって背伸びした子娘キャラが鼻につくことがあるが、いずれの短篇もほど良く薄味で、するっとサスペンスに入り込むことができた。

「犯人のお気に入り」における後半の鮮やかな視点の変換、「髪」のある意味繊細、ある意味愚昧な犯人描写がよい。
「殺人者と踊れば」は作者の代表作と同工異曲なのだが、初出誌と記された「マーガレット」(1976年というと岩館真理子が『グリーンハウスはどこですか?』を連載した頃。「週刊マーガレット」や「別冊マーガレット」に小説ページなどあったろうか?)の読者層に合わせたのか、背景、情景描写をシンプルにし、時代や場所を特定しない、一種寓話の味わいにいたっていて、これもよかった。 

ただ、女性ならではのモノへの丁寧な眼差しが、結果として言葉を古くしているのが気になる。「マイ・カーのランツィア・フラミニアに」「カセット・テープ装置つきのレコード・プレーヤーが」「オレンジ色のパンタロンも金のサンダルも」など。いずれも現代でも通用する心理ドラマだけに、惜しい。

2017/03/16

エロ以外なんでもあり 『猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』シリーズ(現在7巻まで) 内藤 了 / 角川ホラー文庫

Photoヒロイン藤堂比奈子は八王子西署刑事組織犯罪対策課の新人刑事。長野出身。亡くなった母から渡された八幡屋礒五郎の七味缶をお守りに持ち歩き、ピンチになると七味を口にして「か、辛い」と声を上げる。特技は事件のあらましや関係者のやり取りをイラストで描く事で詳細に記憶すること。先輩課員や鑑識官たちに励まされ、からかわれつつ、一人前の捜査官として経験を踏んでいく……。

それのどこがホラー文庫なんだ、と首を傾げそうになるほのぼのほんわか設定である。空き家探検に探偵気取りの子供たちと協力する、事件で知り合ったおばあちゃんの太鼓焼きを課への差し入れに毎度買い求める、などなど、随所に昭和テイスト、人情味が溢れる。

──ところがぎっちょん首チョンパ、事件現場がエグい。

1冊め、『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』では、殺人犯たちの自殺の仕方がエグい。心臓を三度刺す、とか、自分で○○を●●に突っ込む、とか。ことの真相も、なかなかくる。
2冊め、『CUT 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』では古い洋館に散らばる着飾った腐乱死体がどれもこれもステキステキ。アメリカの連続殺人鬼やトマス・ハリス『羊たちの沈黙』に影響受けてのものだと見当はつくが、それでもここまで大胆に描かれると食事中には読めない。

マスターピースは上記2冊。
以降はシリーズものの常としてだんだんダレてはくるが、

3冊め、『AID 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』も被害者の死体に漂う腐乱臭がページから溢れてこもる。
4冊め、『LEAK 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』、殺し方がエグい。生きている被害者の口から貨幣、紙幣を一気に流し込む。解剖中に気をつけないと胃が破れるほどに。
5冊め、『ZERO 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』、さすがに少々のことでは驚かなくなるが、脱獄して再登場の連続殺人鬼の挙動がヒリヒリ神経を刺す。

これらの猟奇的場面について、既存のサイコサスペンスの亜流と指摘する声もあるかもしれない。本格推理やサスペンスを求める向きには人情噺が余計だろうし、駆け出し刑事の頑張り物語を期待する読み手にはグロがいささか過ぎるに違いない。警察組織や捜査に関して現実に即していないという指摘もあるだろう(「東大法医学部教授の検死官」なる肩書は眩暈を誘うし、警察関係の施設として人道的に、いやそれ以前にちょっとあり得ないものが出てきたりする)。

それでも、とくに1作め、2作めの死体へのサイケな扱い、それをめぐる物語の推進力は半端なく魅力的だ。テレビ朝日「相棒」などにもときに死体は出てくるが、地上波ゆえか、出来てまだ半日程度の生ものか、逆にとうに白骨化していて、要するに腐敗や臭いについては描写に乏しい。本シリーズはそこにこだわるのである。

対策課の課員それぞれの個性が明らかになってくる3冊めあたりからはチーム色が強まり、個人的には少々うんざりしてしまうのだが、それでも読んで楽しいことに変わりはない。
インターネットで探せば本物の死体だろうが殺人の現場だろうが造作なく見られるようになった時代だが、それでも思わず身を引く猟奇性、さくっとオススメである(誰に?)。

2017/03/11

『本をつくる者の心 造本40年』 藤森善貢 / 日本エディタースクール出版部

Photoエネルギー供給の花形産業が第二次大戦後、石炭・水力⇒石油⇒原子力⇒?と移り変わってきたように、どんな仕事にも浮き沈みはある。

『本をつくる者の心 造本40年』の著者藤森善貢氏(1915-1985)は戦前に岩波書店に入店、製作課長や宣伝課長、辞典部副部長などを歴任し、退社後はほるぷ出版顧問、日本エディタースクールの講師を務めた。『広辞苑』の製作にも携わった、造本のプロ中のプロである。

著作には編集入門者向け参考書色の強いものが多いが、1986年に発行された本書は自身の生い立ちから岩波書店入店に至る経緯、それに本造りの心構えやノウハウをからめた自伝プラスアルファの内容となっている。戦中の左翼出版の取り締まり、戦後の落丁クレーム対応など、現場の話が読んで楽しい。
『広辞苑』や『岩波英和辞典』の活字や紙の取捨選択など、失敗含め、さすがは老舗、と称賛せざるを得ない。薄い紙の裏表の印字が印刷時の紙のびによってずれるのを抑えるため、印刷会社と図って両面印刷機を開発したというのである。現在、ここまで労力をかけて本造りをしている出版社がどれほどあるだろうか(なにしろ、函入りの『アリストテレス全集』全20巻を新訳で発行中の岩波だ)。
日本が樺太(サハリン)を失ったことで繊維の長い針葉樹のパルプが手に入らなくなり、闊葉樹(広葉樹)のパルプが主になって本の紙の品質が落ちた、機械化が進み、短期間に製本を仕上げることが可能になったため、ニカワが紙に浸透せず、本が壊れやすくなった、といった話も興味深い。

ただ……時が経てば必要とされる技術も変わる。

『広辞苑』は初期には活字組版をオフセット印刷したものだったそうだ。つまり、あのボリューム、あの複雑な文字種が、鉛の活字を並べて組まれていたということだ。その工数には頭が下がるが、写植活字、DTPと進歩した現在では、その当時のノウハウの多くは(少なくともそのままでは)役に立たないに違いない。また、その頃に望ましいとされた読みやすい活字の大きさ、ページをめくりやすい紙質などが現在でも必須かというと、それも少なからず疑問だ。
冊子の『広辞苑』に現在も一定のニーズがあることは想像がつく。それでも、文書作成作業がデジタル機器でなされることの多い現在、文字列検索やカット&ペースト、逆引き機能など、辞書においてはCD-ROMや電子書籍で提供されるメリットのほうが大きい。電子書籍の場合、フォントの大きさや活字タイプなどは利用者(ビュワー)側のマターである。そういった要素に手間暇をかけるより、データに特化して価格を抑えるほうが将来のためではないか(稼ぎ頭の紙版『広辞苑』に改版のたびお付き合いしているのは団塊の世代までと推察するが、どうか)。

著者が胸を張って語る、

校正面からみても、完全にその原稿の内容をクリアして、校正をキチッとやって、こういう本を出すんだということをはっきりやっているのは岩波書店一社しかないだろう。

これは、事実なのだろう。だが、それゆえ校閲部門のほうが編集部門より発言力が強く、古典には圧倒的に強いが新規な企画、製作の動きは重い、というのがはた目に見た岩波書店の実情だ。
それゆえ、昨今の出版不況下の目で見ると、著者の推奨する精度の高い造本はブロントザウルスの類となってしまっている。

この著作の技術的なページの多くは、現在の編集者の卵たちには意味不明だろうし、出版者に無駄な費用と労力を強いる点で一部、有害でさえあるかもしれない。
著者は1985年に亡くなったそうだが、長年誇りをもって担ってきた仕事が目の前で過去の遺物として消えていくのを見ずに済んでよかったのではないか。

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