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2017/03/11

『本をつくる者の心 造本40年』 藤森善貢 / 日本エディタースクール出版部

Photoエネルギー供給の花形産業が第二次大戦後、石炭・水力⇒石油⇒原子力⇒?と移り変わってきたように、どんな仕事にも浮き沈みはある。

『本をつくる者の心 造本40年』の著者藤森善貢氏(1915-1985)は戦前に岩波書店に入店、製作課長や宣伝課長、辞典部副部長などを歴任し、退社後はほるぷ出版顧問、日本エディタースクールの講師を務めた。『広辞苑』の製作にも携わった、造本のプロ中のプロである。

著作には編集入門者向け参考書色の強いものが多いが、1986年に発行された本書は自身の生い立ちから岩波書店入店に至る経緯、それに本造りの心構えやノウハウをからめた自伝プラスアルファの内容となっている。戦中の左翼出版の取り締まり、戦後の落丁クレーム対応など、現場の話が読んで楽しい。
『広辞苑』や『岩波英和辞典』の活字や紙の取捨選択など、失敗含め、さすがは老舗、と称賛せざるを得ない。薄い紙の裏表の印字が印刷時の紙のびによってずれるのを抑えるため、印刷会社と図って両面印刷機を開発したというのである。現在、ここまで労力をかけて本造りをしている出版社がどれほどあるだろうか(なにしろ、函入りの『アリストテレス全集』全20巻を新訳で発行中の岩波だ)。
日本が樺太(サハリン)を失ったことで繊維の長い針葉樹のパルプが手に入らなくなり、闊葉樹(広葉樹)のパルプが主になって本の紙の品質が落ちた、機械化が進み、短期間に製本を仕上げることが可能になったため、ニカワが紙に浸透せず、本が壊れやすくなった、といった話も興味深い。

ただ……時が経てば必要とされる技術も変わる。

『広辞苑』は初期には活字組版をオフセット印刷したものだったそうだ。つまり、あのボリューム、あの複雑な文字種が、鉛の活字を並べて組まれていたということだ。その工数には頭が下がるが、写植活字、DTPと進歩した現在では、その当時のノウハウの多くは(少なくともそのままでは)役に立たないに違いない。また、その頃に望ましいとされた読みやすい活字の大きさ、ページをめくりやすい紙質などが現在でも必須かというと、それも少なからず疑問だ。
冊子の『広辞苑』に現在も一定のニーズがあることは想像がつく。それでも、文書作成作業がデジタル機器でなされることの多い現在、文字列検索やカット&ペースト、逆引き機能など、辞書においてはCD-ROMや電子書籍で提供されるメリットのほうが大きい。電子書籍の場合、フォントの大きさや活字タイプなどは利用者(ビュワー)側のマターである。そういった要素に手間暇をかけるより、データに特化して価格を抑えるほうが将来のためではないか(稼ぎ頭の紙版『広辞苑』に改版のたびお付き合いしているのは団塊の世代までと推察するが、どうか)。

著者が胸を張って語る、

校正面からみても、完全にその原稿の内容をクリアして、校正をキチッとやって、こういう本を出すんだということをはっきりやっているのは岩波書店一社しかないだろう。

これは、事実なのだろう。だが、それゆえ校閲部門のほうが編集部門より発言力が強く、古典には圧倒的に強いが新規な企画、製作の動きは重い、というのがはた目に見た岩波書店の実情だ。
それゆえ、昨今の出版不況下の目で見ると、著者の推奨する精度の高い造本はブロントザウルスの類となってしまっている。

この著作の技術的なページの多くは、現在の編集者の卵たちには意味不明だろうし、出版者に無駄な費用と労力を強いる点で一部、有害でさえあるかもしれない。
著者は1985年に亡くなったそうだが、長年誇りをもって担ってきた仕事が目の前で過去の遺物として消えていくのを見ずに済んでよかったのではないか。

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