誰が泣くか。 『猫ノ眼時計』 津原泰水 / ちくま文庫
14.6カラットのブルーダイヤモンドがオークションにかけられて63億円がどうしたこうした。ニュース映像でこれみよがしな四角い石は言うほどゴージャスには見えず、宝飾類に興味のない当方にはおよそ理解が及ばない。
(第一、ブルーダイヤといえば金銀パールプレゼントの洗剤だろう、そもそも。)
じゃああなたにとって贅沢って何なの、と紫煙の向こうから問われて、もちろんあれやこれやは内緒にした上で上から4番めくらいに思い浮かぶのが、津原泰水を読むことだ。
抑えめの燈火のもと、ヴァイオリンソナタを流しながらカリモクのソファでゆったりと──とかいった用意も不要。満員電車の背広族に挟まれて読もうが風呂で汗を吹き吹きページをめくろうが、ともかく時間の澱がぽろぽろと剥がれてその奥にぽっかり真っ黒い穴が空いて、その洞が艶々とテカりながら読み手を眩暈にいざなう。至福。
「五色の舟」を含む『11 eleven』はもちろん、前巻よりゆらぎの増した『たまさか人形堂それから』もよい、アクロバティックな世界崩壊の物語『バレエ・メカニック』でも、『奇譚集』でも、そのタイトルにルパンを隠す『ルピナス』シリーズでもいいのだが、今夜は『猫ノ眼時計』を楽しもう。
『猫ノ眼時計』は『蘆屋家の崩壊』『ピカルディの薔薇』に続く豆腐好きの猿渡と伯爵と呼ばれる小説家の漂泊を描いたダークホラーな短篇集で、このシリーズは奇想が毎度陰惨な終幕を招くにも関わらず、二度読みすると何故か笑いが笑いが止まらなくなる、ホラーだかユーモア小説だか定めがたい、一種の奇書。
今回はシリーズ最終巻だけに、伯爵の真の姿、本当の敵の正体が明らかになり、時空を超越した闘いは世界を破滅に導き……もちろん嘘。とはいえ愛車ビートルをデボネアに乗り換えた猿渡を不愉快な炎が包み、山羊の頭のスープの匂いもかぐわしく、ここであらすじやアイテムの一つ二つ書いたところで何の役にも立たぬ(珍しく人情噺も含めた)6篇、これが贅沢でなくて、なんだ。
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