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2016/03/23

〔短評〕 『調律師』 熊谷達也 / 文春文庫

Photo主人公 鳴瀬玲司は事故で妻を亡くし、自らも大怪我を負うが、そのときから妻が持っていた「嗅聴」──音を聴くと香りが感じられる感覚──を手に入れる。彼はピアニストの道を諦め、調律師として歩き始める、が。

本作は「オール讀物」誌上で短篇読み切りの形で連載されたが、その途上で東日本大震災が起こり、仙台出身の作者は作品の展開を捻じ曲げざるを得なくなる。

不謹慎の謗りを受けても仕方ないが、個人的には「文学」の成立が困難になったこの時代に新たに何か峻厳なものが描かれるためには、地震や戦争といった大きな厄災がきっかけとなるのではないかと思う。だが、兵庫県南部地震も、一連のオウム事件も、東日本大震災も、ドキュメンタリーは別として、今のところ大きな黒い翼として結実したという報告を知らない。

本作においても、さまざまな要素が未消化に終わった印象は否めず、そもそも、主人公の喪うモノがハナから盛り込み過ぎだったようにも思われる。そのため、3・11によって連載中に起こったちゃぶ台返しが、いっそ物語をフラットにならし、読みやすいものにしてくれたとも言える。

褒めているのか貶しているのか、いささかはっきりしない私評となっていることは承知しているが、作品としては嫌いでない。少なくとも随所に作者が着地すべき場所を求めて惑い、苦しんだ(はっきり言えば不器用な)軌跡がある。それは貴い。

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