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2016年4月の7件の記事

2016/04/30

『愛が扉をたたく』 石坂浩二 / 講談社

Photo「開運!なんでも鑑定団」で2年にわたって発言シーンが放映されず、ついに降板にいたった我らが石坂浩二の、1971年に発行されたこれは初めての作品集。
内容は、帯にもあるとおり「詩やメルヘン」に本人の描いたイラストを添えたもの(イラストのいくつかは明らかにその年に結婚したばかりの浅丘ルリ子を模している)。

作品の水準についていえば、ニヒルとユーモアを兼ね備えた知的な二枚目俳優、またさまざまなバラエティ番組で博識を誇ったタレント石坂浩二の作品として見ると若書きとはいえやや物足りない。ちりばめられた冴えの絶対量の少なさ、研摩の甘さが目立つ。詩と称するにも、メルヘンと呼ぶにも、少しばかりゆるいのだ。
それでも当時これだけの本をまとめられた青年はマルチタレントと敬されるに値しただろうし、役者、演出家としてすでに名を成し、恐ろしく多忙だったはずの当時、50日の海外旅行でニューヨーク、ロンドン、ベニス、パリ等を闊歩した記録にはのちの蘊蓄マン、ディレッタントらしさが微かながら透かし見える。

鑑定団降板を受けてこの昔の本を取り出し、久しぶりにパラパラめくって感じたのは、石坂浩二個人のことより、むしろ当時の若者に共通する息遣いだった。
1970年はよど号ハイジャック、三島由紀夫割腹自殺の年。マンガ誌には『ジュン』や『アシュラ』、『光る風』が堂々と連載されていた。少なからぬ十代、二十代の若者が詩やメルヘン、ショートショートの形で社会に対する自らの不安、憤懣、所在なさを訴えようと苦心惨憺し、ただその大半は線や面となり得ず点のまま消えた。
ガリ刷りの冊子をたずさえ、「私の詩集を買ってください」と胸に掲げた当時の無名の若者たちと、この本は地続きにある。

2016/04/26

『レインマン 01』 星野之宣 / 小学館 ビッグコミックススペシャル

Photo母親の死を契機に超心理学研究所で働くことになった白髪の青年、雨宮瀑(タキ)。彼は子供の頃から運動会も遠足も順延させる最強の“雨男”として知られていた。
そんな瀑の前に、存在することすら知らされてなかった双子の兄、漣(レン)が突如現れる。漣はビルの屋上に姿を現すとともに飛び降りて死んでしまう。さらに、医学検査の結果、漣や瀑の頭蓋の中には脳がなく、代わりに水が満たされていることが明らかになる。瀑はどうやって生きているのか。また、死んだはずの漣が瀑に伝える世界の真実とは?

……と、ざっくりあらすじをまとめても重い。こんな理不尽な役をふられた主人公の瀑君(漣君と一人二役)も、あまりの難題に第1巻ではまだノリが悪い。
これで作者が違えばオカルトにオカルト風味を重ねてファンタジーで流す手もあるのだろうが、なにせほかならぬ星野之宣、古代史の謎であれ宇宙での事件であれ、いずれはた!と膝を打つ説明に落とし込むチカラワザの達人である。
本作がどこまでこちらの世界の論理で押し切り得るのか、注目したい。

という正面からの紹介はさておき、頭蓋骨の中が水で満たされる、というアイデアを楽しく思った。
実は、以前、そういうホラーのさわりのようなものを書いたことがある。その時は誰かが頭蓋骨の中身を爪で掻き出し、代わりに純水を満たす、という行為に密室犯罪の面白さを感じたものだが、とにもかくにも頭蓋を水で満たすことに興味、魅力を感じる方がほかにもおられた──しかもそれがあの星野大先生!──それだけでもうこの世は満足愉快チョコバナナ。

2016/04/24

『万能鑑定士Qの事件簿』(Ⅰ、Ⅱ) 松岡圭祐 / 角川文庫

たとえば。

世界征服を企む秘密結社Xは、日本の経済を混乱に陥れるため、有名人の子息が多数通う薔薇園幼稚園のバスを乗っ取った! 事態を察した天才幼児探偵Y君はこっそりバスの後部座席に紛れ込む。Y君の背後に忍び寄るバス運転手の白い手袋。彼こそがZの正体なのか? それともまさか、保育士のかをり先生が……!?

こんなミステリがあったらどうだろう。バカバカしい?
いや、要は書き手の腕、売り手の戦術次第かもしれない。荒唐無稽さ加減においては、名作傑作と呼ばれるベストセラーだって大差ないではないか。

Photo松岡圭祐の『探偵の探偵』、『水鏡推理』、『万能鑑定士Qの事件簿』(Ⅰ、Ⅱで第1話)と続けて読んで、そんなことを考えた。
いずれもけなげな若い美人が主人公。万能と称してあまりあるヒロインの博識、推理力、しかしその実力をなかなか信じない「とことんいい人」、「とことん悪い人」、そして「実は悪い人」たち。そこに探偵事務所や役所や警察では処理しきれない難解な事件が出来し……。

『万能鑑定士Qの事件簿』では、高校時代どん底の成績だったヒロインがアドバイス一つで博識至極の万能鑑定士となるくだり、またメインのインフレ事件の顛末ともども、正面から糾弾する気にもなれないオタワケマックスの連続技だが、それはそれ、お話だから、と判断停止して読めば一気に読めて楽しい。ヒロインたちの活躍に「すっきりした」「元気をもらった」というファンの気持ちもよくわかる。
この設定をもってベストセラーを連発する作者版元の手腕たるや秘密結社Xの首領レベルに違いない。

ただ、これらのシリーズ作品をこの後も続けて読むかとなると少しばかり勇気が必要だ。
人生の残り時間は少ないのだ。

2016/04/19

『オーブランの少女』 深緑野分 / 創元推理文庫

Photo2つのことを書きます。

1つ。
デビュー作品集だそうです。そう思うと、作者の力量はたいへんなものです。
表題作「オーブランの少女」をはじめ、“少女”をキーパーソンとする、国も時代も肌触りも異なる5つの短編。それぞれの時代や生活について資料をじっくり調べたうえでしょう、その書き込みはいずれも込み入っており、感心させられます。

ただ、裏返すと、ヒロインたる少女たちの多くはただ巻き込まれただけで、一見凛々しく爽やかに見えても実のところそれほどでもありません。
つまり……この作品集の魅力である設定、装飾が、逆にいえば設定過剰、装飾過剰に思われなくもない、ということです。

一番理解できなかったのは、表題作においてある人物が「殺した」こと、またその人物を「生かしておいた」ことです。この2点は、この物語の表向きの大きな柱でありながら、実はこの物語の隠されていた一番大きな柱とは関係ありません。主人公の少女とも、実はほとんど関係ありません。

もう1つ。
流麗に書かれているようで、ときどき読みづらく思われたのは、ややもするとセンテンスの中で主語が軽んじられることが少なくないためのようです。

  車がハンドルを切り、バランスを崩して、短い、金色の巻き毛が揺れる。

とか、

  丸い顎がクロワッサンにかぶりつき、咀嚼し、たちまち平らげてから水の入ったグラスに手を伸ばしたその時、フナのように口を開けてげえげえと吐き始めたのだ。

とか。

この傾向はとくに表題作において顕著で、もしかすると意図的だったのかもしれませんが、だとしてもその意図がわかりません。

2016/04/14

『奥の部屋 ロバート・エイクマン短篇集』 今本 渉 編訳 / ちくま文庫

Photo近年じくじく評価の高まりつつあるイギリスの作家、ロバート・エイクマン(1914-1981)のホラー短篇集。

2つのことを書きます。

1つは、数。

  49、51、23、47、49、51、57

これ、収録作一つひとつのページ数なのね。まるで50ページにまとめることに依怙地になってるみたい。
もちろん翻訳のせい、もともとの発表の場で語数が決められていただけかもしれない。
けど、これだけ登場人物や設定が異なる作品集で、こんなに揃ってるっていうのは、やっぱりちょっとイヤ。
そうそう、うちにあったほかのアンソロジーに載っていたエイクマンの作品は、1つは50ページに近く、1つはそうでもありませんでした。
読んだ自覚なしにあちこちでエイクマンに触っていたと思うと──そちらのほうが少しイヤかもね。

もう1つ。

英米の女流作家によるホラー・アンソロジー『淑やかな悪夢』(創元推理文庫)に、シャーロット・パーキンズ・ギルマンの「黄色い壁紙」というほんと気持ち悪いのが収録されているでしょ? その「黄色い壁紙」が『奥の部屋』にまじっていないのはなぜ? おかしいでしょ? ……そんな気がするの。

というのも、エイクマンの作品がみょーに女性的だからなのね。それは、お話の一人称が女性だったり、お化けにあたるモノが女性だったりするのもそうなんだけど──それよか、ふつうの毎日がぐんにゃりゆがみ始め、それに気がついてそれでもそこに留まってしまう、そんな主人公の描き方に作者の女性観が現れているような気がします。
だから、そうね、読み手の側にもしなにか女性的なものがあるなら、やっぱり、いつかは出かけることになるのでしょう

2016/04/10

もう幻に怯えなくていいんだ 『ピアノの森』(全26巻) 一色まこと / 講談社 モーニングKC

Photoショパンコンクールを描く展開のモーニング誌上での盛り上がり、そして最終巻が発刊された(2015年12月22日)こともすでに旧聞となったが、『調律師』『バイエルの謎』とピアノ関連の本が続いたこともあり、この機会にぜひとも取り上げておきたい。

マンガやアニメは、一見絵画と同じく二次元のメディアと思われがちだが、実は「時間の流れ」、とくに「音楽」と深くかかわっているということは折々に触れてきた。
アニメ『鉄腕アトム』第一話、天馬博士によってアトムが作られる場面、それはあたかもオーケストラの演奏のようだ。
紙のマンガにおいても、とくにここ十数年、演奏シーンの描写の進歩には目を見張るものがあり、それはたとえば二ノ宮知子『のだめカンタービレ』やさそうあきら『神童』等に顕著だ。

『ピアノの森』も、主人公カイが森のピアノや師となる阿字野壮介と出会いピアノの才能を発揮していく、という物語展開だけでなく、とくに後半、ショパンコンクールにおける若いピアニストたちの演奏シーンがいずれも強烈な魅力をかもし出している。

『のだめ』や『神童』、そして『ピアノの森』に共通するのは、物語展開中の重要な演奏シーンにおいて、主人公のピアニストは無心、無表情を貫き、その限りにおいて読み手はもちろん他の登場人物をしても「何を考えているのかわからない」レベル、言い換えれば「凄み」に至ることだ。
(やはりピアニストの成長を描く新川直司『四月は君の嘘』は人気は高いようだが、その意味で演奏シーンが弱い。ジャンルは異なるが羽海野チカ『3月のライオン』も対局シーンの棋士たちのモノローグが煩わしい。)

『ピアノの森』を通して、もう一つ気になるのは、本作のようなマンガ作品においては、いまだに情緒的、悪くいえば「お涙ちょうだい」設定、展開、そして大団円が許せる、許される、ということだ。

『調律師』の主人公は交通事故で妻とピアニストとしての腕を失った。これは『ピアノの森』の阿字野壮介そっくりな設定だが、現代小説においてこの設定は、剽窃であるかどうか以前に陳腐さが先に立って気恥ずかしい。読む方が照れてしまう。
それでは『ピアノの森』、あるいはマンガは、小説よりレベルあるいはステージが低いのか。必ずしもそうは思えない。「ジャンルそのものには貴賎はなく,そのジャンルの中に一流とそうでないものがある」という村松友視の懐かしい指摘を持ち出すまでもなく、『ピアノの森』を読んで得られる力は本物だ。ただ、それならマンガにおける一流とそうでないものの違いは何なのだろう。

2016/04/01

『さかしま』 J・K・ユイスマンス、澁澤龍彦 訳 / 河出文庫

Photo『さかしま』は、フランスの作家ジョリス=カルル・ユイスマンスによる小説。1884年に刊行され、象徴主義、デカダンスの作品としてポール・ヴァレリーやオスカー・ワイルドなどに影響を与えた。「さかしま」は「逆さま」「道理にそむくこと」といった意味。「デカダンスの聖書」とも評される。

登場人物は(回想シーンなどを除き)ほとんど主人公一人のみである。

主人公は春日部の素封家の息子で、学校を卒業後、オンラインゲームの課金やアイドルCD(のかたちを借りた握手券)の購入などで遺産を食い潰す。やがてそうした生活に飽き、地下アイドルや美少女フィギュアの研究に一生を捧げる決意をする。親の遺した家屋敷駐車場を売り払い、秋葉原付近のマンションの一室にニトリの家具とBRレコーダー4台を揃えて趣味的な生活を始める。

主人公は外出を嫌い、徹底した引きこもり生活を志向するが、FacebookやTwitterなどのSNSには懐疑的である。自分の部屋にアイドル写真集(観賞用と保存用に必ず2冊購入する)、好みのライトノベル、美少女アニメのディスクを集め、艦これ、ラブライブ、ガルパンのフィギュアや抱きまくらで飾り、萌えの楽園を築いてゆく。

やがてジャンクフードの食べ過ぎで肥満が進んだ主人公は、一人オタク芸による腰痛に悩まされ、次第に秋葉原に出ることもできなくなる。ある日、BSで「あさが来た」の総集編を見て普通のサラリーマンとしてやっていくことを決心しマンションを出るが、漫喫に立ち寄ってウシジマくんにはまったあげく結局ハローワークまでたどり着けず帰ってきてしまう。……

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などと書くと、また烏丸めがエイプリルフールに戯言をと思われるかしれないが、国と時代とシュミが違うだけで、『さかしま』のあらすじは概ねこんなもの。嘘だと思ったら読むでござる。姉妹品の『彼方』(創元推理文庫)もお奨め。こちらは黒魔術でOK GOだ。

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