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2017/02/09

不安の入り口、希望の出口 『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』 田中圭一 / 角川書店

田中圭一といえば、手塚治虫パックリな絵柄でよもやのお下劣ギャグを連発する、“神をも恐れぬ”サラリーマン兼業漫画家、その人である。
ちなみに「パロディ」なるものは高度な批評眼と描写力を必要とする知的作業であり、田中圭一もサイテー、ド変態な印象の一方、さまざまな漫画家のペンタッチをトレースすることでそのコマの意図を深掘りする漫画評論家の一人でもある。あの夏目房之介の傑作『消えた魔球 熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』の系譜を正しく継ぐ者といえるだろう。

Photo最近は『Gのサムライ』などさらにゲスいパフォワッ!!な作品を発表するかたわら、その憑依ペンタッチを活かしたインタビュー作品に伸長著しい。
人気漫画家23人の──本人でなく──子息・息女を招いてその漫画家の馴染みの店、好きな食べ物を取材し、しかもその模様をその漫画家のタッチで描いた『ペンと箸 ~漫画家の好物~』は、漫画家たちの意外な実像とその子として育つ若者たちの生き様に迫る予想を遥かに上回る好著だ。ちばてつや、手塚治虫、赤塚不二夫、山本直樹、池上遼一、魔夜峰央、上村一夫、諸星大二郎、永野のりこら、取り上げられた漫画家のプライベートはいずれも興味深いが、ことに『ど根性ガエル』の吉沢やすみ、『アストロ球団』の中島徳博、『まんだら屋の良太』の畑中純の章など思いがけない展開と哀惜に充ち、人気作品にリアルタイムに触れてきたファンは涙を禁じ得ないだろう。

さて、そんな田中圭一の最新刊『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』はさらにシリアスな内容で、長年うつ病に苦しんできた著者本人、またロックミュージシャン大槻ケンジ、AV監督代々木忠(!)、小説家宮内悠介、熊谷達也らが表だっての活躍の一方でどうしてうつに陥ったか、いかにそのトンネルを抜け出たかをじっくりヒアリングし、うつ症状の実情、うつに陥るきっかけ、そして(容易ではないものの)そこから抜け出す方法について懇切丁寧にまとめたインタビュー形式のレポートである。

もちろん、類似のアドバイスは、文章の形でならすでにあちこちに再三書かれてきたに違いない。それを、漫画という、流して読みやすく、笑いを交えて理解しやすい形で提示したことが大きい。
発売後、売り切れの書店が相次ぐなど、ネットを中心に話題となり、同じくうつに苦しんだ人々から「よくわかる」「もっと早く読みたかった」「知り合いにも読ませたい」等、熱い共感が集まっている。

さて、この後は少しダークサイドに走るので、自分も苦しんでいる、あるいはようやく抜けたという方はご遠慮ください。

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Photo_3その好評の『うつヌケ』だが、読み終えての第一印象、それは実は世評とは逆に「この本はまずい、危ない」というものだった。

トンネルを抜ける手段がわかりやすいということは、そのトンネルに追いやる方法も明らか、ということだ。
誰かをうつに貶めたい、あるいはうつに苦しむ誰かをさらに苦しめたい、そんな毒親、毒家族、毒上司、毒同僚等々にとって、本書は天の与えた悪魔のお手軽マニュアルになりかねない。うつに苦しむ、あるいはうつに陥りかねぬ誰もが本作中に登場する人々のように才能や仕事に恵まれ、家族に恵まれているわけではない。もし悪意をもった誰かが本作を手にしたならば……。

もっとも実際のところ、そんな心配など杞憂に過ぎない。
蛇は毒を行使するにマニュアルなど必要としない。まして人をうつに追いやる毒は、自覚された歴然たる悪意などではなく、善意や好意や「あなたのため」の名のもとに押しかけてくるものだ。

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